幼なじみとは百合になれるか
モンステラ
第1話 放課後の時間
「ふう……」
わたしは教室の片隅にある自分の席で小さく深呼吸をし、窓の外を眺める。
今は放課後の時間。
天気は晴天。風はあまり吹いていないのか、雲はゆっくりと流れている。春のポカポカとするような陽気が授業で疲れたわたしの眠気を誘う。グラウンドではサッカー部の元気な男子たちが大きな声を張りあげながらボールを必死に追いかけている。
わたしはそんな放課後の日常に穏やかな気持ちを
目はぱっちりで顔は小さく、肩ほどの長さに伸ばされたサラサラの髪はアホ毛一本見当たらない。モデルをしているだけあってスタイルも抜群。さらに明るい性格の持ち主で常に笑顔を絶やさない。
クラス中どころか学校中の人気者である一色さんに恋愛感情を抱いている人は星の数ほどいることだろう。そしてこんなことを考えているわたしもその
わたしは
一色さんとは違ってたいして可愛くもないし、これと言った取り柄もない。その上わたしはもともと性格が明るいタイプではない。
それでも一応メイクを研究したり、明るく振舞ったりと努力はしているつもりだ。しかし、そんな努力も生まれ持ったものに打ち勝つことはできず、クラス内カーストは中の下くらいに収まっている。
わたしは今日も窓の外を眺めるふりをして、みんなに囲まれる彼女をこっそりと見ていた。相変わらず綺麗でずっと眺めていても飽きることはない。
そもそもどうしてわたしが一色さんを好きになったのか。ここで少し過去を振り返ってみよう。
去年もわたしと一色さんは同じクラスだった。
入学して間もないというのにすでに一色さんは人気者だったことをよく覚えている。
わたしはそんな一色さんに少し苦手意識を持っていた。わたしにはキラキラしすぎている存在で、近寄りがたいように感じていたからだ。
今思えばわたしごときがそんなことを考えていたなんて、世界中の人から石を投げつけられても仕方がない。
そして春の委員会決めの時間。
うちのクラスは自分のやりたい委員会に挙手をして決めるという決め方をとっていた。
一つの委員会に人が集まりすぎてしまって、定員がオーバーしてしまった場合にはジャンケンで枠を争って決めることとなっていたのだが、わたしはやりたい委員会のじゃんけんに負けまくり、自動的に余り物の委員会に入ることになってしまった。
私は自分の運のなさに愕然としながら自分の敗戦を重ねた右手を無表情で見つめることしかできなかった。
ふと他に誰が同じ委員会になったのかなと黒板に書きだされたメンバーを見てみると、そこには一色さんの名前があったのだ。
わたしは不思議に思った。わたしの見ている限りでは一色さんは一度も手を挙げていなかったからだ。わたしは勇気を出してどうして一度も手を挙げなかったのか聞いてみた。すると一色さんはこう答えた。
「みんなのやりたがらない委員会がやりたかったんだ。わたしはなんでも良かったからみんなになるべくやりたい委員会になって欲しくて」
そう言った一色さんの声は優しかった。本当に優しかった。こんなに穏やかな声を出せる人間がいるのかとびっくりした。一色さんの顔を見ると、まるでこの世の全てを愛しているかのような博愛的な笑顔を浮かべていた。
それを見た瞬間に何か胸の奥から溢れてきそうな感覚に襲われた。今ならそれが恋に落ちた瞬間だったとはっきりわかる。我ながら好きになった理由がどこかおかしいようにも感じるがこの感情は間違いなく恋というものだ。
しかし、当時のわたしはそれがどういう感情かわからなかった。
わたしは今まで恋というものをしたことがなかったからだ。
もともと男子が得意ではなかったわたしは男子を恋愛対象として考えることはできなかった。中学生の頃は友達との恋愛トークに全くついていくことはできず、あの男子カッコイイよねーなどと言われてもわたしは愛想笑いを浮かべて曖昧な答えを返すことしかできない。
だから好きという感情が初めはわからなかった。それでも一色さんと同じ委員会になって同じ時間を過ごすことが増えてから自然とああこれは恋なのだと自覚するようになった。
それと同時にわたしの恋愛対象は男の子ではなく、女の子なのだと気づくことにもなった。
そのことに自分の中で妙にしっくりときて納得はしたものの、初めは周りと違うこと、自分が女の子を好きだということに戸惑ったりもした。
今は女の子が女の子を好きになること、男の子が男の子を好きになることは「普通」として社会に受け入れられるようになってきている。
そんなふうに多様化が進んでいるとはいえ、わたし自身は中々自分を受け入れてあげることはできなかった。きっとそれが「普通」ではないと考えている人もいて、その人たちに拒絶されてしまう可能性があることが怖かったからだと思う。
それでも、いくら考えても悩んでも一色さんを好きなことは変わらなかった。結局は自分の持っている気持ちや性質を変えることはできないと思うようになり、時間が経つに連れて自分を受け入れるてあげることができた。
一色さんのことを好きになったおかげでわたしはいろいろなことに気づき、大げさかもしれないが成長することができたと思う。
けれどわたしはこの恋を墓場まで持っていこうと決めていた。一色さんにはもちろん、他の誰にも言うつもりはない。
一色さんに好きですなんて伝える勇気はないし、情けないことにわたし実は女の子が好きなんですなんて周りに言う勇気すら持ち合わせてはいない。
そもそも一色さんが女の子を恋愛対象として見ている確率は何%あるのだろうか。きっと道端に一万円札が落ちているような確率よりももっと低確率なのだろう。あっ、もしも本当に一万円札を拾ったら交番に届けるのでそこはご安心を。
「凪ー!」
わたしを妄想の世界から現実に引き戻すように、わたしの名前を呼ぶ少し低くて落ち着きのある声が聞こえる。
「あ、優良」
綺麗な髪をなびかせながらわたしの方に向かってきたのは
去年は一緒のクラスだったけれど、わたしは文系、優良は理系を選択したため、必然的にクラスは離れてしまった。
優良はクラス内でカースト上位に君臨している。まあいわゆる陽キャというものなのだろう。人付き合いが上手く、誰がどう見ても可愛いので、当然と言われれば当然のことだろう。
ふわふわと巻かれた髪にスラっとした身長。何もしなくても可愛いのに、わたしよりも明らかに上手なメイクがさらに可愛さを引き立てている。
常に男子からの告白が絶えないらしいが、顔だけ見て好きになるやつとなんて付き合えるかーと言って全て断っているようだ。
「凪、一緒に帰ろ!」
「今日は部活行かないの?」
「今日はサボりー」
「ええ、また?」
「いいのいいの。サボっても別に何も言われないし!」
優良は美術部に所属しているのだが、いつもその日の気分次第で部活をサボっている。普通なら顧問の先生にサボるなと怒られそうなものだが、美術部の顧問の先生はゆったりとしたおじいちゃん先生でとても緩い部活ならしい。
「今日も凪の家行っていい?」
「うん、いいよ」
「やった!」
優良はわたしの部屋に来て、よくわたしの持っている漫画を読み漁っている。
わたしは昔から漫画を読むのが好きで、漫画には湯水のようにお金を費やしてきたため、多くの漫画を所持している。基本どんなジャンルでも好きなので、恋愛ものからバトル系まで種類は様々である。
ちなみにわたしは百合漫画も多少嗜んでいるので、それはバレないようにこっそりと別の場所に隠していることは誰にも言えない秘密だ。
「でもそんなにわたしの家に遊びに来てて飽きないの?」
たまに学校帰りにカラオケやゲームセンターに遊びに行くことはあるが、ほとんどはわたしの家に遊びに来ている。漫画を読むこと以外に特にこれといってすることはないので、わたしの家に来ても退屈なのではないかと常々思っていた。
「全然そんなことないよ。凪の家ってなんか
「そう?それならいいんだけど。じゃあ行こっか」
「うん!凪大好き!」
「はいはい」
わたしに抱きついてくる優良を引き剥がして適度にあしらいながら一緒にわたしの家へと向かった。
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