第34話 緊張
薄青い空。ゆっくり流れる雲。温かい日差し。
いつも通りの穏やかな日に緊張しているわたしが一人。
そして同じく緊張しているであろう女の子が目の前に二人。
放課後の教室。下校時間間際で人の気配はわたしたち以外にはない。
正直、今すぐ座り込みたいくらい緊張している。
息が詰まるような空気が張り詰めている。
あれだけ「人」という文字を手のひらに書いて飲み込んだはずなのに、一向に緊張はとれなかった。
わたしはもう答えを決めた。あとはそれを二人に伝えるだけだ。
伝えるだけなんだけど……
箱崎さんに励ましてもらったとはいえ、正直まだ逃げ出したい気分だ。
本当にわたしの気持ちを正直に伝えてもいいのだろうか。嫌われないだろうか。気持ちを伝え終わったあとでも一緒にいてくれるだろうか。
いろんな不安がぐるぐると頭を巡る。
(はあ…… 大丈夫だ、わたし)
このことを箱崎さんに話すときっと正直に話さないとダメだと言われそうだな。
分かっている。うん、わたしは分かっている。
「あの……」
わたしはとりあえず口を開いた。
その時初めて、口の中がパサパサになっていることに気が付く。
わたしの記憶が正しければ、緊張すると副交感神経が抑制されて、唾液の分泌量が少なくなるらしい。
でもそんなことに気が付いたところで、気にしている余裕はなかったので、そのまま続けることにした。
「わたし…… 決めたよ」
そう言うと二人とも体が少しだけピクッと動いたような気がした。代わりに優良はゴクリと唾を飲み込み、恋は唇をグッと噛んでいるのはよく分かった。
二人とも緊張しているのだ。きっとわたしよりも倍以上は緊張しているのだろう。
「……じゃあ、いい?」
わたしは覚悟を決めて、二人の顔を交互に見つめる。
「ちょ、ちょっと待って!」
そう吐き出すように言ったのは恋だった。
「いろんな感情が混ざりすぎて…… 爆発しそう……」
そう言って恋がその場の空気を大量に吸い始めた。
深呼吸のつもりなんだろうけど、吐く量より吸う量の方が多いように感じた。
いや、それはもうこの教室の空気を全て吸って失くしてしまうのではというくらいの勢いだった。逆に吸いすぎではと心配するくらいに吸っていた。
かといってわたしもまだ緊張が解けないので、恋を真似して大きく息を吸ってみた。
なるほど。意外と効果があるかもしれない。
「……く」
(……ん?)
「あははははっ!」
すると急に甲高い笑い声が教室の中に鳴り響き始めた。
優良が目の前でめちゃくちゃに笑っているのだ。
わたしも恋も驚いて優良を見つめる。
「優良? どうしたの?」
「い、いやだって二人ともすごい空気吸ってて、なんかカオスだなって……!」
「そ、それは確かに……」
客観的に自分たちを見てみると、カオスという表現が確かにぴったり合っていた。
「……あはは!」
優良がとてつもなく笑っているものだから、それが伝染したのか恋も少しずつ笑い始めた。
なんだかその状況がおかしくて、わたしまでだんだんと笑えてきてしまう。
さっきまでの重苦しい空気とは一変、教室は笑いと明るい空気で包まれていた。
「ははっ! ああ、面白かったあ」
「優良ちゃん笑いすぎでしょ!」
「だって面白かったんだもん! はあ、なんかちょっと緊張がほぐれたよ」
さっきまでの緊張は結構和らいでいた。笑うって深呼吸をするよりも絶大な効果を持っているみたいだ。
(……本当に二人はすごいな)
こんな二人がわたしを好きだなんて今の今になっても夢なんじゃないかと疑ってしまうくらいだけど、これは現実なんだよね。
「二人とも、いいかな?」
わたしはもう一度、二人に聞く。今ならちゃんと伝えられる。
「うん、わたしはいいよ、凪」
「わたしも大丈夫」
「……分かった」
わたしは頷いて、覚悟を決めた。
わたしは……
「優良」
「うん」
「わたしね、優良といると自然とずっと笑顔になってるし、ドキドキするようなこともいっぱいあった。わたしは優良のことが好き」
「……うん」
「恋」
「うん」
「恋には助けられてばっかりだけど、一緒にいると本当に楽しい。もちろんドキドキすることもいっぱいあった。わたしは恋が好き」
二人のことが好きなのは本当。
ずっと一緒にいたいし、これからもずっと一緒に遊びたいし、もっと一緒に思い出を作りたい。ちょっと重いよって笑われるかな。
(でも……)
「でもね……」
二人を選ぶことはできない。
でも選べるものなら二人とも選びたいとか、そういう話でもない。
わたしは一人を選ぶことに決めたのだ。
「わたしが付き合いたいのは──」
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