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ロザリアがアンナの部屋に向かう少し前。みんなでテーブルの上の片づけを手分けして行っている時に、彼女はモニカの様子が気になり声を掛けた。
「モニカ先輩どうしました? 具合でも……」
「ああ、違うの。気にしないで」
「でも……」
最初は隠そうと思ったモニカだったが、自分よりも聡いロザリアを誤魔化しきれないとすぐに観念し、彼女は正直に胸の内を明かした。
「実はアンナさんの魔女会、少し憂鬱だなって」
「ええ、それってどういう……」
「ローザちゃんはあの人の魔女会参加したことある?」
「いえ、今日が初めてです」
「私はこれまでに何度かお誘いしてもらったんだけど、なんていうか、私たちの年代のとは違って……」
魔女会とは本来、親や祖母、親戚が娘や姪っ子に対してお茶を飲みつつ、その家に代々伝わる魔法や歴史を学ばせるというこの国独自の風習であった。しかしそれも長い年月の中で廃れていき、今では『魔法使いの女の子同士のお茶会』程度のとても軽い物になっていた。
「昔の魔女会のような物が行われるのですか?」
「そこまでじゃないんだけど、真面目な話しかしないし堅苦しくて……それにこの前の魔女会で紹介されたアンナさんの知り合いが、物凄い偏った『魔法派』の人で」
「ああ、そういう事ですか」
「魔女会の後もその人から魔法集会に参加しないかって何度も連絡が来てね……」
「わかりました。そういう事なら今度魔女会に呼ばれた時、私も呼んでください! 魔法派の人なら魔法研究所で働いている私の方に興味が向くはずですし」
「でもそうするとあなたに迷惑が掛かるわ」
「平気ですよ、私が所属しているフィールドサービス課ではそういう魔法集会とか、魔法宗教関係のトラブルも扱っているんです。課の先輩の中にそういう案件に強い人がいるので、遠慮せずに頼ってください!」
「ローザちゃんありがとう……なんだか気が楽になったわ」
胸のつかえが取れたモニカは、両手でロザリアの手を握り感謝の意を伝えた。その様子を傍から見ていたカールは思わず駆け寄ってくる。
「おいロザリア、モニカ先輩に何かあったのか?」
「え? ううん、何でもないわ。ですよね?」
「ええ、気にしないで」
「そ、そうですか? でも何かあった時は僕も力になりますので……」
「ありがとう、カール君」
モニカに微笑みを向けられカールは赤面する。そんな様子を見ていたロザリアは、「いつかアシストでもしてやるか……」と思いつつ部屋の片づけに戻るのであった。
────ロザリアとモニカがアンナの部屋に踏み入れると、中は魔術用のお香の匂いで充満しており、照明は落とされ何本かの蝋燭が付いているだけの薄暗い空間だった。彼女はモニカの言っていた「私達の年代の魔女会とは違う」という言葉を強く実感すると同時に、予想以上だと思った。二人はなんとか戸惑いや警戒を悟られないよう努めて明るく振舞う。
「うわぁ懐かしい、昔おばあちゃんの家でこんな風に魔女会したことあります!」
「ごめんなさい、古臭いでしょう?」
「あっ、すみません、そんなつもりではなかったのですが」
「いいのよ、気にしないで。うちは代々この形式を続けていたから……さあ、始めましょうか」
部屋の中央の丸テーブルに着くと早速魔女会が始まった。アネットが用意した紅茶とクッキーを頂きつつ、二人はアンナの話を聞く。
本来の『魔女会』の様な魔法学や歴史の勉強とまではいかないが、アンナのする話は「最近の魔法製品は……」、「この前起きた魔法犯罪は……」等と、どれも魔法に関する事ばかりだった。「最近お仕事の方は?」と聞かれやっと魔法から離れることが出来たと思ったのも束の間、最終的にはまた魔法に関する事を話しているという事が度々起きる。
そんな辟易とする魔女会が開始してから三十分程経過した頃、ロザリアはふと、「以前のアンナとはどこか違う」と気が付いた。
確かに以前からアンナは『魔法派』寄りではあった。科学製品よりも魔法製品を使うことが多かったり、彼女のもつ雰囲気や普段の暮らしぶりが『正に魔法使い』のという印象を周りに与えていた。それでも、今みたいに魔法の話ばかりするのではなく、魔法工学を研究している夫に関係する話等、それなりに科学の話もしていた記憶があった。
それに比べて今のアンナは、以前よりも大分『魔法派』に偏っていると感じるのだ。とにかく『魔法派』の人間を増やそうと躍起になっているようにも見える。こんな様子で魔法使いながらも『半科学派』のクラビスとうまくやっているのだろうかとロザリアは不安に駆られ、魔女会どころではなくなっていった。
ロザリアがそんな考えを頭の中でぐるぐる巡らせていると、ふいに「コン、コン」という部屋のドアをノックする音が響いた。アンナが「はい」と答えると、開かれた扉の先にはローランが立っていた。
「奥様、失礼致します。ご相談したい事がございまして」
「何かしら?」
「先程、広間にいる方々から旦那様の用事は後どれくらいかかるのか知りたいというご要望がございまして、旦那様のお部屋にお伺いしたのですが……」
「まだお仕事続いているの? あの電話からもう一時間は経っているじゃない」
「いえ、あの……」
ローランはなんだか煮え切らない様子だった。それを見て、何か起きたのではと一同は感じる。
「お声がけさせて頂いても返事が無く、部屋には鍵が掛かっておりまして」
「机でうたた寝をして返事をしない事はよくあるけど……部屋に鍵を掛けているのは少し変ね」
「変、というのは?」ロザリアが気になって質問を投げかけた。
「あの人、滅多に部屋に鍵なんて掛けないのよ。本当に集中したい時くらいで……さっきの様子だと、そんな感じでは無かったと思うのだけど」
「鍵を掛けている理由は不明ですが、返事が無いのは中で倒れているからという可能性もございます」
「そうね……わかりました、行ってみましょう」
そういってアンナは立ち上がり、机の引き出しから一本の鍵をとりだした。
「ごめんなさいね、少し様子を見て来るから待ってて」
「あ、はい……」
アンナはローランと共にクラビスの部屋へと向かった。取り残された二人は堅苦しい魔女会から解放された事による安堵と、何かよからぬことが起きたのではという不安が混ざり合う複雑な心境を落ち着かせるように、温くなってしまった紅茶を流し込む。
ローランの「旦那様!」という大声が聞こえてきたのはそんな時だった。
────ローランの声を聞き、ロザリアとモニカは部屋を飛び出す。アンナの部屋の丁度反対側にあるクラビスの部屋に駆け込むと、部屋の入口でへたり込むアンナと、机の上に突っ伏しているクラビスのそばでおろおろとしているローランの姿があった。
「何があっ……」
「何があったのですか?」と質問する前に、部屋の中の光景を見て二人は瞬時に状況を理解した。机に突っ伏しているクラビスの背中から、ナイフの柄が生えていたのだ。呆然とする二人の背後から、走ってこちらに向かってくる足音が聞こえてくる。
「どうしたんですか? ……はぁ!?」
一番最初に現場に飛び込んで来たエリックは、理解不能な光景に思わず大声をあげた。ジミーはロザリアと同様呆然と立ち尽くし、カールはがっくりと膝から崩れ落ちる。後ろにいるピサとアネットも、その光景は直接見えないのだが周りの様子からどんな事が起きたのか容易に想像することが出来た。
「……み、皆様、取り合えず先程の広間にお戻りください。まずは警察へ連絡を……奥様、よろしいですね?」
アンナにはローランの声が届いておらず、相変わらず宙を見つめるばかりであった。ローラン強めに「奥様!」と声を掛け、彼女はそれでようやっと正気を取り戻しす。
「えっ……?」
「奥様、警察へ連絡しようと思っているのですが、よろしいですね?」
「え、ええ。そうね、おねがい……」
「アネット、奥様をお部屋にお連れして。ピサは皆様を広間へ」
アンナはアネットに支えられながらふらふらと自分の部屋に戻っていった。彼女と同様ろくに立ち上がる事の出来ないカールも、エリックとジミーに支えられながら広間へと目指す。その後ろにピサとモニカが続いた。そんな中、ロザリアだけがその場に留まった。
「ロザリア様……」
「ローランさん、何か私にできる事は無い?」
「お気遣い頂き大変感謝致します。ですか、どうかロザリア様も広間へ」
「大丈夫、あまり言いたくは無いのだけれど仕事柄死体を見るのは初めてではないし……それに誰であれ、こういう状況で一人にするわけにはいかないと思うの」
ロザリアの言葉でローランはすぐに気が付いた。
「そうでした……これはれっきとした殺人事件。私も容疑者の一人ですからな」
「ごめんなさい、気を悪くしないで。でも……」
「ええ、後ほど警察の方に説明をする際に、一人で居た時間があった方が私にとって都合が悪い。むしろ感謝しなくてはなりません」
「いいの、それじゃあ警察が来るまで状況の整理を……」
そう言いつつロザリアは手袋を取り出したのだが、手が震えて上手くはめることが出来なかった。そうしているうちに混乱していた頭が徐々に現実を受け入れ始める。頭の中でクラビスの死という現実がはっきりと浮かび上がった瞬間、ロザリアも足の力が抜けその場に崩れ落ちるようにへたり込んでしまった。
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