第7話 そっち
「それでこれをこの公式に当てはめて──」
「はあ……」
今は数学の授業中。先生が問題の解き方を説明しているところだ。先生の一生懸命な説明をわたしは全く耳に入れず、優良と恋のことばかり考えていた。
(優良はわたしのことが好きで、恋もわたしのことが好き…… うううっ……!)
二人の思いを理解できない気持ちと二人から好意を寄せられている事実がため息の原因となり、わたしは頭をクシャクシャと掻き乱す。
(はあ、落ち着けわたし)
一旦深呼吸をして平静を取り戻すと、ふと一色さんの姿が目に入る。今日も相変わらずお美しい。
二人のことを友達以上に思ったことはないのはもちろんだが、わたしがもしも一色さんのことを好きでなければ何か違ったのだろうか。
「──雲、南雲!」
誰だかわたしの名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
「あ、はい!」
先生の声だった。
「ここの答えは何番だ?」
「こ、答え?」
自分の世界に没頭しすぎていて、先生の声が全く聞こえていなかった。どうやら何かの問題を当てられてしまっていたようだ。
「え、えーっと……」
わたしがあたふたと
「に、2番……です!」
「よし、正解だ」
(はあ、何やってんだろ、わたし。恋に迷惑かけて…… 授業はちゃんと聞かなきゃ…… ただでさえ数学は苦手なんだから。よし……!)
わたしは両頬を手で叩いて、心を入れ替え、真剣に授業を聞き始めた。
しばらくして授業の終了を告げるチャイムが鳴る。
「──はい、じゃあ今日はここまで。先週出してた宿題明日までだから忘れるなよー」
そう言って先生は足早に教室を去り、職員室に帰って行った。
(はあ、結局全然わかんなかった……)
最初からしっかりと先生の話を聞いていなかったので、わたしは全く授業についていけなかった。
「凪ちゃんさっきぼーっとしてたね」
「あ、うん。ごめんね、恋」
「ううん!大丈夫!」
「恋、今日ってわたしの家来る?」
「うん。行こうかなって思ってる」
「じゃあ勉強教えてくれない?数学全然わかんなくてさ」
恋は全教科の中で一番数学が得意だ。数学だけならテストで学年一位をとったことがあるらしく、どうして文系をえらんだのか不思議なくらいだ。
それに比べてわたしは数学が一番苦手だ。数学だけでなく理系科目が全て苦手なので迷わず文系を選択したというわけだ。
「うん、いいよ」
「ありがとう!」
「ふふっ、楽しみだな〜」
勉強をするのに何がそんなに楽しみなのかはわからなかったが、とりあえずわたしもそうだねとだけ返しておいた。
──放課後
「凪ちゃん、ごめん!先生に呼ばれたから先帰ってて!」
「え、待ってるよ?」
「ううん。進路の話でちょっと長くなりそうだから……」
「そっか。じゃあ先帰って待ってるね」
「うん!」
そういうと恋は急いで教室を出て行った。
今日は優良も迎えに来なかったので、わたしは一人で帰ることにした。時間がかかりそうとのことだったので少し寄り道をして文房具を買って帰ることにした。
☆
「ふー、よしっと。……ん?」
わたしは文房具を買い終わってお店から出ると、少し遠いところで一人の女の子が男の人に絡まれているのが目に入った。
さすがに少し距離があったので会話は聞こえなかったが、おそらくナンパされているようだった。
(うわー、チャラ男だ…… あの子かわいそ……、ん?あれ?)
わたしは目を細めてよく見てみるとあの女の子が来ているのはうちの学校の制服だった。しかもとてつもなく見覚えがある人で……
「い、一色さん!?」
わたしの目に間違いがなければ男の人に絡まれているのは一色さんのようだった。
(え、なんで一色さんが!?え、待って待って、そんなことより助けた方がいいよね!?う、でも怖いし……)
ああいう男の人にはとてつもない苦手意識がある。
助けたいのはやまやまだったがなかなか足が前に出ない。しかも運の悪いことに周りには全く人がいない。
一色さんを助けなければと思う気持ちと男の人への怖さに葛藤している間にも一色さんは無理やり連れて行かれようとしていた。
(え、あれ、やばい?ど、どうしよう!?)
わたしの思考がぐるぐると回る。一番はお店に戻って誰かに助けを求めるのがいいのかもしれない。でもその間に見失ってしまってはまずい。
(も、もうしょうがない!)
わたしは心の奥底にしまってあった勇気を振りに振り絞って一歩踏み出す。
「あ、あのー……」
わたしは男の人の背後から声をかける。
「あ?何?」
こちらを振り返った男たちの顔は想像の倍は怖かった。わたしよりも明らかに高い身長とがっちりとした筋肉にわたしは圧倒されてしまって小さく縮こまってしまう。
「あ、何お姉ちゃんも俺と遊びたいの?いいよいいよ!じゃあお姉ちゃんも一緒に行こっか!」
助けにきたはずなのにわたしまで連れて行かれそうになってしまった。
「あ、あの!わたしその子とこれから用があるので一緒には遊べません!」
わたしは男の人の手を振りほどいてお腹の底から声を出す。
一色さんの方を見ると少し驚いた表情をしていたが、すぐに状況を察してくれたみたいで、わたしに向かって小さくうなずいた。
「そういうことなんですよ!ごめんなさい!それじゃあ行こっか、南雲さん!」
「あ、おい、ちょっと待てよ」
一色さんが男の人の間をすり抜けて、わたしと一緒に走って逃げようとしたのだが、男の人が一色さんの手首を捕まえる。
「ちょっと、離してよ」
「その子と遊ぶんなら、彼氏とこれから遊ぶなんてやっぱ嘘じゃん」
(え、何、そんな話になってたの?じゃあわたしもしかして余計なことした?)
「はあ、いい加減にしてよ。この子がそうだって言ってんのよ。まあ本当は彼女だから彼氏だっていうのは嘘だけど。わたしたちこれからデートなの。だからお兄さんなんかに興味ないってこと。わかった?」
そう言って一色さんがわたしの手に指を絡めてくる。
「はあ!?なんだよ、お前らそっちかよ。それならそうとさっさと言えよ。無駄な時間使っちまったじゃねえか」
そう捨てゼリフを吐いて、男の人はこっちを睨みながら不機嫌そうに去って行った。
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