探偵とダンジョン
柏木 維音
ダンジョン泥棒
1
「あ、ここも全然変わってないわ」
事件が起きた村に向かって走行中の車の中で外の景色を眺めていたロザリアは、ぽつりとそう呟く。
ハンドルを握っている若い刑事、ルーク・ウィンターはその言葉に反応した。
「あれ、ロザリアさん出身はこの辺なんですか?」
「ええ。というか、今向かっているラルシャンボーがまさに私の生まれ故郷なの」
「へぇ。クレルモン=フェランとはそう離れていないですよね。結構小まめに帰省したりとか?」
「いいえ、今回久々に……といっても2年だけどね」
「そうだったんですか。でも、あんまりいい気分じゃないでしょう? せっかく生まれ故郷の村に来たっていうのに連続殺人事件の捜査だなんて」
「それほどでもないわ。だって、被害者は全員ぴんぴんしているんだし。だから正確には連続殺人未遂事件ね」
「ああ、そうでした」
そんな会話をしているうちに村の入口に到着した。入口に立っている看板を少し過ぎたあたりでウィンター刑事は車を停車させる。
「2年振りの帰省なんですよね。どうでしょう? ゆっくり村を散策してみては」
「え、でも警部さんが待っているんじゃ」
「サンドリッジ警部には僕から上手く言っておきますよ。それに今日は被害者への事情聴取と周辺の聞き込みだけなんで、後で合流して頂ければ……」
今日の捜査が済んだ後は報告の為に直ぐに帰社するつもりだったので、ゆっくり出来るとは微塵も思っていなかったロザリアは戸惑った。しかし少し思案した後、ウィンター刑事からの申し出をありがたく受ける事にした。
「じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」
「ハイ! じゃあお昼に合流という事で。あ、村の中で待ち合わせに使えそうなお店ってありますか?」
「それなら……『灰色の仔馬亭』ってお店はどうかな。村の中央広場に行けばすぐわかると思う」
「『灰色の仔馬亭』ですね、わかりました。ではそのお店で」
ウィンター刑事はロザリアを降ろすと、さっと会釈し車を発進させた。
彼が向かった先には病院があるはずだから、まずはそこで事情聴取を行うのだろうと思いつつロザリアは歩き出す。
「2年振りの生まれ故郷なんだけど特に見て回りたい所って無いのよね。仲の良かった子はみんな村を出てるし、どうしようかな…………あっ」
ロザリアは足を止め一つの建物に目をやった。村の入口から歩いて数分の位置にあるその建物は雑貨屋である。雑貨の他にも玩具や駄菓子も売っていたので、小さい頃よく通っていたのだった。
「懐かしい、ダグラスおじさんのお店だわ。中学を卒業してからあまり行かなくなったのよね……まだやってるのかな」
ロザリアは近くまで行き周りの様子を伺ってみた。店の前は綺麗に掃除されており、『雑貨屋ダグラス』という看板も昔と変わらず掲げられている。開店前なのか扉は開かなかったのですぐ横の窓から中の様子を伺ってみた。昔と比べると多少レイアウトは変わっているものの、懐かしさを感じさせる見覚えのあるものだった。
しかし、ロザリアは何か違和感を覚えたのだった。
(なんだろう? これは確かに私の良く知っているおじさんのお店のはずなのに、全く違う人のお店のように感じるわ。いえ、別の店というか、別の物のような……)
そんな考えを巡らせているロザリアに対し、一人の男が「悪いけど今日はお休みだよ」と声を掛けた。
「ダグラスおじさん!」
「んん、どちらさん? こんな美人さん知り合いにいたかな」
「ロザリアよ、ロザリア・バーナード。忘れちゃったかな、昔よく来てたんだけど」
「ロザリア…………ああ、ローザちゃんか! なんだ、ずいぶん大きくなって」
「よかったぁ元気そうで。おばさんも元気?」
「おお、元気元気。それにしても久しぶりだなぁ、帰省かい?」
「いいえ、仕事の関係でちょっとね。おじさん、今日お店休みなの?」
「ああ。ちょっとな……」
「大丈夫? 何かトラブル?」
「トラブルっていうか、店がダンジョン化しちまってな」
「ダンジョン!」
建物のダンジョン化というのは、何らかの理由で建物に魔力が集まり続け、その結果ダンジョンと化してしまう現象である。ダンジョン化した建物はそれからさらに魔力を集め続け、魔物を呼び寄せたり、中の構造が複雑に広がったりしてしまうのだった。
「大丈夫なの?」
「ああ、まあ。ダンジョン化してからまだ三日しか経ってないし、専門家の人には既に連絡してあるから。今日来る予定なんだが、ちょっと遅れてるみたいだな」
「そうなんだ。三日か……」
(ダンジョン化した建物を元に戻すには魔力を集めている『ヌシ』を倒ばよかったはず。ダンジョン化して三日しか経っていないのなら大して強くもないだろうし、多分大丈夫よね)
「まあ、そんなわけで俺は専門家の人が来るのを待ってるからさ。よかったら後でおっかぁにも顔見せてやってくれよ」
「うん、そうさせてもらうね。ところでおじさん、専門家の人に頼むのってお金掛かるんだよね?」
「え? そりゃあな。向こうもそれが仕事なんだし」
「よかったら私がダンジョン攻略してこようか?」
「は……? いやいやローザちゃん、危ねぇよ。いくらダンジョン化してから大して経ってないとはいえ」
「大丈夫よ。ほら、これ──」
そう言いつつロザリアはスーツの内側から名刺入れを取り出し、一枚ダグラスへ手渡した。名刺には『クレルモン=フェラン魔法研究所 フィールドサービス課 ロザリア・バーナード』と記されている。
「そういやローザちゃん魔法関係の仕事をしたいって言ってたっけ。そうかぁ、夢が叶ったんだな……しかし、このフィールドサービス課ってのはなんだい?」
「ここの魔法研究所では研究の他にも色々やっててね。フィールドサービス課は魔法関係のトラブルがあった場所に駆け付けて、原因の究明してトラブルの解決が仕事なの。で、その際得られたデータを研究所に持ち帰って再発防止の為に研究を行うってわけね」
「へぇ~そんな事やってのか、すごいねぇ」
「だから仕事で魔物と戦ったりとかもしてるんだよ。ダンジョンは専門の課が別にあるから実際に攻略したことないんだけど……三日しか経ってないダンジョンなら私でも出来ると思うわ」
「いやぁその申し出はありがたいけどよ……どうしたもんかな」
「大丈夫だって! おじさんには小さい頃お世話になってたんだしそれの恩返しをしたいの」
「そう言ってくれるのは嬉しいけどよ…………よしわかった、こうしよう。少しでも危ないと思ったら引き返すこと。専門家の人が着いたらすぐに戻ってくること。この二つを守ってくれ」
「わかった、それでいいわ」
「くれぐれも無理しないでくれよ。何かあったら親御さんに顔向けできないからな」
「十分気を付けるわ。じゃあ、ちょっと行ってくるね」
ロザリアは扉の前に立ち、スーツの内ポケットから白い手袋を取り出し装着した。それには手の甲の部分に金色の刺繍糸で魔法陣が描かれている。
魔法を使う時に杖を使用するのは昔の話である。今の時代本物の杖を使っている魔法使いはごく一部で、ほとんどの魔法使いは杖の代わりに様々な物を使用している。ロザリアの場合はこの白い手袋を杖として使用していた。
(このレベルのダンジョン攻略はあまり査定の足しにならないかもしれないけれど、やらないよりはマシよね。もちろん、おじさんの為っていうのが第一だけど)
ロザリアは元々研究課に所属していたのだが、魔力の強さと身体能力の高さを理由に実戦の多いフィールドサービス課へと転属されてしまったという過去があった。ただ、現在所属している課の仕事が嫌いというわけではない。むしろここでの業務は魔法使いとしての実力を高めるのにうってつけだし、トラブルを解決した時に人から感謝されるのはとても嬉しく、やりがいを感じていた。
しかしそれでも、魔法の研究をしたくて入所したのだからこれまでに何度か異動願いを提出していた。それらはすべて却下されてしまっているので、少しでも申請が通る確率を上げるためにロザリアは査定を稼ぐことに躍起なっていたのだった。
(大丈夫よね……ダンジョンの攻略自体は初めてだけど、もっと日数の経過しているダンジョンの中で魔物の討伐をしたこともあるし。それに)
ロザリアは一度深呼吸をした後、扉を開いて店内へと足を踏み入れた。
(ダンジョンの中では人は死なないんだから)
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