第3話 朝


 わたしはしばらくして一階にあるリビングに足を運んだ。


「あら、凪なんかちょっと目赤いわよ?大丈夫?」


 一応鏡で顔を確認してから大丈夫だと判断して一階に降りてきたのだが、まだ若干目が赤かったようだ。


「あ、うん、大丈夫。それよりお母さん今日の宅配の荷物なんだったの?」

「ああ、受け取ってくれてありがとね。またお姉ちゃんから凪にって来たわよ」


 そう言ってお母さんはわたしに段ボールの箱に張られた紙を指さした。差出人の名前をよくよく見てみると、確かにお姉ちゃんの名前が書いてあった。


 わたしにはお姉ちゃんがいるのだが、すでに社会人として働いており、実家を離れて一人で暮らしている。


 そのお姉ちゃんがよくわたしにお菓子やら何やらをいろいろと送ってくれるのだ。


 一人暮らしで大変だろうから別に送らなくてもいいよといっているのだけれど、そんなわたしの声にお姉ちゃんは耳を傾ける様子はなく、毎月のように送られてくる。


「お姉ちゃん…… もう大丈夫だよって言ってるのに……」

「凪に喜んでもらいたいんでしょ?」

「それはまあ嬉しいけど……」


 わたしにお金を使うよりも自分のために使って欲しいとわたしは常々思っている。


「いいじゃない。あの子もちゃんと生活出来てるみたいだし、ありがたくもらっときなさい」

「……うん、そうだね。あとでお姉ちゃんにお礼言っとかなきゃ!」

「そうね。はあ、それよりお腹空いたわ」

「あ、じゃあすぐにご飯作るね」


 そう言ってわたしは台所へと向かう。

 うちのご飯担当はわたしが担っており、自分のお弁当も自分で作っている。というのもお父さんはおろか、お母さんまで壊滅的に料理ができないのだ。


 昔はお姉ちゃんが作ってくれていたけれど、お姉ちゃんが大学に進学すると同時に自然とわたしに引き継がれた。


 わたしはサッサと手を洗ってすぐにご飯を作り始めた。


 最初は毎日作るのが大変だったけど、お母さんもお父さんもわたしの作った料理を美味しい美味しいと言いながら食べてくれるので、料理が好きになった。


 それからお父さんが帰ってきて夜ご飯を食べ、いつもと変わりのない夜が更けていった。


 ☆


「凪ちゃん。凪ちゃーん」

「うーん……」


 わたしは瞼に飛び込んでくる眩しい日の光と優しい柔らかな声で目を覚ます。もう朝が来てしまったみたいだ。


「ん…… 恋、おはよー」

「凪ちゃん、早く支度しなきゃ。遅れちゃうよ?」

「はーい……」


 わたしは重い頭を枕から離す。


 わたしは壊滅的に朝に弱いので、よく恋が起こしに来てくれる。


 お母さんもお父さんもわたしが起きるよりも早く仕事に出てしまうため、恋がいないとわたしは遅刻魔として名を轟かせることになっていただろう。


 恋が起こしにこない時は自力で起きているが、だいたいは滑り込みセーフ……なんてことはなく遅刻することがほとんどだ。


「ふあ〜、眠…… 毎日ごめんね、恋」

「ううん!凪ちゃんのお母さんから凪ちゃんのことよろしくねって任されてるし!」


 うちの家族と恋の家族は昔から仲が良く、恋はわたしのお母さんから絶大な信頼を寄せられている。なんなら娘のわたしよりも可愛がっているかもしれない。


「でもそれってわたしたちが小学生くらいの時の話でしょ?別にそんなに気にしなくていいのに」


 正直朝起こしに来てくれるのはものすごく助かっている。でもそれで恋の迷惑になっているのならわたしが遅刻した方が全然マシだ。


「うーん、まあでも結局はわたしが凪ちゃんと一緒に学校に行きたいだけだから!」

「そう?ならいいんだけど」

「じゃあ、リビングで待ってるね!」

「うん」


 わたしはバチンと両頬を手で叩いてから立ち上がり、着慣れた制服に袖を通す。

 

 女子高生の朝の支度は長いと言われている。歯磨きや洗顔をするだけでなく、髪の毛を整えたり、スキンケアをしたり、メイクをしたり。


 優良に聞くと、普通の女子高生は朝の準備におよそ一時間ほどの時間を要するらしい。


 朝は睡眠に時間をとられて、一時間も時間をかけられないわたしは鏡の前で寝癖を直し、軽くメイクをしてリビングへ足を運ぶ。


「恋ー、おまたせー」

「あ、凪ちゃん。準備できた?」

「うん、それじゃあ行こっか」

「うん!」


 わたしは昨日準備しておいたお弁当をカバンに入れ、わたしの家を後にした。


「それにしても凪ちゃん、朝ごはん食べなくてよくお腹すかないよね」


 家を出てすぐに恋が不思議そうに言う。


「あー、朝は昔から食べないからなあ」


 朝は胃が食べ物を受け付けないとかいう話ではないのだが、別に食べなくても特に支障をきたしたことはないので食べていないというだけの話だ。そもそも朝起きられないので、朝ご飯を食べる時間がない。


「わたしなんか朝ごはん食べないとお昼までもたなくてすぐお腹鳴っちゃうよ!」

「でもたまに鳴ってることあるよ?」

「え、やっぱりバレてた!?」

「うん」


 恋は両手で頬を抑えて、赤くなった顔を隠していた。


「あははっ、大丈夫だよ。わたしが席が近いだけで、他の人には聞こえてないよ。たぶん」


 わたしは恋の一つ後ろの席なので、恋のお腹が鳴って恥ずかしそうにしている背中をいつも微笑ましく眺めている。


「ほんとかなあ!?」

「ほんとほんと」

「はあ、まあいっか。凪ちゃん今日もおうち遊びに行っていい?」

「うん、いいよ」

「やった!」


『ピコンッ』


 わたしが恋と話をしていると制服のポケットに入れておいたスマホが音をたてた。スマホを取り出すと画面には「優良」と表示されていた。


『今日用事あるから凪の家行けないんだけど、話したいことあるから放課後時間もらえる?』


(話したいこと?なんだろ……)


『うん。いいよ』

『じゃあわたし6組の教室にいるから。待ってるね』


(6組?なんで?)


 現在2年6組の教室は空き教室になっており、ほとんど使われていない。教室には使われていない机や椅子が置いてあるくらいだ。


 わたしは不思議に思ったがあまり気に留めず、おっけーと軽く返事を返してスマホの画面を暗くした。


「凪ちゃん、どうしたの?」

「ん?ああ、優良が今日用事あるから、わたしの家来れないってさ」

「へー、そうなんだ」

「なんか話あるらしいから、優良の話聞いたら一緒に帰ろ」

「…………」

「恋?」

「え、あ、うん!」


 少し恋の様子がおかしかったが、すぐにいつもの恋に戻ったので、わたしはあまり気には留めなかった。

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