────結局、まだまだ事件は続く可能性があり、早急に捜査を進めるべきだと判断されイチゴパフェの注文は却下された。店を出た後、ウィンター刑事の運転する車で一つ目の事件があった別荘まで移動する。病院から十五分程行った所の小高い丘に別荘地帯があり、その中に件の別荘があった。


「では、我々は一旦病院へ向かいますので」

「ああ、宜しく頼む。ではお二方、参りましょう」


 彼らを見送った後、サンドリッジ警部はマオとギルバートを連れ別荘の入口まで移動した。そこは警察の手によって封鎖されており、見張りの警官が二人立っていた。


「ご苦労さん、捜査の為に入らせてもらうよ。後ろの二人は捜査協力者だ」


 警部が警察手帳を見せつつそう言うと、二人の警官は「お疲れ様です!」と元気よく敬礼を行った。その後に一人が封鎖テープを持ち上げ、一人が扉を開ける。礼を言いつつ一行は別荘の中へと入っていった。

 その別荘は普通の一軒家よりも少し大きいくらいの建物なのだが、中に入るとそこには大きめのホテルのロビーくらいの空間が広がっており、部屋数も一つのフロアにつき八部屋程ある。それが四階まで続いていて、外見とはかけ離れた構造になっていた。


「さて、ここが事件のあった別荘だ。見てのとおりダンジョン化している」

「なるほど。魔物の気配も無いし空気の淀みが少ない……話にあった通り、大した成果が得られなさそうなダンジョンですね。さて、被害者が殺害された場所はどちらでしょうか」

「三階の部屋です、ご案内しましょう。おや、ドーソンさんは……?」


 サンドリッジ警部が案内を始めようとした時、マオの姿が無い事に気が付いた。


「こいつはいけない。もしやこのダンジョンの仕業では」

「いえ、大丈夫でしょう。ダンジョンの探索を行う時はいつもこんな感じで一人でフラフラするんです」

「本当に? これで何かあったら私の責任なんですが」

「大丈夫ですって。さあ行きましょう」

「じゃあ……」


 ギルバートはサンドリッジ警部に連れられ三階までやってきた。そこは横一直線に廊下が伸びており、階段から見て左右それぞれに四つ扉が付いている。殺害現場となった部屋は右側四部屋の、左から二番目の部屋だった。


「この部屋です。二人の被害者のうち、男性の方は部屋のベッドの上で死んでいました。女性の方が死んでいたのは部屋の入口の前ですね。どうです、何かピンと来ましたか?」

「いやぁ、あまり期待しないでください。ダンジョンの事なら自信あるんですが、事件の推理なんてとても」

「しかし先程のドーソンさんのご指摘は鋭い物でした。お二人はこれまでに警察の捜査に協力したことがあるのでは?」

「ないですないです。というか、マオと組むようになって二年ぐらいなんですけど、あいつににあんな特技があったなんて今日初めて知ったくらいですから」

「なんと、そうでしたか」


 二人がそんな話をしていると、マオがフラリと部屋に入ってきた。


「お、どうだい? 何か見つかった?」

「ふと思ったんだけど、ここってもしかして『養殖ダンジョン』じゃないかしら」

「養殖ダンジョンだって? 気が付かなかったな……だとしたら管理者は相当なやり手だね」

「?? 養殖ダンジョンというのは?」

「ああ、ご説明しましょう。えっと……まず、警部は『ダンジョンでお金を稼ぐ方法』と聞いてどんな手段を思いつきますか?」

「金稼ぎの方法か……ダンジョン内で手に入れた魔力を含んだ道具を売る事、中にいる魔物の素材を売る事、それと攻略依頼の出ているダンジョンを攻略し報酬を貰う事……ぐらいしか思いつきませんな」

「では、警部が一番初めに挙げた『道具を売る』って事に関してですけど、同じ品物でもダンジョン化した日数によって品質が違うのはご存じですか?」

「ああ。ダンジョン化した年月が長いという事は、より多くの魔力が注がれたということになる。つまり年月が長い程、品質も上がっていくのだろう?」

「その通りです。でもそういったダンジョンで質が上がるのは道具だけではありません。中の魔物の質も上がる……つまり、より危険なダンジョンになるわけです」

「まあ、そうですな」

「しかし、ある方法を使えばダンジョンの危険度を上げずに物の品質だけを上げることが出来る。その方法をダンジョン屋の間では『養殖』と呼ばれています」


 『ダンジョン屋』というのは、ダンジョンの「攻略」「探索」「救出」「研究」等の活動をしている人々を示す言い方である。


「その方法とは、品質を上げたい道具をヌシ部屋の中に入れ、定期的にヌシを倒してしまわない程度に弱らせる事です」

「ヌシを弱らせる? そんな事をして道具の質が上がるのかね?」

「ええ。ヌシが弱ると自らの体力回復に魔力を使います。つまり、建物への魔力供給が止まるのでその間ダンジョンの成長が止まるわけですね」

「しかし、ダンジョンの成長が止まるという事は道具の品質も上がらないのでは?」

「ヌシ部屋だけは別です、その部屋の中でヌシが体力回復のために魔力を集めていますからね。ですから、その方法を使えばダンジョンの危険度を上げずに道具の品質を上げる事が出来るわけです」

「はぁなるほど、よく思いつきますなぁ」

「それにしても、ここのダンジョンは良く出来ていますよ」

「さっきもそんな様な事を言っていたが……他のダンジョンと何が違うのかね」

「養殖ダンジョンを管理するにあたって一番気を付けなければいけないことは他の人にヌシを倒されたり、ヌシ部屋の鍵を盗まれたりすることです。それらの行為を『ダンジョンを盗む』とか、『ダンジョン泥棒』って言われています」

「そうか。それらの行為をされるとダンジョン化が解かれたり、ヌシ部屋の道具を盗まれたりするんだな」

「そうです。なので、それを防ぐために周りには養殖をしていることを知られないようにしたり、鍵を盗られないように常に持ち歩いたり、隠したりする必要があります。例えば、その建物で暮らすことでダンジョンではないように見せかけたりとか、全然のないダンジョンのように偽装したりとか……」

「……それはつまり、このダンジョンのように?」

「はい、ここはとても上手く偽装されています。ちなみに僕の経験上、こういったしっかりと管理されている養殖ダンジョンのヌシ部屋にはクオリティの高い物が養殖中だったりするんですよ…………ああ、そうか。ダンジョンの中で何故殺人事件が起きたのか、その理由がわかりましたよ!」

「何、本当か!?」

「普通のダンジョンだと意味のない行動でも、ここのような『価値のあるダンジョン』であれば話が変わります。ずばり、今回の事件の犯人はこの養殖ダンジョンを管理していた人物です」

「ここを管理していた人物……どうしてそう思ったのかね」

「おそらく犯人は、被害者二人がダンジョンを盗みに来たと思ったのでしょう。警部さん言ってましたよね、ここの被害者のうち男性の方はベテランっぽい雰囲気だったって」


 サンドリッジ警部はメモ帳を取り出し、午前中の事情聴取の時の光景を思い出そうとした。


「確かに……ブラックさんの第一印象はそんな感じだったな」

「ベテラン探索者がこんなうま味のないダンジョンにわざわざ来るのということは、養殖ダンジョンであることがばれているのでは? と思ったのでしょうね。そこで犯人は、生き返る事を承知のうえで二人を殺害したんです」

「それは何故?」

するためですよ。『お前らがこのダンジョンを盗もうとしているのはわかっている。このダンジョンに手を出すのならば私は容赦しないぞ』みたいな感じで。まあ、ここが養殖ダンジョンである証拠は無いし、被害者達がこのダンジョンに対してどう思っていたのかもわかりません。これはあくまで仮説ですね」

「二つ目の事件は? あそこも養殖ダンジョンだったのかね?」

「その可能性もありますし、捜査をかく乱させる為という可能性もあります。どの道、一度行って調べてみる必要がありますね」

「ふむ……なんだか、一番可能性を感じるよ。よし、その線で捜査を進めてみよう」

「そうだ、マオはどう思う?」

「私もここを管理していた人物が怪しいと思う」

「おお、これは決まりですな! では早速……」

「だけど」


 喜び勇んで部屋を出ようとしたサンドリッジ警部はピタリと足を止めた。


「何か気になることが?」

「はい。その場合、ブラックさんが毒殺された事の疑問が残ります」

「確かに。ですが、殺害方法がどうあれ犯人を捕まえる事が出来れば事件はそれで解決だ。何、逮捕後調べれば判明しますよ」

「それはまあ、そうなのですが……」

「ああ、ここに居ましたか」


 三人が声の方を向くと、部屋の前にはウィンター刑事とロザリアの姿があった。


「警部、只今戻りました」

「おお、そっちはどうだった?」

「特別手掛かりになるような事は聞けませんでした、ブラックさんと似たような

供述でしたね。ただ、署に定時連絡をした際に新しい情報を仕入れました」

「ほう、何だ?」

「カタリナ・バラードさんの服から毒の反応があったそうです」

「つまり、バラードさんも撲殺ではなく毒殺って事になるのか?」

「いえ、検出された毒は微量でした。毒殺されたのならば、もっと多くの毒素が見つかるのではないだろうか、とのことです」

「ふむ、ならばブラックさんが毒殺された時に飛散した物と考えるべきか……」

「おそらく。こちらからは以上なんですが、警部の方は何か進展ありましたか?」

「おお、かなりの進展だ。ブラウンさん達の話によるとな────」




「────へぇ、このダンジョンにそんな秘密が。さすがはダンジョンのプロ」

「だろう? だからウィンター刑事は署に戻ってこの別荘の持ち主や関係者を調べてくれ。その中にこの『養殖ダンジョン』を管理している人物がいるかもしれん。私は引き続きこの辺りで聞き込みを行い、この別荘に頻繁に出入りしていた人物がいなかったかを調べてみる。それと二つ目の事件現場の調査だな」

「了解っす…………いや、ちょっと待ってください!」


 ウィンター刑事は部屋を出る直前足を止めた。その表情は、かなり重大な事に気が付いたかのような鬼気迫るものだった。


「どうした!?」

「警部がこちらでの捜査続けるという事は、今日も泊まるって事ですか?」

「……………………いやまぁ」

「はっきり言って下さいよ!」

「……捜査の進み具合にもよるが、思うように進まなければだな……」

「ずるいっすよ! 今日はどこの店に行くつもりなんですか!」

「お、落ち着きなさいウィンター刑事。ちょっと向こうで話そう」


 サンドリッジ警部はロザリアとギルバートの冷ややかな視線に耐え切れず、ウィンター刑事を連れて廊下へと出ていった。


「やれやれ、大丈夫なのかい? あの二人は」

「やる時はやるのよ。まあ、こういう一面もあるけどね」

「僕らこの後どうしようか……ん、マオどうした?」


 見ると、彼女はベッドに腰かけブツブツと何か呟いている。かと思うと急にパッと顔をあげ、廊下へと走り出した。


「警部、すみません」

「悔しかったらなぁ、お前も早く出世すればいいんだよ!」

「何すかそれ! 課長に言い付けちゃおうっと!」

「なんだとこの若造が! それだけはやめてください!」

「警部! すみません!」

「────あ、いや。ゴホン、どうしました?」

「バラードさんの服から検出された毒の、詳しい位置ってわかりますか?」

「毒が検出された位置? ウィンター刑事わかるか?」

「お待ちください。えーと……胸の部分と、右袖に微量の毒が検出されたと聞いています」

「そうですか、ありがとうございます」

「それで? 何か分かったんですか?」


 サンドリッジ警部はよくわからないと思いつつ一応聞いてみる。そんな警部のおざなりな質問にマオははっきりとした口調で答えた。


「はい。ブラックさんを殺害した人物が分かりました」

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