第2話 なんでそれがそこに!?
「おじゃましまーす。えっと昨日どこまで読んだっけかなー」
優良はわたしの部屋に入るやいなや本棚を漁り始めた。
「じゃあわたしお茶いれてくるから」
「うん、お願いしまーす」
わたしは自分の部屋から出て、一階に降りる。お母さんもお父さんも毎日遅くまで仕事を頑張ってくれているので、この時間はまだ帰ってこない。
『ピンポーン』
(あ、来たか)
わたしがお茶を準備して二階にあがろうとすると家のチャイムが聞こえた。
インターホンを覗き込んでみると、そこには
わたしはすぐに玄関へと向かう。
「恋!」
「へへ、遊びに来ちゃった!今、大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ」
「よかった!おじゃまします!」
恋はわたしと同じクラスの友達で、家が隣同士なのだ。そうなると当然家族ぐるみでも仲がいい。
「あ、また優良ちゃん来てるんだ」
玄関で優良らしき靴を発見したようだ。
実はわたしと優良と恋は三人とも小学生からの幼なじみなのである。
「うん。じゃあわたしお茶いれて行くから。先に部屋行ってて」
「はーい」
そう言って恋は玄関で靴を脱ぎ、パタパタと階段を駆け上がって行った。
恋は優良と違って陽キャというわけではないが、とても可愛いという点においては優良と共通している。
髪は長く伸ばされたストレートで可愛らしい顔立ちをしている。わたしよりも身長は小さいが、小動物のような守りたくなる可愛さがある。
二人ともわたしにはもったいないくらいの友達だ。幼なじみでなければわたしなんかと友達はおろか、接点を持つことすらなかっただろう。
わたしはそんなことを考えながら、お茶を持って二階へと向かった。
「おまたせー」
わたしがお茶を持って部屋に戻ると、二人は
「どう?それ面白い?」
恋はいつものごとく少女漫画を読んでいた。
「うん!このヒロインがすっごい可愛い!」
「はははっ、良かった」
自分の好きな漫画を好きと言ってくれるのは純粋に嬉しい。
わたしも本棚から適当な漫画を選び、床に座って読み始める。
この穏やかな空間をいつも一緒に過ごすことがわたしたちの日常だ。
しばらく漫画を読んでいると、またチャイムの音が聞こえた。
「あ、わたしちょっと行ってくるね」
「はーい」
そう言えばお母さんが今日宅配が来るから受け取っておいてと言っていたのを思い出しながら、わたしは急いで玄関へと向かう。
「──はい、ありがとうございました!」
わたしがドアを開けた時には配達の人は帰ろうとしているところだった。間一髪なんとか間に合ったわたしは宅配を受け取って、リビングの机の上に置く。
(お母さん何頼んだんだろう?)
わたしは中身が気になったが、まあいっかとすぐにどうでもよくなって、自分の部屋に戻る。
わたしがドアを開けて部屋に入ると、戻ってきたわたしをなぜか二人が驚いた様子で見つめて動かない。
「え、何、どうしたの?」
何を驚いているんだろうと不思議な気持ちになっていると、二人が手に持っている漫画がわたしの目に痛々しく飛び込んでくる。
「え……」
二人が手に持っていた漫画のタイトルには堂々と『百合の花園』とかかれており、表紙の中で二人の女の子が見つめあっている。
そう、それはわたしが隠しておいたはずの百合漫画……だったのだ。
「な、ななななな!?」
「凪……」
「なんでそれがそこに!?」
「いや床に寝っ転がったら、ベッドの下になんかあるなーと思って……」
実はわたしはベッドの下に漫画を隠しておいたのだ。本棚に入れておくと、二人がよく本棚を漁るので見つかってしまうし、ましてやわたしの部屋以外に隠してしまうと家族に見つかってしまう可能性もある。
ベッドの下も隠し場所としては怪しいかなとは思っていたが、今まで気づかれる気配すらなかったので、わたしはバレないだろうと安心しきっていたのだ。
「中身見た……よね?」
「うん……」
(や、やばいやばいやばい!え、どうしよう本当にやばいよ!?まさかわたしが宅配をとりにいってるものの数分でこんなことになってるなんて!?)
わたしは表情や行動には出さなかったが、内心とにかく焦っていた。
こんな漫画を読んでいるなんて気持ち悪いと思われただろうか。この一瞬の間にわたしの脳内で様々な想像が繰り広げられた。
わたしは何か言い訳をしないとと思って口を開いたが、言葉は出てこなかった。
「凪……」
不穏な空気を切って、言葉を発したのは優良だった。
「もしかしてなんだけどさ、凪って女の子が好きなの?」
「……!」
そう言われて、わたしはすぐにどう言い訳をしようかと一生懸命考えた。
百合漫画を持っている人みんなが女の子を恋愛対象として見ているわけじゃないよーとか、その漫画実はわたしのじゃないんだよねーとか。意外と言い訳になりそうなことはすぐに思いついた。
でも……
わたしは二人にそんな嘘をついてしまうのは嫌だった。きっと嘘をつけば二人はわたしを信じてくれるだろう。でもついたところで後から罪悪感が心の内から溢れ出てくることになるのはわかりきっていた。
「優良、恋……」
わたしは覚悟を決めて、小さく頷く。
覚悟を決めたとはいえ、二人から拒絶されて友達を辞めるとか言われてしまうかもしれないと考えると、とても怖かった。
わたしはビクビクと肩を震わせる。
「そう……だったんだ……」
「……うん、そっか」
二人はなんとも言えないような顔をしていた。わたしもなんて言っていいのかわからなかった。ただただ不安なだけだった。
「そんなに不安そうな顔しなくてもいいよ」
「優良……」
「たとえ凪が女の子が好きでもわたしは別に何も変わらないよ」
「わたしもわたしも!凪ちゃんはわたしたちの友達で幼なじみなんだから。そんなことでわたしたちの絆はきれないよ!」
「……っ!」
そう聞いた瞬間、わたしの心に温かい光が差し込む。二人はわたしを拒絶するどころかわたしを受け入れてくれたのだ。さっきまでの不安が嘘のように消えていく。
わたしは全身の力が抜けて、その場に座り込む。
「優良、恋……」
わたしの頬に熱い涙が伝う。周りとは違うこの気持ちを誰でもない優良と恋に受け入れてもらえたことが嬉しかったのだ。
「ちょ、泣かないでよ、凪!」
「な、凪ちゃんほらティッシュ!」
わたしは恋からティッシュを受け取り、涙をふく。自分が思ったよりも涙が溢れてきていて、ティッシュがヒタヒタになってしまった。
わたしは今この瞬間、二人のためならなんでもしようと、もし困ったことがあれば何が何でも助けようと心に決めた。こんな最高の友達はなかなかいない。二人がわたしの友達であるということが本当に誇らしい。
「うう、ありがとう二人とも」
「友達なんだから当たり前だよ!」
「そうだよ。そんな理由で凪を嫌いになるくらい短い付き合いじゃないでしょ?」
「……!うん……!」
わたしは改めて二人に感謝した。
幼なじみという関係はなんて素晴らしいものなのか。
わたしがしみじみと幼なじみの素晴らしさに感動していると、下の階で音がし始めた。お母さんが帰ってきたのだろう。
そこでふと時計を見ると、時計の短針はまもなく7に近づこうとしていた。
「結構時間過ぎちゃったね。じゃあそろそろ帰ろうか、恋」
「そうだね。じゃあまた明日ね、凪ちゃん!」
「また明日ね、凪」
そう言って二人はわたしの部屋から出て、自分の家へと帰って行った。
いつもわたしは部屋で二人が帰るのを見送っているけれど、二人がいなくなって寂しさを感じたのは初めてだった。
わたしはとても満たされた気持ちになりながら、その場にコロンと横になった。
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