第4話 幼なじみ1

「えっと、6組6組っと」


 放課後の時間、わたしは走って優良がいるという6組に向かっていた。うちのクラスの担任は話が長いのでいつもHRの時間が長引いてしまう。おそらく優良を待たせてしまっているだろう。


「はあはあ、優良、おまたせー!」


 わたしは息を切らしながら、教室のドアを開ける。


「あ、来たね」


 そこでは優良が窓から外の景色を眺めながら待っていた。


 優良の長い髪がゆらゆらと風になびいている。何もない寂しげな広い教室にいる優良はなぜかいつもよりも綺麗に見えた。


「…………」

「凪?どうしたの?」

「あ、ごめん。なんかいっつもよりも優良が綺麗に見えてさ」

「……っ」


 優良は眉をひそめていた。わたしがあまり綺麗だとか可愛いとかいうタイプではないので驚いたのかもしれない。


「それで話って?」

「あ、ああその……」


 優良はなかなか話し始めなかった。


「え、そんなに深刻な話なの?」

「……まあ深刻って言えば深刻かな」

「え」

「じゃあ…… 言うから落ち着いて聞いてね」

「う、うん」


 わたしはどんなことを言われるのかと緊張して思わず背筋が伸びてしまう。


「わたしさ、もう凪と友達無理かも」

「…………え」


 わたしの周りから急に音が消えていく。息が詰まる。心臓が痛い。


 今、優良はなんと言ったのだろうか。

 何かとても嫌な言葉がわたしの耳に突き刺さった気がする。


 わたしは言葉の意味を理解することができず自分の中で少し時間が止まっていたが、すぐに我に返って焦り始める。


(友達、無理……?え、なんで?急にどうしてそんなこと……!?わたしなんかしたっけ!?いや、絶対なんかしちゃったんだ!)


 特に何かした覚えがあったわけではないが、自分で気づかないうちに優良のことを傷つけていたのかもしれない。もしかしたらずっと優良に我慢をさせていたのかもしれない。


「ご、ごめん!」


 わたしは必死に頭を下げた。とにかく許してもらうにはこの方法以外はない。


「え、ちょ、何してんの!?」

「わたし何かしちゃったんだよね?だから友達やめるなんて……」

「い、いやいや、そういう意味じゃないから!とにかく頭上げて!」


 そう言われてわたしはとりあえず頭を上げる。

 するとわたしの頬に何か熱いものが伝う。なぜか目頭も熱くなっている。


「あれ……」


 わたしは手で涙を拭う。普段はこんなに涙脆くはないはずなのだが、どうしても涙を止めることはできなかった。


「凪!」


 優良がそう言うとわたしはギュッと力強く抱きしめられた。潰れそうなほど本当に力強かった。けれど今のわたしにはそれが心地よかった。わたしも優良に呼応するようにギュッと抱きしめ返す。


「ごめんね、凪。わたしの言い方が悪かった」

「……うん」


 優良から放たれている甘い香りがわたしの鼻腔をくすぐる。

 わたしはいつもの優良の優しい匂いに包まれて、だんだんと心が落ち着いてくる。それでも涙はまだ止まってはいなかった。


「凪、落ち着いた?」

「うん、ちょっと」

「じゃあよく聞いてね」


 優良はギュッと抱きしめていた手を緩めて、わたしから離れ、わたしの肩に手を置く。その手は少し震えているようにも感じた。


 優良は一度大きく深呼吸をして口を開く。


「わたしね、凪のことが好きなの」

「うん、わたしも好きだよ」

「ううん。違うんだよ。そういう意味じゃない。わたしの好きはね、凪の彼女になりたい好きなんだよ」

「……え」


 (彼女に……なりたい好き?え、それって……)


「それってわたしのことれ、恋愛的な意味で好きってこと?」

「うん。そういうこと」


(え…… えええ!?)


 そう聞いてどうしても止めることができなかった涙が嘘のようにピタリと止まる。


(わたしのこと好きって…… そんなことある!?)


 先程までの悲しみと今の驚きが合わさって、わたしの頭は混乱して思考がなかなか正常に働かず、事実を受け入れることができなかった。


「わたしと付き合ってくれないかな?」


 優良がそんなわたしの気持ちを気にも留めない様子で畳みかけてくる。


 そこで優良の表情をみると優良は不安一色の表情だった。わたしはその表情を見て、ああ本気なんだととりあえず事実を受け入れることはできた。


 それでもわたしにはまだ答えなければいけない質問が残っていた。


 『付き合ってくれないか』

 

 その質問に対する答えはYesかNoの二つしかないということがさらにわたしの頭を悩ませる。


 ここでうんと答えてしまえばわたしは自分の気持ちに嘘をついてしまうことになる。優良のことは本当に本当に大切な友達だとは思っているが、それ以上に考えたことはない。


 ごめんと答えてしまえばきっと優良を傷つけてしまう。傷つけてしまうのが嫌でわたしも好きだよなんて嘘をついたとしても、それはそれできっといつかは優良を傷つけてしまうことになるだろう。


 わたしはどうしようもないジレンマに陥ってしまって、答えを返せず、下を向いて口を閉ざすことしかできなかった。


「凪」


 わたしが俯いていると優良がわたしの名前を優しく呼ぶ。


「わたしは答えはどっちでもいいと思ってる。ただ正直に答えて欲しい」

「……っ!」


 わたしを見る優良の目は真剣だった。そんな優良を見て、わたしも真剣に答えを返さなければと心を決めた。


「ごめん……」


 わたしはなんとかその三文字をかすれるような声で呟いた。そう言ったあと、優良の顔をしっかりと見ることはできなかった。


「そっか。うん、わかってた。ちなみにだけど理由聞いてもいいかな?」

「うっ、どうしても言わなきゃダメ?」

「お願い」


 できれば言いたくはないが、この状況ではぐらかすことはできない。


「優良のことは本当に大好きだけど、友達以上に思ったことなくて」

「……うん、やっぱそうだよね。急に好きだなんて言われてもびっくりするもんね」

「うん……」

「はあ、そっかあ」

「ご、ごめんね、優良。でもわたしたちずっと友達だよね?」


 わたしは恐る恐る優良に聞いた。ここで友達という言葉を出すのはズルいのかもしれない。優良の気持ちを考えろと世界中の人間から石を投げられても仕方がない。それでもそれはわたしにとって本当に重要な問題だった。


「うーん、どうだろ?」

「ええ!?」

「あははっ、冗談冗談。友達だよ」

「はあ、良かった……」

「でも言っとくけど、友達だからね?」

「え?」

「わたし凪のこと諦めたわけじゃないから」

「え……」


(え、えええええ!?)


「だって凪、女子が恋愛対象なんでしょ?」

「そ、それはそうだけど」

「じゃあわたしにもチャンスあるじゃん」


(え、あるの……?)


「絶対わたしのこと好きにさせて見せるから。んじゃあ明日からもよろしく〜」


 そう言って優良はなんだかすっきりした様子でひらひらと手を振って教室を出ていってしまった。


 わたしはしばらく固まったままで、その場から動くことができなかった。


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