第29話 最後の日

 あれから私は一週間の間、ずっと優良と一緒にいた。


 毎日一緒に登校して、毎日一緒にお昼ご飯を食べて、毎日一緒に下校した。


 放課後は買い食いをしたりしたし、休みの日もショッピングに行ったりで、いろんなところに遊びに行った。


 今日はその恋人期間の最終日。時間はすでに放課後。そして場所は私の家。


 私と優良はいつも通りとなんら変わりのない今を過ごしていた。


 なんかいつも通りすぎて本当に今日が最後なんだろうか。謎にそわそわしている自分がいる。


「凪ー」

「はい!?」

「え、何、どうしたの?」

「あ、いやなんでもないです……」


 落ち着け私。自分だけ変にそわそわして恥ずかしい。


「で、優良、どうしたの?」

「ああ、いや、そろそろ帰ろっかなって」

「ええ!?」


 もう帰るの!? 何にもしてないよ!? いや何かを期待していたわけではないけど!


「そろそろ時間も遅くなってきたし」

「そ、そっかあー……」


 今日は優良と一緒にいる時間がいつもよりも短く感じた。


 もう少し一緒にいたいという気持ちがあったことは確かだった。でも恥ずかしくて直接言えそうにはない。


「じゃあ帰るね」


 優良がそう言って、ドアノブに手をかけている。


 ど、どうしよう…… このままだと本当に帰っちゃう……


 私はどうしたらいいかわからなくなって、とりあえず立ち上がって、優良の服を後ろから軽く引っ張った。


「凪? どうしたの?」


 とりあえず優良を引き止めたものの、なんて言うかなんて一つも考えていない。


 だから私はもう恥ずかしさは捨てて、心で本当に思っていることを口にすることにした。


「……まだ……帰らないで」

「っ……!!」


 一緒にいたい言うのはどうしても恥ずかしかったので、別の言葉で言い換えてみた。


 私がそう言うと、優良は体の力が一気に抜けたようにへなへなと床に座り込む。


「え、優良?」

「はあ…… 我慢してたのに……」

「え?」

「今日が最後の日だからいつも通り別れようと思って悲しいの我慢してたのに!」


 優良が声を荒らげて言う。なぜか若干の息切れが見える。


(えっと、優良も私ともっと一緒にいたいと思ってくれてた……で合ってるの?)


「はあ…… 凪はさ、人間はドキドキの許容量が超えた時どうなると思う?」

「……? どうなるの?」


 ドキドキの許容量が超えたら? 爆発するとか?


「……こうなるんだよ」


 私は強く手を引っ張られて、気づいたら背中にベッドの柔らかい感触が当たっていた。


 そしてさらに私の上に顔を赤らめた優良がまたがっている。


「……へ?」


(な、何?)


 私は混乱して優良の顔を見つめていることしかできない。


「ああ、無理無理無理……」

「え?ら」

「いや、耐えろ私…… 耐えるんだ……」


 優良がずっと私にまたがったまま、何か苦しそうにぶつぶつと呟いている。


 私の声は届いていないみたいだ。


「えっと、優良?」

「うっ、私の中の天使と悪魔が……」


 何やら優良の中で天使と悪魔がバトルを繰り広げているらしい。


 ずっと悩んだまましばらく時間が過ぎた。なかなかに激しい戦いみたいだ。


 私は優良の下で優良が口を開くのを待っていた。


「はあはあ、あ、悪魔……」


(え、悪魔が勝ったの!?)


「悪魔に勝った……」


(天使が勝ったんだ!)


「はあ、ごめん凪」

「ううん、大丈夫だよ」


 私はようやく起き上がれると思って、上半身をベッドから離すと、すぐに優良が私を手で押さえつけた。


(え? あれ、天使さん? 勝ったんじゃなかったの!? 天使さーん!)


「……ねえ、凪」

「は、はい!」

「私じゃダメ?」

「……え?」


 思っていた内容と違ったのと、言葉の意味がよくわからなかった私はすっとんきょうな声を出してしまう。


「絶対大切にするし、凪だけしか見ないって約束する。だから私じゃダメかな」

「っ…………」


 ……私はきっと何もなければ、この問いかけにうんと答えてしまうだろう。


 今の雰囲気とかには一つも全く関係なく、私の本心で。


 ただどうしても、うんとは頷けない理由が私には残っていた。


「……ごめん。今はまだ答えられない」

「それはれんがいるから?」

「うん……」


 恋との約束を無視して、このまま答えを出すなんてことはできない。


「……そっか。はあ、恋も手強いなあ」


 優良の雰囲気が沈む。表情も暗い。


 きっと今の優良の気持ちを私が想像するなら、その気持ちの名前は不安。


 優良の中は不安一色に見える。


 ああ、もうこんな顔をさせたくない。もうこれ以上このままの関係でいるのはダメだ。


「私、決めた」

「……何を?」

「恋と付き合う一週間が終わったら、ちゃんと答えを返すよ」


 できれば恋との期間が終わった次の日、せめて二日後にはどうするのかを絶対に決める。


 その答えがどんなものであったとしても。


「そっ……か……」

「優良?」

「あ、いや、なんか複雑で」

「複雑?」

「凪と付き合えないなら、このままでもいいと思う自分もいるから……」


 その気持ちは少しわかる。このままズルズルいくことは傷つかない、もしくは傷が浅くて済む方法なんだと思う。


 ……私にとっては。


 でもその裏で優良や恋が不安に思っていると知っている今はその選択肢を選ぶことはできない。


 答えを出すということが一番で、残っている唯一の選択肢だ。



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