結局、クラビスの部屋で何もすることが出来なかったロザリアは広間に戻り他の者と同様呆然としながら警察の到着を待つことになった。部屋の中に居る者は皆口を開くことなく、ぼんやりと宙を眺め続けている。

 ロザリアはさっきまでクラビスが座っていた席を眺める。ほんの一時間前とは全く違うこの場の空気が、どこか別の場所なのではと錯覚させる。そんな風に過ごしていると、エリックが重い口を開いた。


「すみません、ローランさん……」

「如何なさいました?」

「あの、俺、さっきは良く見えなかったんだけど……先生は本当に」

「……はい、背中にナイフで刺された跡が数か所ございました。念のため脈の確認も行いましたがやはり……」

「そっすか……もしかして俺の見間違いとか、勘違いだったらって期待したんだけど……まあ、あり得ないとは思ってたんだけどさ」

「あれってどう見ても自殺なんかじゃないですよね……」ジミーがぽつりと呟いた。

「……おそらくは」

「ってことは誰かがやったってことなんでしょう?」

「強盗とかだろ? まさかジミー、ここにいる人たちを疑っているのか?」

「馬鹿言うな。今までみんな誰かしらと一緒に居てそれぞれの潔白を証明しているじゃないか。それ以前に、ここに先生に恨みを持った奴なんかいるもんか」

「……そうだよな」


 その後、再び部屋の中は沈黙に包まれる。

 そんな重苦しい時間が小一時間程続いた後、警察の一行が到着した。自分の部屋で待機していたアンナとそれに付き添っていたアネットを広間に呼び、事件解決に向けての捜査が始まった──



 ***



「──皆様、こちら捜査の指揮をとるサンドリッジ警部です」

「どうも初めまして、リバー・サンドリッジです。正確には警部補なんですが、まあ気軽に警部と呼んでもらって構いません。こっちは部下のウィンター刑事です」

「ルーク・ウィンターです。よろしく」


 そんな見知った二人が現れ、ロザリアは思わず「あっ」と声を上げた。


「ん……? なんだ、バーナード君じゃないか。どうてここに?」

「えっと、この事件の被害者は私の大学時代の恩師で……」

「なんと、それはお気の毒に……」

「えっ、ロザリア先輩。警部さんとお知り合いなんですか?」

「ええ、仕事の関係でちょっと」

「魔法研究所なのに警察と一緒に仕事することあるんですね」

「魔法が関係する事件を捜査する際、研究所のフィールドサービス課に応援を頼むことがあるんだよ。バーナード君には何度かお世話になっていてね。最近もラルシャンボーでの事件で……」

「最近あったラルシャンボーの事件って……アラン・クリフォードが捕まった事件ですか!?」

「そうだけど、あの人有名なの? 確かにたまにテレビで見かけたけど」

「最近話題になってたじゃないですか、『イケメン外科医』とかなんだって! すっげぇ、ロザリア先輩そんなデカい事件担当してるんだ……」


 そのエリックの言葉をきっかけに、広間の中はざわつきはじめた。

 

「ゴホン! 皆さんお静かに。とにかく、事件の捜査を始めさせてもらうよ。えー、これから事件現場である被害者の部屋に鑑識が入り、その間皆さんの事情聴取を行うという流れになります。どこかお部屋を二、三お借り出来れば助かるのですが……」

「奥様、如何なさいましょう?」

「わかりました、部屋の用意を。どの部屋を選ぶかはあなたに任せるわ」

「承知いたしました」


 ローランとメイド二人、それにウィンター刑事が広間を出ていき、サンドリッジ警部は他の警官達に指示を出し段取りを整える。そこにロザリアは声を掛けた。


「サンドリッジ警部、あの……私にも何か出来る事は」

「バーナード君……気持ちはわかるが、今回は力を借りることは出来ないよ、君も容疑者の一人なんだからね。もちろん、私もウィンター刑事もバーナード君の事を信じてはいるが……」

「それはそうなんですけど、私、少しでも先生の為になりたくて」

「気持ちは受け取っておくよ。頼りないかもしれないが、我々を信じておくれ」

「ありがとうございます……あ、そういえば」

「何か?」

「今回は魔法研究所からのヘルプはいないんですか?」

「そうだね、時間も遅いからフィールドサービス課には人が居なかったんだよ。まあ、前回の事件と違ってこれは普通の事件だろうし……」

「そうでもないかもしれません」

「というと? 被害者は魔法使いだから魔法が関係していると?」

「それもありますけど、この事件の容疑者は使なんです」


 それを聞いた瞬間、サンドリッジ警部は眉をひそめた。


「…………それは本当かね」

「はい。ですから犯人の痕跡を辿る際、魔法的な疑問も出てくる可能性が」

「そうか、はぁ……まいったな」

「私から係長に連絡しましょうか?」

「いや、こちらでなんとかするよ。君は向こうで他のみんなと待機していてくれ」

「わかりました、宜しくお願いします」


 ロザリアと別れ、サンドリッジ警部は深いため息をついた後捜査を開始した。





 ──サンドリッジ警部が担当した分の事情聴取が終わったころ、時計の針は午前一時を指していた。部屋の中で大きく伸びをしていると、ノックの音の後にウィンター刑事が入ってきた。


「警部、お疲れ様です」

「おう、どうだ?」

「話を聞いてみましたが……雲行きは良くないですね」

「そっちもか。まぁとりあえず、それぞれ聞いた話をまとめてみるか。あ、例の件、奥さんに聞いてみたか?」

「はい。今夜は関係者全員、あの広間に泊まらせてもらえることになりました。今準備をしている所なんですが……執事の人は最後まで嫌な顔してましたね」

「そら、奥さんも男どもと一緒になって雑魚寝だからなぁ」

「仕方ないっすよ。こっちとしては容疑者から目を離すわけにはいかないんですから」

「まあいいさ。じゃあ……」


 そんな時、再びドアからノックの音が聞こえ、一人の警官が入ってきた。


「失礼します! クレルモン=フェラン研究所より応援の方が到着致しました!」

「おお、来たか。連れてきてくれ」

「はい!」

「ああ、事情聴取の前に電話で依頼していた……」

「そうだ、この事件も一筋縄ではいかなそうだからな。こんな時間だから中々見つからなかったみたいなんだが、頼み込んでなんとか一人よこしてくれたよ」

「失礼致しますわ!」


 そんな大声と共に部屋に入ってきたのは、ロザリアと同じスーツを着て、背格好がよく似ている女性だった。違う点と言えば、この女性の髪は銀色だったことと、ロザリアはスレンダー体形なのに対しこちらはややグラマラスな体形をしている事だった。


わたくし、クレルモン=フェラン魔法研究所、研究課より応援に参りました、カレン・エインズワースと申します。どうぞ宜しく! サンドリッジ警部とウィンター刑事ですね?」

「あ、ああ。私は正確には警部補なんだが、まぁ些細な問題だ。よろしく頼むよ」

「それで? 私は何をすればよろしいかしら?」

「さっきまで関係者たちの事情聴取を行っておりまして、それで得た情報を整理しようと思っていた所です」

「丁度良かったですわ。大体の事は来る途中に聞いたけど、詳しくお聞かせください」

「ええ、じゃあウィンター刑事、頼む」

「わかりました。ではまず……被害者はピーター・クラビス四十八歳。クレルモン=フェランの大学で准教授を務めておりまして、あの有名なクラビス合金を発明したクラビス一族の者ですね」

「惜しい方がお亡くなりになりましたわね」

「ご存じなんで?」

「ええ。私の家と交友がございまして、何度かお会いしたことがございますの。この家に来るのは初めてですがね。まあそれは置いときまして、関係者は結構な人数がいるとお聞きしたのですが今日はこの家で何をなさっていたのかしら?」

「えーとそれはですね、大学の教え子を呼んで食事会をしていたらしいです。まず、この家に住んでいるのが亭主のピーターとその妻アンナ。それに執事のローラン・マクブライドと、女中のアネット・ソーン、ピサ・リパートンの二人、計五人です」

「住んでいるってことはあの執事とメイドは住み込みだったのか」

「ええ。執事の方は家族と死別していて今は一人、女中の二人は孤児院出身らしく、そんな彼女らが面接に来た時アンナ夫人が住み込みで働かないかと提案したとのことです」

「なるほどな」

「それでですね……件の食事会は午後六時開始の予定だったらしく、まず五時半に大学のゼミ四年生のエリック・ダウエルとジミー・デニスが到着。続いて五時四十五分頃にモニカ・フレミング、カール・カーシュ、ロザリア・バーナードの三名が到着。参加者はこれで全員で、予定通り六時に食事会を開始したみたいです」

「ふむ……おや、エインズワースさんどうかしましたか?」


 サンドリッジ警部は、目を細めなんとなく不機嫌そうな表情をしているカレンに声を掛けた。


「……なんでもありませんわ。それとエインズワースではなくカレンで結構です」

「そうですか……? じゃあウィンター刑事、続きを」

「はい。それから食事会は八時まで続きました。その間クラビス夫妻と参加者全員はずっとあの広間におり、使用人達三人は追加の料理の準備や片付けで厨房に籠りっきりだったそうです」

「八時に一回お開きになったんですの?」

「はい、その時間にピーター氏に仕事の電話があったそうで。それから彼は死体となって発見されるまでの午後九時半まで、自分の部屋にいたそうです」

「他の方々は?」

「午後八時から三つのグループに分かれていますね。まず、ピーター氏の用事が終わるまでこの広場で麻雀をしつつ待っていたのがカール、エリック、ジミー、ピサの四人。アンナ夫人は自らの部屋にモニカ、ロザリアを招いてお茶会。ローランとアネットは使用人用の待機部屋で過ごしていた、とのことです」

「死体を発見したのは?」

「アンナ夫人とローランですね。九時半頃、広間で麻雀をしていたエリックがピーター氏の仕事はまだ終わらないのかと言い出し、それをピサがローランに報告。ローランがピーター氏の部屋を訪ねたところ返事が無く部屋に鍵が掛かった状態でした。それを不審に思ったローランがアンナに相談し、夫人が持っていた部屋の鍵で中に入った所死体を発見……という流れです」

「犯行があったのは午後八時から九時半より少し前……九時十五分くらいの間かしら?」

「おそらくその辺りの時間でしょう」

「その時間の関係者のアリバイは?」

「その時間帯、エリック、ジミー、ローランが一度トイレに行ったと証言しています。三人は一階にあるトイレを使用し、いずれもかかった時間は二分程度だったとの事です。それ以外はそれぞれのグループ全員、ずっと一緒にいたらしいです」

「なるほどな……どうです? ここまで聞いて気になった事や何か思いついたことは」

「そうですわね……現段階で可能性が一番高いのは途中でお手洗いに行った人間であり、その二分間で犯行は可能なのか、という検証が必要だと思いますわ。それと、現場のお部屋を見せていただきたいのですけれど」

「わかりました、では……」


 そう言ってサンドリッジ警部が立ち上がった時、ノックの音が鳴り響いた。警部が「どうぞ」と声を掛けると、扉が開いた先にはロザリアが立っていた。


「すみませんサンドリッジ警部、ご相談したいことが…………ゲッ、カレン!!」

「あらローザ、ごきげんよう」

「なんだ、二人は知り合いでしたか」

「知り合いというか何というか……ただの幼馴染であり、ただ職場が同じなだけです。それより、なんで研究課のあんたが来るのよ」

「あなたたちフィールドサービス課の人手が足りないからこうやって他部署の人間がヘルプに入っているんでしょう、感謝なさい」

「はぁ、よりによって来たのがカレンかぁ……」

「何よその言い草、失礼ね!」

「まあまあ落ち着きさない。それで、バーナード君相談したい事とは?」

「そうでした。あの、ローランさんが明日の朝食をどうしようか悩んでいまして。この大人数の食事を作る材料はないみたいで。買い出しの許可なんてできませんよね?」

「なるほどな……そういうことなら、朝一でうちの若いのに買い物に行かせるよ」

「そうですか、ありがとうございます!」

「用事が済んだのならさっさと戻りなさいな」

「うるさいわね、あんたこそ油売ってないで仕事しなさいよ」

「しますわよ。あーあ、誰かさんと違ってこれから忙しくなりそうですわ!」

「さーて、やることやったしゆっくり休ませてもらおうっと!」

「二人ともいい加減にしなさい……」


 サンドリッジ警部は頭を抱えて、疲れ切った声を漏らした。

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