ロザリア一行が『灰色の仔馬亭』に入ると、サンドリッジ警部とウィンター刑事は既に一番奥の席に座っていた。


「サンドリッジ警部、すみませんお待たせしました」

「おお、バーナード君。どうだい、何か手がかりは……いや、その前にそちらの二人は?」

「この二人はダンジョン研究をしている私の幼馴染と、その共同研究者です」

「どうも初めまして、ロザリアの幼馴染のギルバート・ブラウンと申します」

「その共同研究者マオ・ドーソンです」

「はぁ、どうも。リバー・サンドリッジと申します。こっちは部下のウィンター刑事。しかし急にどうして……ああ、ダンジョンの研究家ってことはもしかして」

「はい、捜査に彼らの力を借りるのはいかがでしょう?」

「ううむ、しかしね。専門家とはいえ一般人を巻き込むのはちょっと……」

「色々と決まり事があるのかとは思いますが、この事件の解決させる事の方が優先だと思いませんか? 今の所進展が殆ど無い状態ですし、こうしている間にも三つ目の事件が起きる可能性も」

「まあ、そうなんだがね…………」


 サンドリッジ警部腕組みをして目を閉じて、しばしの間思案した。


「わかりました、取り合えず話だけ」

「ありがとうございます! ほら、二人も!」

「「はあ、どうも」」

「何か頼りないけど本当に大丈夫かね……じゃあ、ウィンター刑事」

「はい、今回の事件はですね」

「あら、ロザリアちゃん!?」


 ウィンター刑事が事件のあらましを説明しようとした時、ウェイトレスがロザリアに声を掛けてくる。彼女はロザリア達がこの村で生活していた頃からここで働いていたベテラン店員だった。


「おばさん! 久しぶり!」

「なぁに立派になっちゃってまぁまぁ」

「ギルもいるのよ、ホラ」

「お久しぶりです」

「あら、ほんと! ギル君も男前になったわねぇ。え、何、もしかして二人は……」

「え、違う違う! 何でこいつなんかと……ねぇ?」 

「うん、ありえないね。あ、警部。ここのピクルス盛り合わせは絶品ですよ」

「む、本当かね? じゃあ注文しよう」

「何故かしら、否定してくれて全然構わない筈なのに物凄くイラッとするわ」

「まぁまぁ、僕らも注文しちゃいましょうよ」



***



 ────その後。料理を注文しそれらが運ばれ、他の町でもそこそこだと評判の『灰色の仔馬亭』の料理を堪能し、食後のコーヒーが全員に配られるまでの間にウィンター刑事はじっくりと事件のあらましを二人に説明した。


「と、だいたいこんな感じです。何か気になる事はありましたか?」

「そうですねぇ。やっぱり何故、ダンジョン内で犯行に及んだのかがポイントになると思います。普通に考えて全くメリットがない」

「そうっすよね。被害者が殺される直前の事を覚えていて、蘇生後それを警察に伝える可能性があるわけですから……まあ、今回の被害者は何も分からないまま殺害されたそうなんですがね」

「私らもダンジョン内での殺人事件を捜査するのは初めてですよ。それがこの短期間に二件ですからな、何が何だか……」

「ちなみにですけど、現段階で警部さんはどのようにお考えなんでしょうか?」

「よろしい、お話ししましょう。結論から申し上げますと、この事件の犯人は指名手配中の殺人鬼による突発的な犯行だと考えています」

「殺人鬼ですか……詳しく教えてもらってもいいでしょうか」

「もちろん」


 サンドリッジ警部はコーヒーを一口啜った後、背筋を伸ばした。テーブルについている全員が彼を注目する。


「まず、犯人は何故蘇生する事の出来るダンジョン内で人を殺そうとしたのか? それは犯人が内に秘めた殺人衝動を抑えきれず突発的に行った犯行だから、と考えております」

「なるほど。蘇生できる事は二の次で、とにかく殺人衝動を鎮めることを優先したために起きた殺人未遂事件というわけですか。『指名手配中の殺人鬼』というのは?」

「それは第一の事件に用いた殺害方法に理由があります」

「第一の事件は……毒殺と撲殺でしたっけ?」

「ええ。ポイントとなるのは『毒殺』の方です。毒殺された被害者はあっというまに意識を失ったと言っていました。つまり、毒薬を飲まされたわけではなく『毒の魔法』によって殺害されたと考えられます」

「はあ、それだと『殺人鬼』だけじゃなくて『魔法使い』も容疑者になるんじゃ?」

「あら、あなたダンジョンのことは詳しくても魔法のことはさっぱりなのね」

「どういうことだい?」

「毒魔法はね、今は法律で固く禁止されているのよ。その昔圧倒的な力を持っていた魔法使いたちの攻撃魔法の中でも、特に毒魔法は猛威を振るったのね」

「一番酷い時期の毒魔法は無色無臭で広範囲、よって多くの人間を静かに殺すことが出来たらしいですな」

「ええ、だから当時の国王は色々と苦労したらしいわ」

「でも今は法律で禁止されているんでしょ?」

「銃も法律によって一般人の所持を禁止していますよね? でも、密造・密輸を通じてマフィア達は当たり前のように銃を所持をしています。それと同じですよ」

「裏世界には今も毒魔法が存在してるってことですか」

「はい。ですから現在指名手配中の人間を中心に、裏世界の情報を仕入れています。それによってマークされた人間をがこの近くに潜んでないかを調査するつもりです」

「なるほど……今の所、僕はその考えに異論ありませんよ。すみません、せっかく捜査に加えて貰ったのに特に貢献出来なくて」

「いえいえ。専門家のお墨付きを頂いたという事で……そちらの、えっと、ドーソンさんは如何ですか?」


 みんなが話し合いをしている最中、メニューや本を読んで暇そうにしていたマオにサンドリッジ警部が声を掛けた。そんなマオのやる気のない姿を見て、ロザリアはどうせ「特にありません」と答えるのだろうなと思っていたのだが彼女からは予想外の返事が戻ってきた。


「ひとつ聞きたいことがあるんですけど」

「はい、何でしょう?」

「被害者の殺害された時刻と蘇生した人がパトロールを開始した時刻、それと実際に蘇生をした時刻はわかりますか?」

「はぁ、少々お待ち下さい……」サンドリッジ警部は手帳を見返した。

「まず第一の事件。被害者らはダンジョンに入った時間をはっきりとは覚えていませんでした。一方救助をした人間によりますと、事件があった日の午後2時にダンジョン内のパトロールを開始し二十分後に死体を発見、蘇生の際体がまだ温かかった事から殺されてからまだそう時間が経っていないのでは、という話でした」

「二つ目の事件は?」

「被害者がダンジョン内に入ったのは午後三時くらいと記憶してました。それから写真を撮り続け、意識が途絶えた、つまり殺害されたのは十五分から二十分くらい経った後ではないかと供述しています。次に救助した側の供述ですが、午後三時半頃パトロールを開始し五分程で被害者を発見した、ということです」

「そうですか」

「どうです、何かわかりましたか?」

「いえ、今はまだ何とも言えません。ただ、随分タイミングの良い救助だな、と」

「……それはまあ、確かに。しかしただの偶然でしょう。彼らは普段からパトロールをしていたそうですし」

「警部さんはさっき言ってましたよね、『こんな事件は初めてだ、それが短期間に二件も』って。そんなの被害者の下に、救出者が三十分以内に駆け付けたのはただの偶然なんでしょうか」


 そんなマオの言葉に、全員がぴくりと反応する。


「救助グループに所属しているというのなら、普段から他のダンジョンにもパトロールに行っている筈ですよね。この村には他にもいくつかダンジョンがあります。それなのに事件のあった日、ピンポイントで犯行現場のダンジョンに来ている。それが気になりました」

「じゃあ、君は被害者を救助した二人、もしくは救助グループの一団が犯人だって言うのかい? だとしたら何故彼らは被害者を蘇生させたんだ」

「そこまでは……ただ、『裏世界と繋がりのある殺人鬼』が犯人の可能性は少ないのでは、とは思います」

「ほう、理由を聞こうか」


 サンドリッジ警部は「面白い」と言わんばかりに身を乗り出した。ロザリアやウィンター刑事もマオに釘付けになっていた。


「私が気になったのは殺害方法です。一つ目の事件で毒殺と撲殺、二つの方法を用いていますよね?」

「その『毒殺』こそが『裏世界と繋がりのある殺人鬼』の犯行であることを示す手掛かりなのでは?」

「いいえ、『裏世界と繋がりのある殺人鬼』の犯行ではないことを示す手掛かりです。お聞きしたいのですが、殺人衝動を鎮めようとした殺人鬼が、どうしてわざわざ殺害方法を分けたのでしょうか?」

「それは……毒殺された男性は大柄で如何にも武闘派といった感じの外見だった。なので万が一仕留め損ねた場合手痛い反撃を貰う可能性があると判断し、毒魔法で静かに素早く……」

「では、女性の方もそのまま毒殺すればよかったのでは? 二人は一緒に行動していたのですよね?」

「む……」


 サンドリッジ警部が返答に詰まり、ロザリアとギルバートは「なるほど」「確かにそうね」と唸った。そんなマオに、ウィンター刑事が意見を投げかける。


「それについてなんですが、殺人鬼によっては殺し方に何らかの拘りを持っている場合があります。そいつは女性を殺す場合魔法や銃ではなく、直接的な殺害方法を取りたいという欲求があった、という可能性は如何でしょうか」

「あり得ます。ただそうなると、すぐ近くにいた二人の人物の殺害方法をわざわざ分ける程の拘りを持つ犯人が、次の犯行であっさりとその拘りを捨てているのが気になりますね」

「ああ、そうか。二つ目の事件の被害者は男性だけど殺害方法が撲殺だ」

「私の意見にもまだ考えるべきポイントは残されています。麻薬で錯乱していて常識の通じない行動をとるような殺人鬼が犯人という可能性もありますし、二つの事件はそれぞれ犯人が別という可能性もあります。しかし、捜索対象は『殺人鬼』だけでなく、この事件に関わる身近な人物も捜査対象に加える価値はあるかと」

「……わかりました、もっと視野を広げてみましょう。他に何かありますか?」

「一つ目の事件が気になるので、可能であれば現場を見たいのですが」


 サンドリッジ警部が質問を投げかけると、マオはすぐに答える。さっきまでとは全くの別人だなと、ロザリアは感じた。


「それは…………まあ、いいでしょう。ではこの後ドーソンさんを現場にお連れします。ウィンター刑事は我々を現場に届けた後、バーナード君を連れて病院へ行ってバラードさんの話を聞きに行ってくれ。それが済んだらこっちに合流だ」

「了解っす」

「ブラウンさんはどうします?」

「僕もマオの方についていこうかな」

「わかりました。では他の皆さんから何かありますか?」

「あ、待ってください」マオがぽつりと言った。

「何か言い忘れたことでも?」

「最後にイチゴパフェ注文してもいいですか?」


 サンドリッジ警部はため息を付きつつうなだれた。

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