第33話 本心

 あれから恋は普通だった。


 泣いていた時の震えるような姿はもう見られず、いつも通りの明るさで笑っていた。


 もしかしてそれでもまだ何か我慢しているんじゃないかと思って聞いてみたけれど、恋から返ってくる答えは「大丈夫」だった。


 わたしはその大丈夫を大丈夫だとは思えなかった。


 でもいくら聞いても恋から返ってくる言葉は変わらなかった。


 そんなことをしていたら、恋との恋人期間はいつの間にか終わっていた。


 そしてわたしは今、一人の女の子の前にいる。


 放課後、何の用かはわからないけど、わたしの教室にやってきたのだ。


 これから優良と恋のことを考えないとと思っていたところで、わたしを呼んだのは恋でも優良でもなく、箱崎さんだった。


 わたしは箱崎さんに呼び出されて、廊下に出ていた。


「箱崎さん、どうしたの?」


 箱崎さんとは少し前にちょっとだけ話したことがある優良の友達。


「ちょっと凪ちゃんに聞きたいことあって」

「聞きたいこと?」

「うん。凪ちゃんはどっちと付き合うつもりなの?」

「……へ?」


(ど、どっちと……?)


「あ、急に変なこと聞いてごめんね。実はさ──」


 すると箱崎さんはどうしてこんなことをわたしに聞いてきたのかを話してくれた。


 どうやら優良が箱崎さんに話したみたいだ。


 優良がわたしを好きなこと、恋の名前か伏せた上でもう一人わたしを好きな人がいること、すでにわたしに好きだとは伝えていること。あとは恋人期間のことも。


 それだけ知っているなら、きっと優良は全て箱崎さんに話したんだろうと思った。


「なんで今のタイミングで……」


 優良が全て箱崎さんに話したことについては特に何も思わない。


 信頼できる友達なのだろう。


 でも優良がずっと箱崎さんに隠していたということは、あまり知られたくない、もしくは知られることが恥ずかしいのだと思っていた。


 だからどうして優良が箱崎さんに話したのかが不思議だった。


「不安だったからじゃないかな?」

「え?」

「本当に自分が凪ちゃんと付き合えるかどうか不安だったんじゃないかなあ」


(……不安)


「それで凪ちゃんはどっちと付き合うかもう決めたの?」

「え、いや、それはまだ……」


 わたしはまだどうすればいいか決めかねていた。


 正直ずっと前から、どちらかと付き合えば、もう一方とは付き合えないことは分かっていた。でもそれはあまり考えないようにしていた部分もある。


 だってわたしが一人を選ぶと、もう一人が悲しむ結果になるのだから…… 


 それならもともとどっちも選ばない方が……と思ってしまうのはダメなことだろうか。


「そっか。わたしがこんなこと言うのもおせっかいなんだけどさ…… ちゃんと付き合いたいって思った方と付き合ってあげてね」


 箱崎さんはわたしの心を見透かしたかのように話しかけてくる。


「凪ちゃんのことを好きな二人に凪ちゃんが本当に思っていることを言ってあげて」

「で、でもそれでどっちかが悲しむのは……」


 そんなの嫌だ。そんな姿見たくない。


 わたしのせいで……


「……大丈夫だと思うよ」

「え……」

「きっと凪ちゃんの本当の気持ちなら、それがどんなものでも受け止めてくれると思うよ。それはもちろん不安にはなると思うけど、二人とも凪ちゃんのことが大好きなんでしょ? だったら受け止めてくれると思うよ」


(そう……だろうか……)


「だから凪ちゃんの思ってることをちゃんと伝えることが大切だと思うんだよね」

「…………」


 確かにそうかもしれない。


 わたしが勝手に心配しすぎて余計なことを考えていたのかもしれない。


 大切なのは二人に真剣に向き合うことなのに、わたしは傷つけるのが嫌だからと逃げようとしていたのかもしれない。


 たとえどういう結果になろうとも二人は受け入れてくれるだろうか。


 そこがとても不安なところではあるけれど、優良も恋も不安なのは一緒だ。


 優良も表には出さなかったけど、箱崎さんに相談しないといけないくらいには不安になっていたのだ。


 それをわたしだけ逃げ出すなんていうのは本当に最低だ。


「……うん、分かった。ありがとう、箱崎さん。でもなんで急にそんなことを?」

「ん? いや、それは人間だったら友達には幸せになって欲しいと思うのが当然じゃん? 凪ちゃんもしかして悩んでるんじゃないかなーと思って」

「箱崎さん……!」


 この人、根っからの良い人だ。本当にすごい。


 優良のこともあるからなのかもしれないけど、わたしなんてちょっとしか話したことないのに、わたしのことまで気にかけてくれるなんて……


 すごく優しいし、持っている視野が広い。人の気持ちを察する力が強い。


「……ありがとう。ああ、わたしも箱崎さんみたいになりたいな」

「あははっ、別にわたしにならなくても凪ちゃんはそのままでいいんだよ。凪ちゃんは世界一可愛いんだし?」


 初めて会った時から優しい人だなとは思っていたけど、わたしは改めて箱崎さんの良さを再確認した。


(はあ…… ……よしっ)


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