第5話 幼なじみ2
「あ、凪ちゃん。話終わった?」
わたしはあれからしばらくして恋のところへ戻った。
「あ、うん…… じゃあ行こっか」
正直わたしはまだ優良のことで頭の整理がついていなかった。
それでも恋にはバレないようにしなければいけないと思って気持ちを抑え込んだ。
(とりあえず頭の整理は恋が帰ったあとにしよう)
わたしは恋と一緒にわたしの家へと向かった。
「おじゃましまーす。なんか凪ちゃんの家に来て優良ちゃんがいないって新鮮だね」
「ね、だいたい優良が……いるもんね……」
優良という名前が聞こえてわたしはつい反応してしまう。先程の出来事を思い出してしまってわたしは思わずぼーっとしてしまう。
どうして優良はわたしのことなんか好きなのだろうか。優良も女の子が好きなのだろうか。わたしよりももっと優良にふさわしい人はいるはずなのに。
「凪ちゃん?どうしたの?」
「あ、え、ごめん」
(何してんだわたし。今は恋に集中しなきゃ)
「大丈夫?」
「うん、大丈夫!ほら、今日は何読む?」
わたしは誤魔化すように、恋に今日はどの漫画を読むか尋ねる。
「んー、じゃあねえ、昨日凪ちゃんが隠してた漫画が読みたい」
「え?」
(隠してたのって、え…… わたしのあの百合漫画を!?いや、百合漫画好きなんてなかなかいないから、感想を共有できることは嬉しいんだけど……)
嬉しいけれど、本当にいいのだろうか。恋はいつも少女漫画のような男女の恋愛ものを好んで読んでいたため、恋が読んでも面白いのだろうか。
もちろんその漫画が面白くないというわけではない。ただ、自分が女の子が好きだから女の子同士の恋愛を描いた漫画を読むのは心がキュンキュンするし、普通の少女漫画を読むよりも面白い。でもそうでない人が読んでも面白いのかはわからなかった。
「ほ、ほんとにいい、の?」
「うん!」
恋は満面の笑みでそう答える。
わたしは少し不安になりつつもベッドの下にある漫画を取り出してくる。その漫画の表紙を見てわたしはさらに不安になる。
「はい……」
わたしは恋に漫画を渡す。
「ありがとう!」
そう言うと恋はわたしのベッドに座って黙々と漫画を読み始めた。
わたしも気を紛らわせるために他の漫画を読むことにしたのだが、思った通り全く集中できない。どうしてもちらちらと恋の方を見てしまう。恋はそんなわたしを全く気に留めず、黙々と漫画を読み進めていた。
しばらくして恋が漫画をゆっくりパタンと閉じる。
「はあ、面白かった」
「え、ほんとに!?面白かった!?」
「うん!やっぱり普通の男の子と女の子の恋愛とは違うキュンキュンする感じがあったなー」
「……!わかる!ものすっごい尊いよね!」
まさか恋とこんな話ができる日が来るなんて誰が予想しただろうか。一年前のわたしに教えてあげたいくらいだ。
(ん?ちょっと待って、やっぱり?やっぱりって何?)
「ねえ、凪ちゃん」
わたしは恋の「やっぱり」という言葉が心に引っかかって、首を傾げていると、恋がわたしの名前を呼んだ。
「……ん?……え」
急にわたしの視界に影がかかる。背中と頭に床の硬くて冷たい感触があたる。わたしの上では綺麗な髪の毛がゆらゆらと揺れている。
「れ、恋!?」
わたしの上に覆いかぶさってきたのは恋。わたしは恋に押し倒されていたのだ。
なぜわたしはこんな体勢になっているのだろうか。状況の整理がつかず、わたしは動くことができなかった。
「この漫画にこういうシーンがあったから凪ちゃんこういうの好きなのかなーって」
「なっ!じょ、冗談やめてよ!」
「冗談じゃないって言ったら?」
(冗談じゃない?冗談じゃなかったら?)
冗談ではないのならばわたしの小さな頭では一つの可能性しか見つけることができない。でもそんなわけはないのでわたしは訳がわからなかった。
「凪ちゃんさ、優良ちゃんとなんかあったでしょ」
「……!な、ないよ!」
「嘘。優良ちゃんのところから帰ってきてからずっとぼーっとしてたよ。凪ちゃんは嘘が下手だなあ。まあそういうところも可愛いけど」
(ば、バレてた……)
それでも「いやー、優良から告白されちゃってさー」なんて口が滑っても言えるわけがない。この話は超プライバシー的な問題なので、わたしが勝手に恋に話してはいけないことだ。
「優良ちゃんから告白された?」
「え!?なんでそれを……、あ」
わたしは早速口を滑らせてしまった。やはりわたしは嘘をつくのが下手なのだろうか。
「やっぱり」
「い、いや今のは違くて……!」
「わたしもね、凪ちゃんのこと好きだよ」
「……え」
そう聞いた瞬間に今の今まで考えていた優良のことが一瞬にして吹き飛んで行く。
恋の表情を見ればその好きという意味が優良と同じ意味であることはわたしにもすぐにわかった。
(す、好きってそういうことだよね?え、なんで!?恋まで!?)
「言っておくけどわたしの好きは凪ちゃんのことを一人の女の子として好きって意味だから」
「うっ……///」
(そ、そんなこと急に言われても……)
わたしの心臓は張り裂けそうになっていた。
「優良ちゃんと付き合うの?」
「え?」
「告白されたんでしょ?なんて返したの?」
これは答えてもいいのだろうか。わたしの頭の中はいろいろな問題がぐるぐるぐるぐる渦巻いていて、正しい判断ができそうもなかった。
「凪ちゃん、いいから言って。これ大事なことだから」
恋はいつも通りの優しい表情をしていた。でも目の奥は笑っていなかった。
「こ、断った……よ……」
(い、言ってしまった……)
「そうなんだ。じゃあわたしは?」
「え?」
「わたしと付き合ってよ」
(恋と、付き合う……)
わたしなんかを好きでいてくれるというのは嬉しい。こんなこともう二度と起こらないことだろう。
それでも恋とは付き合えない。理由は優良と全く同じだ。好きではないのに妥協して付き合ってしまうのは二人に対して失礼になってしまう。
それに優良の時にも思ったが、わたしでは恋には釣り合わないような気がする。こんなわたしなんかよりも恋にはもっと良い人が現れるはずだ。
「ごめんね、恋」
わたしはそう言って優良に説明した理由と同じことを話し始める。
「そっかあ」
「うん、ごめんね……」
「まあわかってたけどさあ」
恋の顔が曇る。
「まあいっか」
「へ?」
「だってわたし凪ちゃんのことずっと好きだったんだもん。一回フられたからってそう簡単に諦められるわけないよね?」
「そ、それは……」
それは確かに、とわたしは思ってしまった。
わたしにも今好きな人がいる。それは絶対に叶うことのない恋だとわかっている。わかってはいても、諦めるのとはまた別の話だった。
「だからこれから覚悟してね?」
「え」
「わたし優良ちゃんには負けないから。恋は早い者勝ちだからね!」
(え、恋も?)
「凪ー!ちょっと降りてきてー!」
わたしが混乱していると下からお母さんの声が聞こえた。
「あ、凪ちゃんのお母さん帰ってきてたんだ。じゃあわたしそろそろ帰るね。また明日ね、凪ちゃん!」
恋はいつもと変わらない笑顔を浮かべて帰って行った。
「ちょ、恋!まっ!はあ……」
ここは自分の部屋なのにわたしはなぜかわたしが置いて行かれたような気持ちになった。
恋が帰ってからわたしは一人で思いを巡らせる。
(まさか初めての告白が幼なじみからだなんて…… え、何じゃあ優良も恋もわたしのことが前から好きだったの?いつから?)
今までずっと一緒にいたが、そんな素振り1ミリもなかったはずだ。それなのにどうして急にこんなことになったのだろうか。
「あっ、もしかして……」
わたしは一つの可能性を思いついた。
「もしかしてわたしが女の子が好きってわかったから?」
だから二人ともわたしに告白してきたのだろうか。確かにそれは告白するにあたってとても重要な問題かもしれない。
(ていうかそもそも幼なじみと百合になれるの?)
「凪ー!まだー?」
「あっ、やばっ!」
わたしはお母さんに呼ばれていたことをすっかり忘れていた。
「今行くー!」
そう言ってわたしはバタバタと自分の部屋を後にした。
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