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「いやあ、懐かしいね。多少レイアウトは変わっているみたいだけど」
ダンジョンと化したダグラスの雑貨屋に入って、ギルバートは先程のロザリアと同じ感想を口にする。そんな彼が懐かしそうに店内を見渡していると、早速偽ダグラスの声が聞こえてきた。
「おう、いらっしゃい」
「ほら、聞いて!」
「今日はお菓子全品1割引きだよ」「へえ、テストで100点とったのか!」「暗くならないうちに早く帰れよ」「クスクス……」「よう、儲かってるかい?」
「うーん確かにおじさんの声が聞こえてくるね」
「でしょ? それに、おじさんの声の他に妖精の笑い声も」
「確かに……イテテッ」
妖精たちは早速ギルバートの髪を引っ張って遊びだした。天然パーマの髪は遊び甲斐があるらしく、ロザリアよりも多くの妖精が彼の頭に群がっていた。
「じゃあまずおじさんの声の事だけど……」
「いや待って、あなた大丈夫なの? 頭すごい事になってるけど……違う部屋に移動しない?」
「いや、このままでいい。どこかに移動すると逃げたと思って追ってくるからね。だからこのまま徹底的に無視をする。これが妖精に絡まれた時の対処法なんだ」
「ああ…………そういえば、妖精の一番嫌いな事は退屈することなんだっけ」
「そうさ、このまま無視して話していればそのうち飽きてどこかへ行くよ」
「そんな簡単に対処できたのね。まあいいわ、あなたの考えを聞かせて頂戴」
そう言ってロザリアはレジの近くにある椅子に、ギルバートはカウンターに腰を掛けた。マオはふらふらと辺りを歩き回っている。
「うん。結論から言うと、おじさんの声真似はこのダンジョンのヌシの仕業だね」
「ヌシ? ここのヌシはそんな魔法を操るっていうの?」
「違うよ、魔法じゃなくてここのヌシの特性だね」
「そんな特性を持った魔物なんていたかしら……?」
「魔物じゃない、鏡だよ。おじさんが仕入れて売れなかったって言ってたあの鏡」
「鏡!? ヌシって魔物なんじゃないの?」
「なんだ、そこからか。じゃあローザには建物のダンジョン化に関する基本的な事を一から教えてあげよう」
ギルバートは咳ばらいを一つして、姿勢を正し語り始めた。
「まず、建物がダンジョン化してしまう原因は何か知っているかい?」
「何らかの理由によって建物に魔力が集まる事が原因でしょ?」
「その『何らかの理由』っていうのは?」
「えーと確か……魔力を含んでいる道具が周りの魔力をさらに集めだしたり、廃屋に魔物が住み着いたりとかだっけ?」
「そうだね。で、この建物の場合は魔物が住み着いたなんて話は無いから、何か魔力を集める物があったんだろう。おじさんは魔法使いの家系ではないから元々家にある物ではなく、最近外から仕入れた物ではないかと考えられるね」
「それがおじさんが知り合いから買い取ったって話の鏡ね」
「そう。そんな風に生き物ではなく、物が魔力を集める原因の場合はそれがそのままヌシになるんだよ」
「物がヌシか。なんだか不思議な感じね」
「そうでもないよ。別の国でも物に精霊や神が宿るという、似たような現象があるらしい。確かツクモガミとかいったっけな」
「なるほど……ん? そう考えるとさっきのやり取りで気になることがあるわ。ギルはおじさんに『最近何を仕入れたか?』ではなく『最近鏡を仕入れなかったか?』って聞いたわよね。何でおじさんに話を聞く前から鏡ってわかったの?」
「簡単な話さ、以前攻略したダンジョンのヌシが鏡だったんだ。鏡がヌシ化すると今まで映してきた人間の姿や声を再生して惑わしてくるんだ。ここのダンジョンのヌシはまだ生まれて三日しか経っていないから、現在の持ち主であるおじさんの声しか再生できないみたいだけどね」
「なんだ、そういうこと……よっと」
ロザリアは椅子から立ち上がり、大きく背伸びをした。ギルバートの対処法の効果があったようで、辺りを見渡すとさっきまでうるさかった妖精の数が減っていた。
「じゃあ、さっさと終わらせましょう。ヌシを倒せばダンジョン化は解けるのよね?」
「そうだけど……君は何処へ行くつもりだい?」
「何処ってヌシの所よ。おじさんが部屋の机にしまったって言ってたじゃない」
「だと思ったよ。君にはダンジョン化に関する基本的な事その二を教える必要があるみたいだね」
「はあ? 何よそれ……」
そう言いつつも、ロザリアは再び椅子に腰を掛けた。
「建物に魔力が集まってヌシが誕生。こうしてダンジョン化が始まるわけなんだけど、そこからヌシは必ずする行動がある。それは、『ヌシ部屋』作る事」
「ふーん、何なの? ヌシ部屋って」
「簡単に言えば鍵のかかる自分の部屋だね」
「鍵のついた部屋に移動するって事? 鍵の付いた部屋が無い建物がダンジョン化した場合はどうなるの?」
「どこか適当な部屋に魔力で鍵を作ってヌシ部屋にする。そのあとは『鍵』をダンジョン内のどこかに隠し、ひたすら部屋に籠って魔力を集め続けてダンジョンを成長させようとする。ここまでやって、ようやくダンジョンの完成ってわけなんだよ」
「……部屋に閉じこもったり鍵を隠したりっていうのは、要は自分の身を守るためにやってるんでしょ?」
「お! その通りだよ、さすが優等生」
「じゃあさ、身を守るっていうのならもっとやりようがあると思うんだけど。鍵を掛けた後隠さないで壊しちゃうとか、鍵云々以前に扉の無い空間に閉じこもっちゃうとか」
「ああ、そういう身の守り方をする奴はいるよ。ただし、それを出来るのはダンジョン化して何十年も経った所のヌシだね。大体のダンジョンのヌシはそれをしたくても魔力が足りなくて出来ないのでは、と言われているんだ」
「へぇ、そうなんだ」
「で、他には?」
「は? 他?」
「いや、君があんまりにも良い質問をするからさ」
「特に無いけど。私は今日別の仕事でこの村に来てるからいつまでもここにいるわけにはいかないのよ。早いとこヌシ部屋の鍵を探しに行かない?」
「あ、そう…………まあ鍵は大丈夫だよ、ほら」
ギルバートはがっくりと肩を落としつつ、ロザリアの背後を指さした。振り返るとそこにはマオが立っており、手のひらの上には鍵が乗っていた。
「僕らが話している間に探し出してくれていたんだよ。じゃあ、このダンジョンのヌシに会いに行こうか」
***
────雑貨屋の販売スペースを通り抜け住居スペースに入り、リビングに向かう方向とは逆に進むと、地下へ降りる階段が現れる。
「やっぱりダンジョン化して三日だと構造の変化は起きていないみたいだね。住居スペースの方も昔来た時のままだ」
「そうみたい、そういえば一度みんなで地下室に入り込んで怒られたりもしたわね」
「ああ、あったなぁそんなこと」
ギルバートとロザリアは昔話をしつつ地下室へと向かって歩く。薄暗くひんやりとしている階段を降りると、在庫の段ボールが積まれた物置スペースになっている。地下室の扉はその段ボール群の奥にあった。
「あの扉だな。よし、マオ頼む」
マオが探し出した鍵を差し込む。カチリと音がして開錠された後扉はひとりでに開き、中の電球が灯った。地下室の中は物置スペースと同様に所狭しと段ボールが積まれていた。
「さてと……この部屋ヌシの鏡がいるのよね。まさかこの大量にある段ボールを一つづつ調べていかなきゃいけないの?」
「そういうパターンもあるよ。でもほら、あそこを見てごらん」
ロザリアが指された方を見ると、部屋の一番奥の机の辺りがぼうっと光っていた。その辺りからはそこそこ強い魔力も感じられる。「あそこか」と、ロザリアが近づくとふわりと手鏡が浮かび上がる。
ヌシの鏡は、自らの魔力を放出し周りの物をポルターガイストのようにガタガタと揺らし始めた。
「おー威嚇してるねぇ」
「あれ、倒しちゃっていいのよね?」
「いいんだけど、君はやめた方がいいな」
「どうして?」
「魔物化した鏡は写した者の声や姿を再生するという特性の他に、鏡面で魔法を反射するという特性も持っているんだよ」
「えっ、結構厄介なのね。どうやって倒せばいいの?」
「魔法にはめっぽう強いけど物理的な攻撃には弱いんだ。よし、マオ頼む」
マオは白衣の左袖に右手を突っ込むと、中に仕込まれていた投擲用のナイフを取り出す。そのままコンパクトなフォームでナイフを放ち、手鏡の鏡面部分に当たりヒビを刻んだ。ヌシの鏡が放っていた光は徐々に弱まっていき、完全に途絶えると同時に地面に落ちる。
「これで攻略完了だ。さ、戻ろうか」
────ダンジョン化したダグラスの雑貨屋の攻略が終わった一行は、村の中心部に向かって歩いていた。その道中、ロザリアとの昔話に花を咲かせていたギルバートはふと、ある事に気が付いた。
「そういえばローザは仕事でここに来てるって言ってたけど、何の仕事?」
「ああ、えっとね。とある殺人未遂事件の捜査なんだけど……」
「殺人未遂事件だって? 君、魔法研究所に勤めているんじゃなかったっけ。転職したのかい?」
「いいえ、働いているのは魔法研究所よ。魔法がらみの事件が起きた時、警察に捜査の協力を依頼されることがあるのよ」
「へぇ。じゃあこの村で魔法がらみの事件が起きたって事かい」
「そうよ。まあ、正確には魔法がらみではなくて……」
そこまで言って、ロザリアはある事に気が付いた。
「そうだ! あなた達この後暇?」
「え? えーと何か予定入ってたっけ?」
「特に無い筈だけど」
「そう、じゃあ私と一緒に来てくれない?」
「それはつまり、捜査に協力しろって事かい? いきなり言われてもなぁ。マオ、どうする?」
「事件の内容と、報酬によるわ」
「事件の内容ね。今の段階では詳しく教えられないんだけど、この殺人未遂事件が起きた場所が問題になっているのよ」
「というと?」
「その事件はダンジョンの中で起きたの」
ギルバートはピタリと足を止め、怪訝な表情を浮かべた。
「ダンジョンで殺人事件だってぇ?」
「ええ、おかしいでしょ? ダンジョンの中では人は死なないのに」
「正確には『ダンジョンの中で人は生き返ることが出来る』だけどね。でもそれは確かに変だ。犯人は何故そんな無意味な事を……」
「興味が湧いてきたでしょ? この事件を解決するには、あなた達のダンジョンに関する知識が必要になるかもしれないのよ!」
「確かに少し気にはなるけど……僕らは君みたいに正式な捜査協力を受けていない。警察は一般人の飛び入り参加なんて認めないんじゃないのかい?」
「それは……確かに警部さんに聞いてみないとわからないけど、多分大丈夫よ! 結構話の分かる人達だし」
ギルバートとマオの二人はロザリアから少し離れ、「なんか頼りないよなぁ」「あの様子だと報酬も期待できなさそうね」とこそこそと話し合いを始めた。
「いいじゃない、取り合えず警部さん達との待ち合わせ場所まで一緒に来てよ。実際に協力してもらうかはそこで判断してもらって……」
「報酬は?」
「えーと、多分警察からは出ないだろうから私が……でも今厳しいのよね。あ、そうだ! 今度うちの研究所のダンジョン課の人を紹介するわ。ダンジョン好きなんでしょ? 面白い話が聞けるかもよ」
それを聞いてギルバートの目が輝いた。
「それは良い! 何だ、それを最初に言ってくれよ! ほら、早く行こう」
「交渉成立ね。マオちゃんも良い?」
「まあ、いいけど……」
軽やかな足取りのギルバートとロザリアに、マオは不承不承ついていった。
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