──その後、マオがロイ・ブラックとカタリナ・バラードに話があると言い出したので一行は病院へと戻ってきた。サンドリッジ警部は面会の許可を得る為受付で担当医であるクリフォードへの連絡を願い出る。


「──はい、警部さんがブラックさんとバラードさんに…………はい……はい、わかりました。失礼します」

「どうでした?」

「お伺いしました所、先生は今手が離せないので同席は出来ないそうなのですが、面会はしても良いとの事です。それともう一つ、お部屋の方も用意できるみたいです。お二人の移動が完了するまで少々お待ち頂いても……」

「ええ、宜しくお願いします。じゃあ、皆さんしばらく待機で……ウィンター刑事は別荘の持ち主に関する調査を進めておいてくれ」

「了解です」


 ウィンター刑事は外へ駆け出し、サンドリッジ警部らはロビーの椅子に腰を掛ける。被害者二人から話を聞く際、入院していた病室ではなくどこか別の部屋を借りたいとマオから申し出があった。それはつまり、周りには聞かせたくない事件の核心に迫る話をするつもりなのでは? と、ロザリアの期待と興奮が高まっていった。




 ────二十分後、一行は三階の空き病室へと案内される。その部屋のベッドにロイ・ブラックとカタリナ・バラードは座っていた。


「いやぁ、すみません急に」

「いえ、あの……お話って事件に関する事ですか?」

「ええ、まあ。といっても話を聞きたいのは私ではなくこちらの彼女なんですがね……」


 そう言いつつ、サンドリッジ警部とマオは部屋の隅にあった丸型のスツールを二人の前まで持って行き腰を掛けた。その二人の背後に、ギルバートとロザリアは移動する。


「マオ・ドーソンと申します。普段は骨董品店を経営しつつダンジョンの研究を行っています。訳あって今回の事件の捜査協力をしていました」

「はあ、ダンジョンの研究……」

「あ、これ名刺。僕は彼女の共同研究者です」


 そう言ってギルバートは名刺を二人に差し出す。微動だにしないマオを見て、名刺をあげる気が無いのか、持っていないのかどっちなんだろう? とロザリアは思った。


「あの、午前中にお話しした以上の事は特にないと思うんですが……なぁ?」

「はい、私はお昼頃にそちらの……ロザリアさんにお話しした通りです」


 ロイに声を掛けられたカタリナは頷きつつ同意する。落ち着いた声と、綺麗に伸びた金髪のロングヘアが合わさり『お淑やか』な雰囲気を醸し出していた。


「私がお聞きしたいことは一つです。あなた方お二人は蘇生後、所持品が盗まれている事に気が付きませんでしたか?」

「それは……ドーソンさん、すみませんお伝えするのを忘れていました。私たちは最初強盗殺人の可能性を考え、お二人には「何か無くなっている物は?」という質問をしているんですよ」

「ええ、それに対して『特に貴重品等は盗られていない』と答えたはずです」

「はい。私も……」

「本当ですか? 本当に何も盗まれていない? 貴重品ではなくて例えば……『自殺用の毒薬』とか」


 そんなマオの言葉を聞いた瞬間、ロイとカタリナの表情は一瞬にして強張った。一方、さっぱりぴんと来ていないサンドリッジ警部は怪訝な表情を浮かべている。


「私の考えを言わせていただきます。まず、あなた達二人が件のダンジョンを訪れていたのは『探索』する為ではありません。あの別荘が上質な養殖ダンジョンであることを見抜き、それを『盗む』ために来ていたんです。ダンジョンを盗むためには何が必要か……それは『ヌシ部屋の鍵』です。あなた達は、いつかヌシを弱らせに来るであろう管理人を見つける為、あのダンジョンに潜み機会を伺っていたのです。その後……」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 サンドリッジ警部は焦ってマオの言葉を遮った。


「私はダンジョンに関しての知識が殆ど無いから……少し整理させてくれないか?」

「はい、どうぞ」

「ダンジョンを盗む為にヌシ部屋の鍵が必要なのはわかる。だが、何故わざわざダンジョンの中に潜む必要があるんだね? 外で見張って管理人を特定した後に鍵を奪えばいいのでは……」

「それは、ヌシ部屋の鍵には色んな種類の鍵があるからです。普通の『鍵』の場合もありますし、『合言葉』を提示される場合もあります。一番厄介なのは『その建物の持ち主の血縁者』が鍵になっている場合で……とにかく、ダンジョンを盗む為には、まず『鍵の種類』を見極める必要があるんです。そうしないと、何を盗めばいいのか不明なわけですから」

「……なるほど。鍵の種類を見極めるために、管理人がヌシ部屋を開ける場面を確認する必要があるというわけか」

「はい、では続きを。鍵の種類を特定する為に張り込みをするわけですが、そこで一つ問題が生じます。張り込みに必要な物資を補給する度にダンジョンを出入りする必要があるわけですが、あのダンジョンは管理人の手によって『うま味の無いダンジョン』に偽装されています。そんな場所を頻繁に出入りしていると、それを見かけた同業者に『あそこは養殖ダンジョンなのでは?』と勘づかれる可能性がありますし、管理人が見れば『あいつらここを狙っているのでは?』と、ばれてしまう可能性があります。なので、物資の補給は最小限にしたい。そこで毒薬を使ったのです」


 相変わらずサンドリッジ警部はぴんと来ていない様子だった。しかし、ロイとカタリナの顔はどんどん青くなっていき、マオの推理が順調であることを示していた。


「毒薬をねぇ、それはどうやって?」

「一人が見張り、一人が。二人はそんな風に交代で見張りを行っていたのだと思われます。これは、バラードさんの服から毒が検出されたという情報から思いつきました。毒が検出されたのは袖と胸元……まるで自ら毒を飲んだ時にこぼしたかの様な位置です」

「はあ!? 馬鹿な、それには何の意味が……」

「ダンジョン内の死体は中の魔力によってそのままの状態を維持し続けます。それは体内の物も消化されずそのままの状態を維持するという事……つまり、死体になっている間は栄養補給や排泄の回数を大きく減らすことが出来るというわけです」

「状態の保存って……本当にそんな事が可能なのかね?」


 サンドリッジ警部はギルバートの方を振り返った。


「ええ、本当ですよ。何故ダンジョン内にて人の蘇生が可能なのか? という研究はずっと続いているんです。まだ不明な点も多く残されていますが……とにかく、ダンジョンの外に死体を持ち出さない限り、ずっとその状態を維持し続けます」

「自殺することにそんな意味があるなんて……」

「あなた方二人はそのようにして見張りを行っていた最中、生きていた方が撲殺され、その結果毒殺死体と撲殺死体が出来上がった……私の考えは以上です」

「…………お二人とも、如何でしょう?」


 しばらく沈黙が続いた後、観念したようにカタリナが白状した。


「ドーソンさんの言った通りです。私たちはあのダンジョンを盗む為に張り込みを行っていました、毒薬と蘇生薬を使いつつ交代で……」

「バラードさん。あなたは撲殺されたようですがその時の状況を教えて貰ってよろしいでしょうか?」

「……張り込みの際、ドアを開けて外を覗いていると階段側からすぐに見つかってしまいます。かと言って階段から離れすぎると見張りにならない。なので、私たちはドアを閉めて部屋の中から張り込みをしていました」

「それはどうやって?」

「以前ダンジョン化した廃病院で手に入れた、魔力を含んだ聴診器をを使っていました。通常の聴診器の何倍もの効果があります。それで、階段を上る音を確認したので四階のヌシ部屋の前まで様子を見に行ったのです。しかし、そこには誰もいなかったので戻ってロイに相談しようと思いました。そうして部屋に入る直前……」

「撲殺されたと。部屋の前で殺害されていたのはそういうことでしたか……わかりました、ありがとうございます。しかし、まだ謎が残っている」


 ロザリアが「謎ですか?」と質問を投げかける。

 サンドリッジ警部は立ち上がり、全員を見渡せる位置に移動した。


「謎と言うのはもちろん、自殺したブラックさんを除くバラードさんと、第二の事件の被害者であるレイランドさんを殺害した犯人だ。それと、そいつが自殺用の毒薬を持って行ったこともね」

「マオはわかっているのかい?」

「目星を付けているけど、証拠は無いわ」

「誰なんだね、それは?」

「……私がこの事件で一番気になったのは、被害者を救助したです。偶然と言えなくもないけど、私はどうしても不自然に感じます。そこで、それには何かメリットがあるのか? という事を考えた時、ある人物が犯人なのではと思いつきました」

「メリット……?」

「はい。そのメリットとは、蘇生されたあとすぐに入院させ、検査入院と称し監視していれば被害者が何か思い出した時に直ぐに対処できるということです」

「おいおいちょっと待ってくれ、その言い方だとまるで」

「普段から親交のあった救助グループの人間を利用し殺害した人間をすぐに救助させて、自らのいる病院へ入院させる。そんな事を出来る人物は現状一人しかいません」

「いや、しかし……」

「警部、クリフォード先生に話を聞きに行ってみませんか?」


 マオからの提案をサンドリッジ警部は目をつぶってしばしの間思案し、決心を固めるように「よし!」と、気合をいれるように発した。


「これからクリフォード先生の所へ行きます。お二人に関してはウィンター刑事を迎えに来させますので、クリフォード先生以外の医師の許可を頂いた後、署までご同行願います」


 ロイとカタリナは、細々とした声で「わかりました……」と答えた。


「では皆さん、行きましょう……!」


 サンドリッジ警部は勢いよく扉を開ける。

 その先にあったものは病院の廊下ではなく、どこか別の部屋だった。

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