第30話 我慢
「ねえ、恋……」
「何?」
「その…… 暑いよね?」
わたしは今、ちょうど恋と一緒に登校しているところ。いつもの通り道での話。
優良との仮恋人期間が終わって、今日からは恋との仮恋人期間が始まっていた。
今まで朝は毎日優良と登校してたけど、これからは恋と一緒に登校することになった。
まあよく考えれば、いつも通りに戻っただけではあるけど。
でもそんな状況に問題が一つ。
それは恋とわたしが腕を組んでいるということ。というか一方的に組まれていると言った方が正しいのかも。
以前に何回もこういうことはあったのでそこが問題なわけではない。まあちょっとだけ緊張はするけどね。
じゃあ何が問題かって、それは現在の気温が関係している。
今はだんだん夏に近づいている季節。日に日に気温は少しずつ高くなっている。
そんな中でのこの密着はとにかく暑い。
最初こそそんなには気にはならなかったものの、やはりすぐに暑さを感じ始めた。
そしてずっとこの状態のままで現在に至るというわけ。
おそらく汗が出ているから、私のためにも恋のためにもできれば離れてくれるとうれしいんだけど……
「全然暑くない」
と、こんなふうに恋は私から離れようとはしない。
この「暑いよね?」「暑くない」問答をこの十分間の間に軽く三回は繰り返していた。
一週間前はまだもうちょっとだけ涼しかったのにな……
そう考えると私は必然的に優良のことを思い出した。
「あっ!」
私はここで一つ名案を思いつく。
「じゃあ手繋ごう! ね! そうしよう!」
優良の時にも登校時に手を繋いでいた。
絶対手汗が出ちゃうと思うけど、背に腹はかえられない。それで暑さを抑えれるなら、手汗ぐらいなんのその。
それに体から出る汗より手から出る汗の方がなんとなくまだマシな気がする。
「凪ちゃん、手繋ぎたいの?」
「うん! ものすっごく!」
一切の変な混じりっけがない純粋かつ純真の本心です、はい。
「そ、そっか。じゃあいいよ」
そう言って恋は私から離れていく。
風が私の体を吹き抜け、私は徐々に涼しさを取り戻していった。
はあ、よかった。あのままだと汗が止まらないところだったかもしれない。
「はい!」
私は解放感からか、手を大きく開いて、勢いよく恋に手を差し出した。
「……そんなに私と手を繋ぎたかったの?」
「うん!」
「そ、そうなんだ……」
恋の頬は少し赤くなっていた。
暑さのせいだろうか。やっぱり恋も暑かったのかもしれない。
なぜか恋にすごく誤解を与えているような気もするけど、まあいっか。
私に吹く風によって、私の脳細胞が働くことをやめた。
こうして私たちは手を繋いだまま学校に向かって行った。
☆
「あ〜、教室涼しすぎ〜」
教室に入った途端、私の体を突き抜けていく冷えた空気。
やっぱりエアーコンディショナー改めエアコン様は最強だ。
「ところで恋さん?」
「何?」
「なんで私にずっとくっついてるの?」
私は恋に抱きつかれていた。教室に入ってすぐのことだ。
まだ暑さはひいてないとはいえ、別にもう涼しいので、そこの問題はクリアだ。
それに抱きつかれているのも最近慣れてきたので、前ほど恥ずかしくはなくなった。
しかし、私の前にはまた別な問題が浮上していた。
恋は私に抱きついたまま、何も話そうとはしないのだ。ずっと無言のまま。
話したとても私が質問して、その質問に返してくる時だけ。
さっきから思ってたけど、やはり恋の様子がおかしい。
この雰囲気……
「ねえ、もしかして今日機嫌悪い?」
最近恋のこういう感じを目にしたこと、感じたことがある。
恋がこの雰囲気を纏っている時はだいたい何かがある時だ。
その何かはこれと断定はできないけど、おそらくマイナス方面なこと。
「……別に悪くないもん」
いや、それすごい機嫌が悪い人の言い方……
「どうしたの?」
「……凪ちゃんのせいだもん」
「え!?」
わ、私のせい!? なんかしたっけ? 全然記憶にないけど……
「凪ちゃんがずっと私をほったらかしにするから……」
「っ……!」
ああ…… そういうことか……
私はギュッと恋を抱きしめ返す。恋と同じくらいの力で抱きしめ返す。
教室で女子二人が抱き合っていることへの恥ずかしさは顔を覗かせない。
「え?」
「……ごめん」
いつかの恋が言っていた。私は嫉妬深いと。
その時は深く考えなかったけど、嫉妬深いってよく考えると、ずっと我慢してるってことだよね。
優良と恋の両方と付き合ってみる方法が一番良いと思ってたけど、きっと恋にとってはそうじゃなかったんだ。
ずっと我慢させてたんだ。
結局私は自分勝手だったのかな……
最強だったはずのエアコンが私の体温をどんどん奪っていくように感じた。
「……別にもう大丈夫だから! これから一週間は私の凪ちゃんだから、もういいの! ちょっとからかってみただけ!」
恋の顔はいつもの笑顔に、そしていつもの明るくて、柔らかな声に戻っていた。
……きっとこれは恋の優しさだ。絶対大丈夫じゃないのに、私のせいで無理させてる。
私は恋にそっか、なら良かったとは嘘でも返せなかった。
「……はあ。じゃあ凪ちゃん。私は凪ちゃんのせいでものすごーくものすごーく機嫌が悪いです」
「う、うん……」
「だから私の言うことをなんでも一つ聞いてくれたら許してあげる」
「なんでも一つ?」
「そう、なんでも一つ。いい?」
「……うん、わかった」
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