第39話
文化祭前、私達は思いもよらない問題に直面していた。
ステージを使うための受付は実行委員会が管理している、そこに許可申請を出しに来たのだが、受付に居た委員に言われた一言に戸惑い困惑している。
「グループ名?」
「はい、所属する部活や学年とかでもいいのですが。一応規則で決まっていまして」
私は葦正先輩と吉沢先輩の顔を見た。二人とも青ざめた顔をしている所を見ると、知らなかったし、何も考えていなかったようだ。私も知らなかったけど、立花先生の提案だったから聞かされているものだと思っていた。
「そのグループ名って、バンド名とかでも大丈夫ですか?」
「そうですね、部活動の申請が多いですが、演劇部なら劇団名を別につけて申請したり、クラスでの出し物を考えている人も、それぞれ個性的な名前をつけてますよ」
確かに何年何組ですと紹介されるより、名前をつけた方が団結力も上がるし、やる気も出るだろう。部活動も、ここに向けて活動してきた人達ならば、個性を全面に押し出す絶好の機会だ。
私は固まっている先輩達を押しのけて、委員の人から用紙を受け取って書き込む。グループ名は「Sky」メンバーは、高森葦正、吉沢海人、そして私柴崎文乃だ。
「これでいいですか?」
「はい、必要な物がある場合別途申請してください。持ち込む機材等があれば、そちらの用紙に記入して提出をお願いします」
私はステージに上がるための説明を一通り受けた後、実行委員にお礼を述べて固まったままの先輩達を引っ張って行った。
「ほらほら、先輩方。そろそろしっかりしてください!」
私が背中をぽんぽんと叩くと、二人共やっと我に返ったようだ。
「ハッ!ここはどこ!?」
「あっ?俺達は確か許可申請を取りに行った筈…」
二人が呆けているので私は手をぱんと叩いた。
「もうそれは済ませました。私が勝手に決めてしまいましたが、これから私達はSkyというグループ名で活動しますよ。いいですね?」
「今まで活動していても名前も特に決めてませんでしたから、良い機会です。これからの活動名にも使っていきましょう」
先輩たちがぽかんと口を開けているので、私は聞いた。
「何ですか?何か拙かったですか?グループ名がですか?」
「いやそれは何も問題ないよ、それより僕達、そう言えば名前も決めずにずっとやってたね」
「投稿者名も名無しのままだったな」
すごく今更な事に気がついて、誰ともなしに笑いがこぼれた。
「じゃあ、やろうか僕らの名前に恥じないように」
「ああ、Skyの実力見せつけてやろう」
「二人共お願いしますよ。私が必ず愛歌さんを連れてきますから」
私達は拳を突き合わせた。
野外ステージの上に立つ、吉沢は運ばれた機材をチェックして準備を整えている。
僕はマイクの確認や、歌う前の準備を入念に行った。この大勝負に、僕達は全力を向けてきた。
吉沢のチェックが終わり、僕に準備が出来たと言う。僕は控えていた係の人に始めると合図を手で送った。
「続いての登場は生徒個人での音楽活動家Skyです!ギターとボーカルだけと侮るなかれ、彼らは工夫を凝らして多彩な音を操ります。張り切ってどうぞ!」
係のアナウンスの盛り上がりと比べて、野外ステージの集まりはまばらだった。まだまだ熱が入っていない会場では、期待感も薄いのだろう。
構うもんか、そんな事。知ったことか、熱気など。
「こんにちは皆さん、僕達はSkyと言います。これから演奏する曲は、ある人の為に作った曲です。よかったら聞いてください」
「あなたに空を贈る」
音が流れ始めた。一瞬観客がざわめいた。
歌を歌い始めた。通り過ぎる人が立ち止まった。
僕は吉沢と顔を見合わせた。愛歌先輩、僕達はここに居ます。僕達が一から作った曲なんです。
歌っている内に観客が押し寄せてきた。僕は今までで一番とびきりに力を込めて歌った。楽しくて、体が宙に浮くようだった。
集まってきた人々が歓声を上げて僕達を盛り上げる。先程までの静けさが嘘のように熱を帯び始めた。
曲の盛り上がり、最高潮に達する時、僕はありったけの高音でシャウトした。空を衝くその音が、観客を熱狂させる。
届け、何処までも響いて、先輩に届け。
文化祭当日、私は何処に巡る気もなかったので教室で座っていた。
三年生は受験もあって凝った事をしない、私のクラスも休憩所と体を成しているが、ただ椅子を並べて飾り付けただけの簡素なものだった。
やる気もなかったので正直助かった。教室に詰める人が必要だと言われて、喜んで立候補した。ここから出る気はない。
だけど、遠くから聞き慣れた声が聞こえた気がした。懐かしい大切な声が、音楽が聞こえてくる。私を呼んでいるような音楽が。
私は立ち上がると音の鳴っている場所を探してきょろきょろと辺りを見る。どうやら外から聞こえてきているようだった。
「愛歌さん!探しましたよ」
「文乃…」
「何処かにいると思って探し回ったのに、ずっとここに居たってどういう事ですか!?まったくもう!」
文乃は息を切らしている、どうやら私を探して学校中を回っていたようだ。
「ご、ごめんなさい」
「いいから行ってください。先輩達が待ってます。音が聞こえるでしょう?」
「で、でもここを」
「私が代わりますから!」
文乃は私の背中をぐいぐいと押して教室の外へ押し出した。
「野外ステージです。葦正先輩が歌ってます。あなたのためにです」
その目に溜まった涙を見て、私は走りだした。文乃は私の事を許せないだろうに、それでも私の背を押す事を選んでくれたのだ。
その気持ちを無駄にする訳にはいかない、私は葦正君の元へ向かわないと。
私を呼ぶ音楽を追って、野外ステージに出た。
その光景を私は一生忘れる事はないだろう。
葦正君が天高く空を指さして叫んでいる、その素晴らしいシャウトに心奪われた。初めて出会った時と同じあの衝撃が私の中に蘇る。
偶然の出会いから始まった私達の音楽活動、紆余曲折あって決して楽しい事ばかりじゃなかった。
だけど、あの教室で過ごした皆との時間と、皆で作ったあの曲達は、どれもこれも私達の宝物だ。私は大切な物をもう見つけていたというのに、手放してしまいそうになっている。
ああ、綺麗な歌声だ。曲もとても素敵で、今日の快晴に良く似合う。
葦正君、君はいつでも真っ直ぐで、そのせいで不器用な所もある。だけど君が持つ才能と、誰に対してもひたむきで、努力する事を恐れない君は、私が知る誰よりも…。
僕が歌っていると、吉沢が指を指した。
その先に居たのは愛歌先輩だった。僕は嬉しくなって手を振った。
観客達がそれに気がついて、先輩を前に前に、僕達の方へと背中を押して近づけてくれた。
僕は先輩に手を伸ばすとステージに引っ張り上げた。丁度歌を歌いきって演奏が終わるタイミングだった。
「皆さんありがとうございました!」
僕は歌いきれたことを観客にお礼した。観客の拍手と大歓声の中で、僕は話を続けた。
「僕達がこの曲を作ったのは、恩人であり仲間である三上愛歌先輩の為なんです」
「先輩、曲名は「あなたに空を贈る」です。僕達皆であなたに贈りたかった曲です」
「あの時言った言葉、もう一度言わせてください。好きです先輩!僕はあなたの事を愛しています!」
僕の告白に先輩は顔を真っ赤にに赤らめた。そして沸き上がる歓声に僕も顔から火が出る程真っ赤にした。
勢いで言ってしまった。こんな大勢の前で。もう何処にも退く事は出来ない。
僕が顔を真っ赤にして冷や汗を大量にかいていると、先輩は心からの笑顔で笑うと、僕からマイクを奪って言った。
「私も君の事が好きだ。心から愛しているよ」
先輩からの返事を聞いて僕のキャパシティは一気に限界を迎えた。ライブの興奮と人前での告白という、僕にとって未曽有の出来事にぷっと鼻血を吹き出して倒れた。
それからの事は覚えていない、意識を失う前に先輩に抱きかかえられていたのと、心配そうにこちらを見る吉沢の顔は見えたけど、その後はもう意識を手放してしまった。
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