何が起きているのか理解が追い付いていないサンドリッジ警部は、病室と謎の部屋を見返す。しかし何度見ても、病室の先にあるのはどこかの部屋だった。椅子が数脚と、奥にカーテン式のパーテーションが見える事から、どこかの診察室だと思われた。


「何なんだこれは……まさか、この病院がダンジョン化したとでも……」

「警部、気を付けて。これは転送魔法よ」


 ロザリアは魔法用の手袋をはめつつ注意を促した。


「転送魔法だって? 一体誰が……あっ」

「おそらく犯人でしょうね。あのパーテーションの奥に……」

「さっきの病室を指定したのは病院側だっけ。多分、盗聴されてたね」

「二人も気を付けて。転送魔法はとても高度な魔法、かなりの使い手ね」


 マオとギルバートも、目の前を部屋を眺めつつ警戒した。「どうします?」とギルバートに声を掛けられたサンドリッジ警部は、銃を取り出しつつ全員に指示を出した。


「……よし、部屋に入ろう。一番前は私、バーナード君は私のすぐ後ろで援護を頼む。君ら二人はこの病室で待っていなさい」

「大丈夫ですよ、僕らもそれなりに修羅場をくぐっています。人数が多い方が相手にとってもやり難くなるのでは?」

「…………わかった。しかし、十分離れているように。そうだな、最低5メートルは距離はとってくれ。ブラックさんとバラードさんはそこでじっとしていてください。じゃあ、突入するぞ」


 サンドリッジ警部を先頭に、一行は慎重に歩みを進め部屋に入った。部屋の中ほどまで進んだ瞬間パーテーションが開かれ、右手でメスを構えたクリフォードが姿を現した。

 その瞬間、サンドリッジ警部は銃を構え、ロザリアも右手の親指と人差し指を伸ばして銃の形を作りそれを構える。マオは左袖の仕込みナイフに手を添えていつでも投擲出来るように構え、ギルバートはマオを盾にするように彼女の後ろに隠れた。


「あなた、修羅場をくぐってるんじゃなかったの……?」

「くぐったさ、こんな風にね」


 ロザリアは呆れて大きなため息をついた。


「クリフォード先生……! あんた、一体どういうつもりだ?」

「どういうつもりも何も、私にお話しがあるのでは? ですからこうやってお招きしたまでですよ」

「警部、気を付けて。あのメスが彼の杖よ」

「わかっている。そんな態度でお招きと言われましてもな。それを下げて貰ってもよろしいでしょうか」

「……警察といっても、所詮魔法を使えない人間。大したことないんですね」

「何を……?」

「……あっ! 警部離れて!」


 ロザリアの言葉に反応する前に、サンドリッジ警部の頭部にしめつけられるような激しい痛みが襲う。魔法を使えないサンドリッジ、マオ、ギルバートには何が起きているのか全く分からない状態だった。


「いだだだだだ! 何だ? 何が起きた?」

「彼には見えないようだ。バーナードさん、説明してあげなさい」

「……今警部の頭はあいつの魔力の輪で締め付けられているの。こんなに素早い魔力の操作は初めて見たわ」

「いだだだっだだ警察を舐めるなよいだだ」

「警部、無理しないで!」

「いだだだだバーナード君、これ君の魔法でなんとかならない?」

「ごめんなさい、私の魔法は『撃つ』ことに特化しているからあいつみたいに精密操作はできないわ。やろうとしたら多分、警部の頭を抉っちゃう」

「いだだだだそれは絶対やめてねいだだ」

「銃を下ろしてください、そうすれば私も魔法を解除します。その後でゆっくりお話ししましょう」

「警察を甘く見るなよ、誰が言うとおりにするか。お前こそ、そのメスを下ろすんだ。じきに応援も駆け付ける、逃げ場は無いぞ。だから、観念するんだ。諦めなさい……いだだちょっと待ちなさい……ちょっと、まっていだ……お願いいだだだわかったわかった!」


 数十秒粘りを見せたサンドリッジ警部ではあったが、耐え切れずに銃を下ろし投げ捨てた。それを見たロザリアとマオも武器を捨て手を上に挙げ、ギルバートはマオの後ろで手を挙げた。頭の痛みから解放されたサンドリッジ警部はその場にへたり込む。


「初めからそうすればいいんですよ……さて。私が一番話をしたい人物、それはあなたです」


 クリフォードはメスを向ける。その先に居たのはマオだった。


「あなたのその洞察力、なかなか興味深い。ダンジョンの研究をしていると言っていましたね。どうです、私と組みませんか?」

「お断りします」

「わかりました。では死んでもらいましょう」

「殺される前に聞いてもいいですか?」

「どうぞ」

「今回の事件で殺害を実行したのはあなた? それとも救助をした人たち?」

「もちろん私です。彼らが出来ればもっと楽に済んだのですが……素人ですからね、ヘマをする恐れがある」

「ダンジョンの外で殺害しなかったのは何故?」

「死体の処理というのは色々と面倒なんでね……殺さずに口封じ出来ればそれに越したことはありません」

「ダンジョンを見張っていたバラードさんを殺し、使っていた毒薬だけを奪う。そうすることによってダンジョンを盗つもりなのを見抜いていると伝えて脅しをかける。『ダンジョンを盗む』という行為はダンジョン屋の間でご法度なのであの二人も言いふらせない。これで口封じは達成。二つ目の事件はカモフラージュの為の犯行……当たっていますか?」

「ご名答です」

「あなたは他にも養殖ダンジョンを管理しているの?」

「はい。ですがそれは金稼ぎの一つにすぎません」

「もっと手広く?」

「そうですね。養殖ダンジョンを利用して麻薬や毒薬の質を高め、それらを密売。他にも薬の横流しや指名手配犯に対しての医療行為等々……といった所でしょうか」

「警部、聞きましたか?」

「もちろんだ」

「ずいぶんべらべら喋ると思っているのでしょう? 後ほど専門家を呼んで記憶の改ざんを皆さんに施しますから関係ないんですよ」

「記憶魔法……! それも禁止されているはずよ!」

「私みたいなアウトローに今更そんな事言います? さて、そろそろいいでしょうか? ドーソンさん、あなただけは記憶の改ざんをせずに殺します。記憶の改ざんをしても、おそらくあなたなら再びこの真実にたどり着くでしょうからね……!」


 そう言ってクリフォードはメスの狙いをマオに定めた。「待ちなさい!」というサンドリッジの言葉を無視し、彼は魔法の弾丸をマオの頭部へ放つ。それは見事マオの額に命中した。

 しかし、弾丸が命中した後もマオは何ともない様子で気怠そうな目をクリフォードに向け続けた。


「何で…………ああ、クソッ! アミュレットか!」


 一瞬で状況を理解したクリフォードは魔法は使用せず、そのままマオへと向かいメスを突き出した。マオはその腕をあっさり掴むと、そのまま勢いを利用しクリフォードを投げた。彼は空中で半円を描いた後、「どぱん!」という派手な音と共に地面に叩きつけられた。


 ギルバートは近づき、「おいおい大丈夫か?」と気を失っているクリフォードを伺いつつマオに声を掛ける。


「背中から落としたから大丈夫よ…………多分」

「ギル、あなた知っててマオちゃんの後ろに隠れてたのね」

「ん? そうだよ。マオは魔法使い相手ならまず負けないからね」

「最初から言ってくれたらよかったのに」

「敵を騙すにはまず味方からってね。マオが狙われている時に僕らが平気な顔していたら敵は油断しないだろ? 結果として、こいつは油断して色々とお喋りしてくれたわけだ」

「さっきその男がアミュレットって言ってたけど、本当? 魔法を完全に無効化できる代物なんて滅多に出回らないし相当高価なはずよ」

「さっきマオは骨董品店を経営しているって言ってたろ? 何か特別ながあるらしいよ」

「でもそれなら、あなたがそのアミュレットを付けて前に出ればいいじゃない!」

「無理無理、ああいう高性能なアミュレットは人を選ぶんだよ。最初に身に着けたマオにしか効果を発揮しない。それに、アミュレット云々を抜きにしても単純な戦闘能力はマオの方が断然上なんだ」

「あなた、情けなくならないの? どうしてそんな堂々としていられるのよ……」

「何がだい?」

「あー……皆さん、そろそろここから出ませんか?」


 二人が振り向くと、サンドリッジ警部はクリフォードを担ぎ診察室の出入口の前にいる。開け放たれている扉の向こうには、病院の廊下が広がっていた。




***




 ────数日後。

 ロザリアは、リヨンにあるマオの骨董品店に来ていた。


「────と言うわけで、クリフォードに続いて共犯の二人も逮捕されたそうよ」

「ふーん、良かったね」ギルバートは新聞を眺めつつ答えた。

「それと、ブラックさんとバラードさんも色々と事情聴取を受けているんだけど……あの二人は何の罪に当たるのかしら?」

「じきに釈放されるんじゃない? ダンジョンに関する法律はまだまだ未完成だからね。まあ、ダンジョン協会からは破門されるだろうけど」

「ダンジョン協会?」

「ダンジョンに関する法律が未完成っていったろ? そのために、国が協会を立ち上げて色々やってる最中なんだよ。探索するにしても、攻略するにしても、まずはダンジョン協会に入らなくっちゃいけないんだ」

「破門されたり、未所属の場合どうなるの?」

「『ダンジョン内において、未許可の探索等の行為は罪になる』っていう法律は作られているから、それを守らなかったら捕まるって感じかな」

「へぇ……じゃあギルやマオちゃんも協会に所属しているの?」

「そりゃそうだよ」

「ギルも意外と真面目にやってるのね……そういえばマオちゃんは?」

「寝てるよ。僕が来る日は大抵店番をまかせて二度寝するんだ」

「そうなの……せっかく協力してくれたお礼においしいケーキ買ってきたのに」

「それなら起こそうか」


 と言って、ギルバートはカウンターに置かれていた呼び出しベルを乱暴に連打する。ベルはヂーン! ヂーン! ヂーン! とけたたましく鳴り響いた。


「ちょっと! 大丈夫なの?」

「ああ、これくらいやってようやっと反応するんだよ。ところでお礼といえば……君の所のダンジョン課の人たちに会わせてくれるっていう話はどうなったんだよ?」

「ああ、あれね。ヤッテルヤッテル」

「嘘つけよ、声のトーンが嘘丸出しじゃないか」

「あなたと違ってうちはみんな忙しいの!……あ、ほら、マオちゃん来たわよ。コーヒー淹れて来るわ! マオちゃん、台所どこ?」


 いつにも増してぼさぼさ頭なマオの背中を押して、ロザリアは店の奥へと逃げるように消えていった。

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