2
ダンジョンと化したダグラスの雑貨屋は、心霊スポットのような雰囲気と濁ったような空気と魔力を漂わせ、不気味で不快な空間と化していた。
「出来立てのダンジョンに入ったのは初めてだけど……三日でもうこんな状態になっちゃうのね」
ロザリアは右手の人差し指を立て、それを左手で拳銃を構えるようにホールドする。手袋をはめた自らの手が杖の役割を果たしており、指の本数で魔法の威力と範囲を調節するようにしていた。『
「さて、何が出て来るかしら。そこまで手強い魔物は出てこないだろうけど……というか、何の魔物がヌシになっているんだろ? まあ、そんなに広くないんだからすぐ見つかるよね」
店に入ってすぐ目の前にある日用品が並んでいる棚を通り抜け、レジの前までさっと通り抜ける。そこまで行ってロザリアは何者かの視線を感じ振り返った。姿は見えないままだが、その気配は一つ二つと徐々に増えていく。
ロザリアは辺りを見まわし、気配を感じた駄菓子が並んでいる棚の辺りへ指先の照準を合わせゆっくりと近づいていく。
「さあ、いつでも来なさい……」
何が出てきても即座に迎撃できるよう身構えていたロザリアだが、彼女の耳に届いたのは予想外の声であった。
「いらっしゃい」
「は……おじさん? 中に入ってきたの?」
「いらっしゃい。今日はあったかいねぇ」
「……いや、違う。これは何……?」
駄菓子の棚の陰から聞こえてくるダグラスの声に警戒していると、今度のは別の棚の陰からも声が聞こえてくる。
「お皿割っちゃったって? じゃあこれなんてどうだい」「まいどあり」「クス……」「おはよう。頼まれてた物入ってるよ」「ほら、これおまけだ。もってきな」「フフフ……」「最近雨が多くて嫌になるなぁ」「あんまり買いすぎるとお母ちゃんに怒られるぞ」
「これは幻惑魔法? でもそんな高等な魔法を使う魔物がこんな所にいるわけないわ。どうしよう、店の物を壊しちゃうから広範囲の魔法は使えないし……イタッ!」
あちこちから聞こえてくる偽ダグラスの声に対しどう対処しようかと思案していたロザリアは、後ろから急に髪を引っ張られる。しかしそれのおかげで、声の主が判明した。
「そっか。これ、
髪や耳を引っ張ったり、小物を投げつけてきたりとだんだんといたずらがエスカレートしていった。妖精たちはロザリアが痛がる度にクスクス、ケラケラといった笑い声をあげつつあちこちを飛び回る。
「妖精は直接的ないたずらを仕掛けてくる事はほとんど無い筈なのに……これもダンジョンの魔力の影響なのかしら。いえ、そんなことより何とかしないとダンジョンの捜索が出来ないわ。でも妖精を殺すわけには……」
妖精たちは人に対していたずらを仕掛けてくることはあるが、それは決して害を加えるつもりでやっているわけではない。なのでこちらから手を出さない限り安全なのだが、誤って殺してしまうと仲間に知らせ大勢で仕返しに来ると村では伝えられていた。一旦引くべきか強引に進むか悩み続けている間にも、妖精たちのいたずらは容赦なく続く。
(居住スペースまで行けば『新しく入荷した食器、いいだろ?』ここよりも狭いから対処しやすくなるかも……でも、この『あ~それ昨日売り切れちゃったんだよなぁ』先に何がいるかわからないのだから迂闊に進む『おう、まいどあり!』わけには……)
「あーもう!! うっとおしい!!」
ロザリアは耐え切れず、勢いよく両手を上に伸ばした。そこから放たれた魔法が天井に着弾すると、バァン!! と大きな音と激しい閃光が部屋中に広がる。衝撃は一切ない光と音の威嚇魔法だった。これには妖精たちも驚き一目散に逃げていき、その隙を狙いロザリアは転がるように店の外に飛び出る。その結果外に出た所で躓いてしまい、派手に転がって外にいたダグラスを驚かせた。
「お、おいおい大丈夫か……俺の店そんなにひどい事になってるの? でけぇ音も聞こえてきたし」
「ち、違うの! ちょっとね……大丈夫だから! ほんとほんと」
「そうかぁ? まあ、無理はしないでくれよ」
(とは言ったものの、どうしよう。こっちから手を出せない以上相手をせずにヌシを探した方がいいよね……あ、駄目だ。さっきの妖精たちの中にヌシがいる可能性があるわ。その場合どうやって探し出せば……)
「おじさんごめんよ、大分遅れちゃったね」
ぐるぐると思考を巡らせていたロザリアと彼女に不安げな視線を送っていたダグラスは、突然背後から聞こえてきた青年の声に反応し振り向いた。そこには男女の二人組が立っていた。
女の方はぼさぼさしたセミロングの黒髪を適当な一つ結びでまとめ、黒縁眼鏡の奥に隈が出来た気怠そうな目、地味なブラウンのワンピースの上に白衣を羽織るという服装をしていた。程よい肉付きをしていたが背は低かったので、『グラマラス』というより『ずんぐりむっくり』といった感じである。
男の方は逆にすらりとしていて背が高く、柔和で整った顔立ちなのだが『イケメン』というより『なよなよとした優男』という感じである。栗色の天然パーマ、濃紺のパンツに白シャツ、その上によごれた茶色のコートを羽織り大きなリュックサックを背負っていた。
「ええと……どちらさん?」
「あれぇ、憶えてない? そうか、おじさんの店に来なくなって大分経つもんなあ。昔よく来てたんだけどな」
最初に目にした時から何となく見覚えがあった気がしていたが、昔この店によく来ていた事、そしてその飄々とした喋り方でロザリアは男が誰なのかピンときた。
「ギル? あなたギルバートでしょ?」
「えっ、ギルバートだって?」
「ん、そうだけど……あれっ、ローザじゃん。何してんの、帰省?」
「いいえ、仕事でちょっとね。あなたは?」
「僕も仕事だよ。ダンジョン攻略の依頼」
「えっ…………ギルが!?」
「────いや、まさかダンジョンの専門家がギル坊だったなんてな」
「電話で対応したのはこっちのマオだったからね。おじさんには昔お世話になっているし、格安でやらせてもらうよ」
「ねえ、そんなことより大丈夫なの? あなた、学生の頃魔法やダンジョン関係の勉強は全然してなかったじゃない」
「ああ、ダンジョンの研究を始めたのはここ2、3年のことだからね」
「2、3年前って……」
「大丈夫だって。ほら、今こんな事をやってるんだけど結構順調なんだぜ」
ギルバートはコートのポケットから手帳を取り出し、そこから一枚名刺を渡してきた。その名刺には、『ダンジョンの事ならなんでもお任せ M&Gダンジョン相談所 ギルバート・ブラウン』と表記されている。
「ふーん……そっちの子も?」
「ああ。共同経営者というか、共同研究者というか」
店の入り口の前にある階段に腰を掛けて本を読んでいた女の子はちらりロザリアの方に目線を送り、「マオ・ドーソンです」と短く呟いた後再び本へと目線を戻した。
「ロザリア・バーナードよ。ギルとは幼馴染なの、よろしくね」
「じゃあ、さっさとやってしまおうか。ダンジョン化して三日目って話だったよね」
「ああ、いけるか?」
「まぁ~大丈夫だと思うよ」
「あんまり甘く見ない方がいいわよ。さっきちょっと入ったけど、
「妖精か。小さい頃よく追いかけまわして遊んでたっけ。懐かしいね」
「あの頃のとは全然別物よ! ダンジョンの魔力のせいかやたら狂暴になってるし、おじさんの声真似をしてこっちをからかってくるしで大変だったんだから」
「声真似だって? 妖精たちが?」
「ええ、そこら中から聞こえてきて頭がおかしくなりそうだったわ」
「おかしいな。妖精にそんな事は出来ないと思うけど」
「だから、ダンジョンの魔力のせいでしょ?」
「ダンジョン内の魔力によって魔物が新たな力を得る事は確かにあるよ。でもそれは最低でも一カ月は経ったダンジョンでの話だ。三日やそこらのダンジョンではまずありえないね」
「でも私、確かに聞いたわ。声真似でなければ幻惑魔法? それこそ」
「ああ、声真似よりもっとありえないね。声真似か……」
ギルバートがこめかみに指を当て考え込んでいる所に、マオが本に目線を落としたまま「鏡……」と呟いた。
「ああ、僕もそう思う」
「カガミ? どういうこと?」
「まあこれから説明するよ。おじさん、最近鏡台とか手鏡とか、とにかく鏡の商品を仕入れなかった?」
「鏡か…………ああ、あったあった! 知り合いから手鏡を買い取ったんだけどよ。結構良い物だからそれなりの値段を付けてたんだけどさっぱり売れなくてな。なんだかそのうち、それを手放すのが惜しくなって店に出すのをやめたんだよ」
「それは今どこに?」
「俺の部屋の机の引き出しの中だよ」
「じゃあもう一つ。この店で鍵のかかる部屋っていくつある?」
「鍵? 鍵のある部屋なんて倉庫にしている地下室ぐらいだな」
「うん、わかった。それならすぐ済みそうだね」
「え、それだけ? それで何がわかったっていうの?」
「うーん……じゃあ、一緒に来るかい? 僕らと一緒ならさっきみたいに転がるようにダンジョンから逃げ帰るなんて事起きないと思うよ」
「見てたなコイツ」と思いつつ、ロザリアはダンジョン攻略に同行し、数年ぶりに会った幼馴染のお手並みを拝見することにしたのだった。
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