第17話 変化
ご飯が出来上がると、わたしたちは三人で食卓を囲んだ。お父さんは今日、仕事で遅くなるらしいのでみんなで先に食べておくことになった。
お母さんは気づいてなかったけど、恋の様子は確かにおかしかった。ずっと一緒にいるわたしにならわかる。
恋の様子が変なのはキスの影響かと思われたけど、恋は元気のなさそうな感じだったので違うかもしれない。
でもわたしは恋に声をかけることはできなかった。どう声をかけていいかわからなかったから。
わいわいと雑談をしながらご飯タイムは終了し、恋は今お風呂に入っている。
「うー……」
わたしは部屋で一人、唸り声をあげていた。
一人になるとどうしてもさっきのこと思い出してしまう。
あんなふうにされたらどうやっても意識せざるをえない。
お母さんの前ではなるべく冷静に冷静にと思っていたけど、ちゃんとできていただろうか。また二人っきりになるときっとわたしは冷静でいられなくなる。
(二人っきり…… またキスするのかなあ…… ってわたし何考えてんの!)
無意識にそんなことを考えていた自分が怖い。人はキス一つでこんなに人への意識が変わるものなのか。
「凪ちゃん」
「あ、恋」
わたしがそんなふうにもんもんとしていると、恋がお風呂からあがってわたしの部屋に戻ってきた。
「…………」
いつもなら学校の話をしたりするのに、今は何を話せばいいかわからない。恋もわたしに話しかけてこない。その場には沈黙が流れている。
(なんか気まずいよお……)
「あの、凪ちゃん」
わたしが気まずさに耐えきれなくなりそうになった時、恋がわたしの隣に腰を下ろした。
そしてわたしの変な妄想が働き始める。
(え、なんか近くない!? まさかまたじゃないよね!? ち、違うよね!?)
わたしはさっきまでなんとか落ち着いていた心臓がまたドキドキとし始める。
「さっきはごめん!」
「……え?」
わたしは思わずそう口に出す。
「わたしやりすぎちゃったよね……」
「な……」
(なんだ……)
変なことばかり考えていた自分が恥ずかしい。わたしは緊張で張っていた肩の力が一気に抜けていく。
「別に大丈夫だよ」
確かにちょっとやりすぎだとは思ったけど、そこまで嫌な気分もしなかった。
「え、大丈夫だった?」
「うん」
「嫌じゃなかった?」
「嫌……ではなかったけど」
「ほんと!?」
やっぱり恋もやりすぎたという自覚があったのだろうか。そう聞くと恋は元気を取り戻したように声が明るくなる。
「よ、よかったあ……」
恋はほっとしたように肩を撫でおろす。
「凪ちゃんがわたしにキスしてくれてからわたし抑えがきかなくなっちゃって……」
「そ、そっか…… ん?」
(ちょっと待って?)
「なんでわたしがキスしたの知ってるの?」
恋は寝ていたはずだ。わたしがこっそりとキスしたことを知っているはずがない。
そういえば……
わたしが恋にキスをして熱を冷ますために、わたしがベッドに寝っ転がったあと、恋はすぐにわたしの体の上に乗っかってきていた。
ま、まさか……
「だってあれ嘘寝だもん」
「やっぱり!?」
(ど、どうしよう!?)
とにかく恥ずかしい。
恋が寝てると思ってたからわたしはまだ耐えれてたのに…… それに寝ているところにキスをするなんて、そんなはしたないこと……
わたしは恥辱の沼にずぶずぶとはまっていった。
「あの凪ちゃんが可愛すぎてわたし耐えられなかったんだよねえ。つまりわたしが変になっちゃったのは凪ちゃんが悪いんだよ?」
「ええ……」
なんかすごい理不尽なことを言われているような気がする。
「ふあ~」
そんな話をしていると恋があくびをし始めた。恋は早寝早起きを習慣にしているので、わたしがいつも寝る時間よりも早いが、もう眠いのかもしれない。
「眠い?」
「うん、ちょっと」
「じゃあもう寝よっか。恋がベッド使っていいよ」
ちょうどよかった。これ以上起きていても恥ずかしさしか深まりそうにない。
「いや凪ちゃんのベッドなんだから凪ちゃんが使ってよ」
「ううん、ほんとにわたしは大丈夫。恋が使って」
「そう? じゃあ申し訳ないけど使わせてもらうね」
そう言って恋はわたしのベッドに入るとすぐに眠り始めた。やっぱり眠かったみたいだ。
(はあ……)
わたしも床に寝っ転がって部屋の電気を消す。
ここ最近は本当に心乱されることばかりだ。誰かに好きと言われたのも初めてだし、キスをされたのも初めて。わたしは今、一生分のドキドキを使い果たしているのかもしれない。
二人には普通の友達とは違う何かを確実に抱き始めている。
それが少し怖くもあるし、わくわくするような気持ちもある。
(わたしって結構単純なのかなあ……)
そんなことを考えながらわたしはゆっくりと目を閉じた。
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