第16話 抑えきれなくて
「はあ……」
わたしはシャワーを浴びながら、恋のことを考える。
ついキスするなんて言ってしまったものの、本当に恋を目の前にしてできるだろうか。自分からするなんて初めてだし、そもそもキス自体がまだ二回目の初心者。
恥ずかしくなってしまうのは仕方がないことだった。
でも恋に嫌われることとキスをすることを天秤にかけると、明らかに嫌われてしまうことの方が重く、結果的にキスに軍配があがってしまった。
「あー……」
想像するだけでもかなりやばい。それなのに本当にしてしまったらわたしの心臓は耐えきれるだろうか。
(でもここで気持ち悪いとか嫌だっていう考えじゃなくて、恥ずかしいって考えが出てくるんだよなあ……)
それはきっとわたしは優良とも恋とも付き合えると心の奥底では思っている証拠だった。
わたしたちはずっと一緒にいた幼なじみだ。その幼なじみと付き合うとなるとちょっと変な感じになる。嫌というわけではなくて、どこかむず痒いような感じ。
わたしはきっと二人のことを好きになりかけているのだと思う。
二人がわたしのことを好きなんだと考えるとドキドキするし、告白されてから思ってもいないことが本当によく起こっている。キスもその一つ。
そんなことが起こっていても、わたしはまだはっきりと好きだと自覚したわけではない。
ドキドキすることはよくあることだけど、それが全て恋心と結び付くものではないと思う。
それに二人のことを考えると、ふと一色さんのことが頭に浮かぶ。
一色さんはわたしの好きな人。でもこれは叶うことがない恋。それならと二人と……なんて思うこと自体が二人に失礼だろう。
二人のことをいつか好きとはっきり思える日が来るだろうか。そうしたら一色さんのことを忘れられるだろうか。いつから恋という感情は芽生えるものなのだろうか。
そんなことを考えながらわたしはお風呂を出て、髪を乾かし始める。
「凪もうお風呂入ったの?」
「あ、お母さん。帰ってきてたんだ」
どうやらお母さんが仕事から帰ってきていたようだ。ドライヤーの音でお母さんの帰ってくる音が全く聞こえていなかった。
わたしは一旦ドライヤーのスイッチをオフにする。
「今日、恋が泊まりたいっていってるけどいいよね?」
「ええ、いいわよ。じゃあご飯少し多めに作らないとね」
「うん」
そう言ってわたしはまたドライヤーのスイッチをオンにし、最後まで髪を乾かしきってから自分の部屋に戻って行く。
「すうー…… はあー……」
わたしは部屋の前に立ち止まって大きく深呼吸をする。
(よしっ)
キスを意識しすぎているのも恥ずかしいから、いつも通りの感じで入って行こう。
そう心を決めてわたしは扉を開ける。
「恋、おまたせー。って……」
わたしが部屋に入ると、恋は目を閉じて小さな寝息をたてていた。ベッドを背もたれにしていて、とても寝づらそうな体勢をしている。
「……はあ」
わたしはその様子を見て、肩の力が抜け、緊張の糸が緩む。キスのことしか頭になかった自分が恥ずかしい。
わたしは恋にそっとひざ掛けを掛けてあげる。
「ん……」
(あ、やば……)
起こしてしまったかなと思って、恋の顔を覗き込む。恋はそのまま寝息をたてていたので、どうやら目覚めてはいないようだ。
(はあ、それにしても……)
恋は本当に可愛い顔をしている。まつ毛は長いし、色は程よく白い。それに唇はふっくらとしている。
そんな恋を見ていると、わたしの顔は自然と恋の顔目掛けて向かっていた。そしてわたしは恋にキスをした。
恋が寝ている間に終わらせてしまおうとかそんなことを考えたわけではない。ただ単にわたしは恋の唇に吸い込まれてしまっていた。
自分でもなぜかはよくわからない。今までずっとキスのことを考えていたからか、それとも別の何かか。
それでもやっぱり恥ずかしいのは確かだった。
「やば……」
わたしは両手で顔を覆う。
別に今、キスをする必要はなかったのに、恋が寝ている間にキスをしてしまったという事実がわたしの胸のドキドキを加速させる。
(わたしなんかとんでもないことをしてしまった気が……)
わたしは恥ずかしさを鎮めるためにごろんとベッドに横になって目を閉じる。
「はあ、熱……」
とにかくこの熱を冷ますために両手で顔を扇いでいると、急に体に重みを感じる。
(ん?)
不思議に思ったわたしは目を開ける。すると飛び込んできたのは顔を赤くして、息を荒くなっている恋の姿だった。
「んんん!?」
わたしがこの状況を理解する前に、わたしの口は恋の口で塞がれていた。
恋の熱くなった顔が目の前にある。
体を押さえつけられているので恋を押しのけることも、離れることもできない。しかも恋の力がやっぱり強い。
そのまま長いこと恋の唇がわたしの唇にくっついては離れ、くっついては離れを繰り返した。
わたしはどんどん頭が正常に働かなくなって、最後の方には抵抗しようという考えすらなくなっていた。
「はあはあ……」
ようやく恋の顔がわたしから離れる。
わたしは頭がぼーっとして何も言うことができず、ただただ恋の赤くなった顔を眺めていることしかできなかった。
「な、凪ちゃん……」
そう言って恋の顔がまたわたしに近づいてくる。唇が触れそうになったその時、下の階からわたしを呼ぶ声が聞こえた。
「凪ー! そろそろご飯作る時間よー!」
(……! お母さん!)
わたしはその声を聞いて、一瞬で現実に戻されるようにはっとする。時計を見るといつものご飯を作る時間よりも三十分は過ぎていた。
「れ、恋、わたしご飯作らないといけないから……!」
わたしはそう言って恋を止める。
落ち着いたふりをしていたものの、わたしの心の中は動揺しまくっていた。
(ああ、やばいやばいやばい! なんかすっごい長いことキスしてた気がするんだけど!? さ、さすがにこれは……///)
正常に戻ったわたしの頭は冷静ではいられなかった。
「……はあ、そうだね」
恋がわたしの上から降りる。
「わたし、ここにいるからご飯ができたら呼んでくれる?」
「う、うん、わかった。じゃあ行ってくるね……」
わたしばっかり動揺しているのがなんだか恥ずかしくて、なるべくいつも通り返事を返した。
わたしは恋の顔を見れなくて、そのまま自分の部屋をあとにした。
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