魔法使いの密室殺人
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「────ということで、この時代の魔法使いは非常に危険な存在だったわけだ。魔法を使えない人々は科学の力で対抗しようとしたが、魔法には勝てなかった。一番多かった犯罪が強盗殺人。扉の鍵を開ける事なんて魔法使いには朝飯前だったし、魔法を突き付けられると為す術もなくやられるだけ……全く、ひどい時代だったよ。いや、私は実際に体験したわけでは無いのだがね。さて、いつ頃だったかな?」
「はい」と、一人の女子生徒が手を挙げた。
「およそ二百年前です」
「そうだね。そこで、当時のユーラシア王国の国王はとにかく民衆を守る事に注力した。幸い、魔法使いの割合は今よりもっと少なく……人口の二割程度だったから、その中から国の政策に協力してくれる魔法使いを集め対抗策を立てることにした。その後、人々を守るための道具や法律が徐々に増えいき、現在に至るというわけだ。と言っても、今現在も魔法犯罪は消えていない。なので……」
黒板に向かってしゃべり続けていたピーター・クラビスはくるりと生徒たちの方へ振り向き、願いを込めて語りかける。
「諸君らの力で、是非魔法犯罪の撲滅を目指して欲しい」
寝ぐせが付いたままの髪や所々ガタがきている眼鏡、くたびれたセーター等、身なりはだらしない彼であったがその言葉と目には力が込められていた。
その言葉を聞いて目を輝かせる者、熱心にメモを取っている者、友達の付き添いで来ただけなのでどこかつまらなさそうにしている者等、彼のゼミ見学に来ていた生徒たちは様々であった。
「じゃあ、本題に移るとしよう。僕のゼミでは『魔法金属学』を専門に学んでもらうわけだけど……特に、この合金を中心に研究をしてもらいます。これ、何て合金かわかる人いる?」
クラビスは端に寄せてあった
「クラビス合金です。鍵や金庫なんかに使用されます」
「その通り! 使用用途まで答えてくれてありがとう。君は将来有望だな!」
クラビスに大袈裟に褒められた男子学生は周りから注目され、顔を赤くして肩を竦めた。
「彼が答えてくれた通り、これはクラビス合金といいます。ところで話は変わるけど、魔法で扉の鍵を開けるとしたらどんな手法があるかな?」
生徒たちはそれぞれ「溶かして壊す」「魔力でシリンダー内を操作するピッキング」「材質を変えて壊す」「魔力で内側の『つまみ』を回す」等の手法を挙げていった。
「そうだね。でも今の時代そんな風にして鍵を壊される事件は起きていない。それは先程の彼……君、名前は? カールか。カールが言ってくれたようにこの合金が鍵の機構に使用されているからだ。今は大体の扉に使われているんじゃないかな。では何故この合金を使うと鍵は壊されないのか?」
男子生徒が手を挙げ、「魔法の影響を受けないという特性を持っているからです」と答えた。
「その通り! 科学が魔法に初めて勝利した物、それがこの合金なんだ。これの開発成功をきっかけに、『魔法を防ぐ科学』の発達は急速に進んでいった。合金だけではなく木材、布、紙……色んな材料に魔法耐性を待たせることが可能になった。今みんなが安心して家で眠ることが出来るのは、これらを開発してくれた人たちのおかげなんだね。このゼミでは、そういう『安心』を作り出す為にを勉強するんだ」
講義はあまり上手ではないのだが、人を褒めたり乗せたりするのは得意だったクラビスの話術でゼミ見学に来た生徒たちの気分は舞い上がっていく。周りの生徒同士で話を始め、ゼミ室内はざわざわと騒がしくなった。
「えー、みんな一旦落ち着いて! そろそろうちのゼミの持ち時間も終わるから、何か質問のあれば答えるよ」
何人かの生徒たちが「はい」「はい」と挙手をし、クラビス前の席から順番に指名していった。
「カール・カーシュです。本日はありがとうございました。先程のゼミ説明の中で気になった事があって質問させて下さい。『魔法を防ぐ科学』は今どのくらい進んでいるのでしょうか? 完全に無効化する技術は確立出来ていますか? あと、そういった研究をここではしていますか?」
カールの質問を聞いたクラビスは、「いやぁ良い質問だなぁ」と笑顔を見せつつ回答をした。
「まず、カールが言いたいのは魔法を完全に無力化するアミュレットを人工的に作ることは可能なのか、ということだね? 結論から言うと、残念ながらまだその域には達していない。金属そのものは魔力の影響を受けないんだけど、それを身につけた者まで効果範囲を広げる技術は確立できていないんだ。クラビス金属を使った全身鎧なら魔法を防げるんだろうけど、指輪やネックレス型のアミュレットが存在している以上、そんな大掛かりな物に対して魅力は感じないよね。うちは合金を作る際の加える元素の組成を色々変えてみてどのような変化があるのか……みたいな研究をしているから、もしかしたら物凄く効果範囲の広い合金を新たに生み出せる可能性はあるね」
熱心にメモを取っていたカールが「ありがとうございます」と礼を言うと、次に彼の後ろの女子学生が質問を投げかける。
「シェリル・ハートです。少し気になった事があって……えっと、昔は今よりも魔法使いは少ないって言っていましたけど、何故時代が進むにつれ魔法使いは増えたのでしょうか? 科学が発達すると魔法使いは減るのでは……って思いました」
「……いい質問が続くね! いやぁ今年の三年生はみんな優秀だな、四年生達はあっという間に抜かれちゃうんじゃないの?」
シェリルの質問を聞いてクラビスは目を丸くして驚きつつも冗談を言った。後ろで聞いていた四年のゼミ生たちから笑いが起きる。
「昔はとても強い力を持っていた魔法使いたちだけど、殺される事も多かったんだ。魔法を使えない人から恐れられていたけど、逆に殺される事もあった。魔法は使えると言っても人間であることは変わりないからね。勿論魔法使い同士の殺し合いもあったし、研究していた魔法は攻撃用の物ばかり。そんなわけで、とにかく数は増えなかったんだね」
明るかったゼミ室内の雰囲気は一転して、暗くどんよりとしたものになってしまった。そんな雰囲気をかき消すように、クラビスは明るい口調で続きを話した。
「でも、さっきの説明に会った通りこの事態を重く見た国は対策を立てた。その対策で平和を求める魔法使いの数を徐々に増やしていき、殺し・殺される数は減って国の人口が増加したってわけだ。それに加えて、当時の国王は科学の発展を目指したけど魔法の発展も蔑ろにしなかったから、治癒魔法を始めとする暮らしを豊かにする魔法の研究が積極的に行われるよう画策し、魔法使いが追いやられる事を防いだ。その結果魔法使いが減らなった……ってわけさ!」
シェリルが礼を言うと、その隣に座っていた男子生徒が「じゃあ、次は俺っすね」と言って自己紹介をした後質問を投げかけた。
「ビリー・バレルです。何でみんな聞かないのかなって思ってたんだけど……クラビス合金とクラビス先生って、何か関係あるんすか?」
「ははは、やっと来たか! 正直一番最初に来るかなって思ってたんだけどね」
そんな彼の言葉を聞き、「カール空気読めよ!」「真面目か!」と、周りの生徒たちが彼をいじりゼミ室内に明るい笑いが巻き起こった。
「こんなすごい合金に何故僕なんかの名前が付いているのか……それは、この合金を開発したのが僕のご先祖様だからさ! 僕の一族はこういった、魔法と科学を組み合わせて暮らしを豊かにする研究を続けているんだ。元々僕もうちの研究所で働いていたんだけどね、その研究所の事は僕より何倍も優秀な兄に任せてこの大学に来たんだよ。それは何故かというと……こうやって、みんなと楽しくおしゃべりをしたかったからだね!」
その後も和気藹々とした雰囲気のまま質疑応答は続き、それが全て済み生徒たちにアンケートを書いてもらった後、解散となった。椅子や机の周りを片付け、ゼミ生の一人であるモニカ・フレミングがコーヒーをクラビスに差し出しつつ「今年の学生はどうでした?」と聞いてきた。
「みんないい子だねぇ。ゼミの定員数は決まっているから、選ぶのに苦労しそうだ」
「来てくれた人みんながうちに希望を出してくれるかはまだわかりませんけどね」
「ああ、そうだった……説明会がいい雰囲気だったから、つい」
二人がそんな談笑を交わしていると、一人の女子学生が「失礼します!」という声と共にゼミ室に入ってきた。その学生はウェーブのかかった金髪のロングヘア、活き活きとした目つきと明るめの化粧、スタイルの良い身体を流行りの服で包み、いかにも『大学生活を満喫しています』という明るい雰囲気を醸し出していた。
「あの、すみません……ゼミの見学会ってもう終わっちゃいましたよね?」
「ああ、今さっきね。もしかして、見学希望者?」
「はい。あの、もうお話を聞く事って……」
「大丈夫だよ。大学側が設定した説明会の日以外にも話を聞きに来る学生は結構いるし、ゼミ側もそれは大歓迎だからね。ただ、僕はこれから用事があるから……明日、またこの時間に来れるかい?」
「は、はい! よろしくお願いします!」
「うん、よろしくね。一応名前を聞いておこうか」
その女子学生は溌剌とした声で答えた。
「バーナードです。ロザリア・バーナードと申します」
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