時は少し遡る。

 ウィンター刑事はロザリアと別れた後病院に向かっていた。ここには、現在捜査中の連続殺人未遂事件の被害者たちと第一発見者たちがいるのだった。病院に到着しロビーに入ると、学生時代アメフトをやっていたのかと思わせるようながっしりとした体躯、ごつごつした顔に似合わないきっちりと整えられた口髭が目を引く男がいた。その男はウィンター刑事の上司であるサンドリッジ警部補である。


「警部、おはようございます」

「おう、来たか」

「昨日の聞き込みはどうでした?」

「有力な目撃情報は無かったな」

「いい店は見つかりました?」

「ああ、中々雰囲気の良い小料理屋があってな……ああ、いや、ゴホン」

「あーやっぱ別れた後遊んでたんすね」

「ば、馬鹿! 確かに個人的に行きたい場所にも少しは行ったが、それはあくまでちゃんと聞き込みを行ったうえでだな……」

「どうでした? この村の宿は」

「良かったよ。旨い料理に良い温泉、なにより静かだ。やっぱり田舎はのんびり出来ていいな」

「やりたい放題じゃないっすか」

「いいんだよ、やる事やって遊ぶ時は遊ぶ。スイッチの切り替えが大事なんだ!」


 二人は前日からこの村に来て捜査をしていたのだが、ウィンター刑事の方は別件の用事があったので一旦帰署し、今日の朝一でロザリアと一緒に再びこの村に来ていたのだった。その間、サンドリッジ警部は聞き込みと観光を存分に行っていた。


「あの、すみません。病室とは離れてますがロビーでもお静かに……」

「あ、これは申し訳ない……おや、あなたはアラン・クリフォード先生では?」

「もしかして、今日事情聴取に来るというお話のサンドリッジ警部?」

「正確には警部補なんですがね、まあ警部で結構ですよ。リバー・サンドリッジです。こっちは部下のウィンター刑事」

「初めまして」


 そう言って三人は名刺をそれぞれ交換した。クリフォードは事件の被害者たちの担当医であり、サンドリッジ警部は以前から事情聴取のお願いをしていたのだった。被害者たちの精密検査が終わり、彼から事情聴取の許可がおりたのは昨日の事だった。


「いやしかし、先生は噂通りの男前ですな。最近取材でお忙しいでしょう?」

「いえ……そんなことありませんよ」


 そう言いつつクリフォードは綺麗な金色の長髪を掻きあげ眼鏡を押し上げる。彼は『イケメン外科医』として一度雑誌で取り上げられて以来話題になり、最近はテレビ出演等も増えどんどん知名度は上がっているのだった。


「知って貰えるのは嬉しいですけどね、やはり医者の本分は患者を治療する事。なのでこういった医師の少ない田舎を志願したんです」

「素晴らしい志ですな」

「いえ、警部さんこそ。事件解決の為に国中駆け回っているんですよね。大変そうだ」

「いや、なに。人々を助けるのが我々の仕事です。なぁウィンター君」

「さすが警部。スイッチの切り替えバッチリっすね」

「うるさいよ! ったく……」

「スイッチ? まあ、被害者達の病室へとご案内しますよ」

「ええ、宜しくお願いします」


 クリフォードに案内され、二人は三階にある病室に着いた。その病室には、ベッドの上に座っている男が二人、病室の端にあるパイプ椅子に座っている男女二人の計四人の人間が居た。


「えっと皆さん、こちら今日の朝お伝えしていたサンドリッジ警部と、ウィンター刑事です」

「おはようございます。今日は先日起きた殺人未遂事件についてお話をお聞きしたいと思い、集まっていただきました……おや、あの二人は?」


 サンドリッジ警部は椅子に座っていた二人を見つつクリフォードに問い掛けた。


「ああ、あの二人は今回の被害者を救助した方々です。普段からダンジョン内の怪我人を救助してここに連れてきてもらっているんで顔見知りなんですよ。どうせ話を聞くのなら一度に聞いた方が手間が省けると思いお呼びしたのですが、出過ぎた真似でしたでしょうか?」

「とんでもない! ありがとうございます、助かります。じゃあ、始めようか。ウィンター刑事、頼む」

「はい、では事件のおさらいを。一番目の事件が起きたのは今から三日前の午後二頃。この村にあるダンジョン化したとある別荘にて、ロイ・ブラックさんとカタリナ・バラードさんが何者かに殺害されました。その後、同ダンジョンを探索していたオーラン・キッドマンさんに蘇生をしてもらい、その後この病院に蘇生後の検査の為入院。このような流れになっております。それぞれの死因はブラックさんが毒殺、バラードさんが頭部打撲による撲殺……ということですね、先生?」

「はい、ブラックさんの殺害に使用された毒の特定はまだ出来ていないのですが……」

「わかりました。えー、ブラックさんは……」

「私です」

 

 サンドリッジ警部が病室を見渡すと、一番手前のベッドの上に居た男が手を挙げた。その男は逆立てた黒の短髪にがっしりとした体で、いかにも屈強で、ベテラン探索者といった雰囲気を醸し出していた。


「その日、あなたが殺害されるまでの出来事を教えてもらっても宜しいでしょうか?」

「はい、えっと……カタリナとは同じ『ダンジョン探索グループ』の一員でして、その日もなんとなく目についた件のダンジョンの探索を一緒に行っていました。そこは魔物もお宝も大したことが無くて……もう引き上げようかという話をしていた時です。急に目の前が真っ暗になって気が付いたら……」

「蘇生されていたというわけですな。目の前が暗くなる前に何か聞いたりしましたか? 足音だったり、誰かの声だったり」

「いいえ。何も聞こえたり、感じたりする間もなく暗くなりました」

「わかりました。えっと、ではバラードさんは……?」

「彼女は別の病室です。男性と同じ部屋に入院させるわけにはいきませんからね」

「ああ、そうですよね。警部、僕が話を聞きに行ってきましょうか?」

「いや、彼女から話を聞くのはバーナード君と合流してからにしよう。殺害された後、刑事とはいえ男と二人きりになるのは抵抗があるだろうからな」

「あっ……そうですね、すみません配慮不足でした」

「では次に、二人を蘇生したキッドマンさんは……」

「僕です」


 病室の端のパイプ椅子に座った男女のうち、男の方が手を挙げた。中肉中背で特別なセットを施していない髪の、要するに『普通の人』という印象の男だった。


「探索していたあなたは偶然二人を見つけ蘇生を施した、という事でいいですか?」

「いえ、全くの偶然というわけではないですね」

「ほう、というと?」


 オーランは隣に座っている女性を親指で刺しつつ言った。


「僕と彼女、アビーはダンジョンでの救助を目的として活動しているグループに所属しておりまして……」

「ああ、『救助屋』の一員でしたか」


 ダンジョンに挑戦する人々は数多くいるのだが、その全員が同じ目的というわけではない。ヌシを倒しダンジョン化を解く事を目的とする『攻略』、ダンジョンの魔力を含んだ道具や、中の魔物の毛皮等の素材を収集する事を目的とする『探索』、ダンジョン内で傷ついた人の治療や死んだ人間の蘇生を行う『救助』、といった具合に人によって目的は様々だった。


「『ダンジョン内では人を蘇生させる事が出来る』なんて、魔法を使えない我々にとっては未だに信じられない話ではありますな」


 サンドリッジ警部は両手をあげ、少しおどけるように言った。


「まあ、実際詳しいメカニズムは解明されていませんからね。でもこうやってお医者さんとは違う形で人を救う活動はとてもやりがいがあります。僕らのグループは定期的に近隣のダンジョンをパトロールしておりまして、その日も……」

「なるほど、わかりました。とりあえず一番目の事件については以上で、次頼む」

「はい。次も同じくこの村のダンジョンで起きた殺人未遂事件で、起きたのは昨日、つまり一番目の事件の二日後です。ダンジョン化したのはこの村の北にある廃業した宿。そこを探索中のピート・レイランドさんが何者かに殺害されました。死因はバラードさんと同様の撲殺です。ちなみに、被害者同士には特に繋がりはないそうですが、『殺害現場がダンジョン』という非常に珍しい事件の為、二つの事件には何らかの関連性があるのではと考えております」

「えー、レイランドさんは」

「私です……」

 

 サンドリッジが残っている奥のベッドの男に視線を送りつつ声をかけると、予想通りその男が手を挙げた。小柄な体形をしており、外見は五十後半から六十歳くらい中年男性。実年齢は六十三歳で、要するに『外見通り』の男だった。


「では、その日の出来事を教えていただけますか?」

「えっと、私は元々その廃業した宿に勤めておりまして……そこが廃業したのは五年程前だったのですが、売るのか売らないのかがはっきりしない状態が続いていたみたいで壊される事はありませんでした。それで働いていた頃を懐かしんでよく近くを散歩していたのですが、最近その宿がダンジョン化したという話を聞きました」

「ええと……?」

「ああ、すみません回りくどくて……とにかく、宿がダンジョン化したという話を聞いて中を探索しなくてはと思ったんです、魔物に荒らされる前に宿の姿を記録しておきたくて。そして写真を取っている時にいきなり……」


 レイランドはベッドのすぐ近くにある小机の上にあったカメラを手に取り、寂しそうに外を眺めつつそう言った。


「なるほど、そこを犯人に襲われたわけですか。ちなみに、カメラのフィルムは?」

「抜き取られていました。まあ、撮っている時に人影の様な物を見た記憶は無いので、おそらく犯人は念の為、ということなんだと……」

「多分そうでしょうな。そしてそんなレイランドさんを蘇生したのが……」

「はい、私です」


 オーランの隣に座っていた、ショートカットで健康的な日焼けをした女性が手を挙げつつ答えた。


「アビゲイル・ローレンスです。オーラン君と同じ救助グループで活動してます。パトロール中レイランドさんを見つけて救助しました」

「その時か何か変わったことは?」

「変わったというか……まだダンジョン化がそれほど進んでいなくて強い魔物はいない筈なのに、人が死んでいるのは妙だな、と思った記憶があります」

「なるほど、ありがとうございます。では……」

「あの、すみません警部さん」


 サンドリッジ警部がメモ帳に情報をまとめている所に、クリフォードが気まずそうに声を掛けてきた。


「どうしました?」

「捜査はどのくらい進んでいるのでしょうか? こんな身近で殺人事件が起きたのは初めてなので、恐ろしくて……」

「お察しします。ただ、今の所なんとも。今回頂いたお話を参考に全力で捜査を進めていきますので」

「そうですか……よろしくお願いします」


 クリフォードがそう言って頭を下げると、病室の全員が同じように頭を下げた。




***




「────さて、どうしたもんかなぁ」


 病院を出て駐車場に向かう途中、サンドリッジ警部は天を仰いだ。


「警部はどう思います? この事件」

「一応俺なりの考えはあるが……魔法だダンジョンだ、なんて非科学的な事件は苦手なんだよなぁ」

「警部は『科学派』ですもんね」

「魔法を使えない奴らは大概そうだろ……そういや魔法と言えば、バーナード君はどこに行ってるんだ?」

「ああ、ロザリアさんでしたら聞き込みをしてる筈です。彼女、この村出身みたいで我々とは違った情報を得られるかも、と」

「ほう、そりゃいいな。待ち合わせ場所は決めてるのか?」

「はい、村の中央広場にあるらしい『灰色の仔馬亭』というお店です」

「何……? 『灰色の仔馬亭』だと……?」警部の目がギラリと光った。

「え、ええ。何かまずい事でも?」

「いや……俺、昨日もそこで昼飯食ったんだよ。別のとこにしない?」

「…………車出しますよ」


 ウィンター刑事は呆れつつ、車のキーを回した。

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