第38話
吉沢は曲を仕上げて来た。
それは驚くほどよく出来ていて、それでいて僕達はあることに気がついた。
「吉沢これって…」
「そう、今まで三上先輩と作った曲から少しずつ組み合わせたんだ。そこから俺なりにアレンジしてみた。どうかな?」
どうってこれは。
「凄くいいよ!本当にいい!」
愛歌先輩を元気づける為の曲としてもピッタリだと僕は思った。文乃も同意して吉沢を称えた。
「凄いです吉沢先輩!それにちゃんと私達のアイデアも取り入れてくれたんですね」
「そりゃあれだけ話し合ったんだしな、無駄にしたくないだろ?」
相変わらず素直じゃないなと僕と文乃は笑った。吉沢は照れ隠しするように話題を変えた。
「兎に角!これで曲が出来たんだから、今度はお前たちの仕事だぞ。柴崎は勿論だけど、今回高森はただ歌うだけじゃ駄目だぞ」
「うぇ?何で?」
「お前な、生歌だぞ。収録して編集できる訳じゃないんだ。コーラスとか、他の楽器の音は録音で流すけど、人前で歌うんだ。出来るのか?」
やばいと僕は思った。すっかり失念していたが、今回はステージの上で更に文化祭という目立ちに目立つ場所だ。
それに僕にとって初めての経験だ。先輩一人に聞かせる訳にはいかない、舞台を借りる以上はきちんとしたパフォーマンスが必要だ。
「ど、ど、ど、どうしよう。僕、そんな経験ないし、う、上手くやれるのかな」
「だから練習するんだよ。柴崎の作詞が済んだら早速始めるからな」
僕はこうしてはいられないと思い、立花先生の元へと駆けた。
先生が居る準備室をノックして入室する。
「失礼します」
「おや、葦正君。どうだい曲の方は」
先生は何やら書き物をしていたが、その手を止めて僕の方へと向き直る。
「曲は吉沢が頑張ってくれたお陰で何とかなりそうです。作詞も文乃が居るから大丈夫。問題は僕です先生」
「君が?何かあったのかい」
僕は心情を吐露した。
「僕人前で歌うなんて初めてです。勿論練習はするつもりですけど、ほ、本当に歌えるのでしょうか?とても人前で歌えるとは思えないんです」
僕がそう言うと先生は成る程と呟いた。
「確かに君達は今まで収録したものを発表するだけだったね」
「そうです。僕の声は録音してこう、上手いこと加工されてるからウケているんじゃないですか?」
「まさか、君達は最初の頃今までとはまったく違う環境でも活動していただろう?」
先生に言われて思い出した。そう言えば最初は僕と先輩、そして協力してくれた先生だけでやっていた。
その頃の曲だって、今でもコメントを残してくれる人がいるくらい人気が出た。あの時はまだ吉沢はいなかった。
「でも録音と生歌では全然違いますよね?僕の声はその、大丈夫なんでしょうか?」
先生はすっと立ち上がった。
「ついておいで葦正君、自信のない君に僕が出来る事をするよ」
そう言って先生は隣の教室の扉を開けた。そこは音楽室で今は誰もいない、先生はピアノの前に座ると、僕をその前に立つように言った。
「君も知っている曲だ。歌ってごらん?」
僕が戸惑っていると先生は構わず弾き始めてしまった。知っている曲って何だ?僕がそんな事を思っていると、聞き覚えのあるメロディーが流れてくる。
忘れる筈が無かった。僕は先生の奏でるピアノの音と共に歌い始める。
この曲は僕達が始めて完成させた曲「約束」だった。何度も何度も練習したし、歌う前の緊張感や、歌っている時の痺れる楽しさも昨日の事のように思い出せる。
僕は今まで以上に自然と声が出てきていた。楽しい、心からそう思っていた。あの頃より出来る事は増えた。練習してボストレーニングを重ねて、技術は向上したと思う。
だけどこの時だけは、あの始めての収録に戻ったように感じた。音と一体になるようなそんな感覚で、この時間がずっと続けばいい、そんな思い。
歌いきって一息つくと、教室の外から拍手の音が響いてきた。びっくりして外を見ると、いつの間にか通りがかった生徒が足を止めて聞いていたらしい。
一年生から三年生まで様々な生徒達が、わっと僕の周りに群がった。
「すこいじゃんお前、その曲知ってるぜ俺」
「とっても上手ですね!本物みたいでした!」
「なになに?何で歌ってるの?もしかして文化祭とかで歌うの?」
「絶対ステージ聞きにいくよ!チラシとかないの?」
大勢に囲まれてあたふたしている僕を見かねて、先生が間に入ってくれた。
「はいはい、皆それくらいにして。実は流行りの曲を課題曲にしようかと検討していてね、彼にはちょっとそれを手伝って貰っていたんだ。ほらほら散った散った」
先生は他の生徒達を帰らせると、僕に言った。
「どうだい?楽しくなかった?」
「楽しかったです。何か、あの時の気持ちが戻ってきたような」
「そっか、良かったよ。どうだい?君の歌は人に届かないと思う?」
「君は歌い始めた時まったくの素人だった。だけど三上さんの力になりたいって、練習を続けた。それをずっと続けてきた君は、今や立派なボーカルとして成長したよ」
先生は僕の肩を力強く叩いた。
「自信がなくてもいい、だけど今までの君は君を裏切らない。君が誰かの為に歌う事をやめなければ、それはきっと誰かの心に届く」
僕は先生に礼を言って頭を下げると、すぐに教室を出て吉沢達の元に走った。
一分一秒でも早く長く今はただ歌の練習をしたい、あの時の気持ちを愛歌先輩に届ける為に、僕は僕の出来ることをする。
吉沢と文乃は、作詞を元に曲を仕上げていた。僕は二人に頭を下げた。
「ごめん二人共!」
吉沢は僕の急な謝罪に戸惑って聞いた。
「何だよ高森、急にどうした?」
「僕、偉そうにやろうなんて二人に言った癖に、自分が自分の力を信じられなかった。僕が人前で歌える訳ないって思ってた」
僕は顔を上げた。
「僕は僕の力を信じられない、だけど今までの僕達の絆は信じられる。それを支えにして僕は歌うよ!」
もう迷いはない、皆がいて、曲を届けたい人がいる。その為に僕は歌うんだ。
「馬鹿、お前以外に歌える奴なんかいないんだよ。練習だ練習」
吉沢はそう言ってギターを取り出すと、僕に背を向けてしまった。これが彼なりの照れ隠しだと知っている僕は、思わず笑ってしまった。
「先輩、私も思いを込めて作詞をしました。これが私の出来る事だからです。そして先輩にしてあげられる事でもあります。後は貴方の番ですよ」
「ありがとう文乃、君もいてくれるから僕は歌えるんだ」
「愛歌さんに届けましょう?私達皆待ってますよって」
文乃はそう言って僕に笑いかけた。それが今とても心強い。
「高森、早く練習するぞ!時間は待ってくれないんだからな」
「分かってるよ、お前の力も信じてるからな吉沢」
僕はギターを構える吉沢の隣に立った。
吉沢の鳴らす音に乗せて僕は歌い出す。皆のこれまでが詰まった曲、僕たちの思いを届ける歌、きっと歌声に乗せて響かせてみせる。
愛歌先輩の心に響け、届け、願いと祈りの歌を僕達は皆で完成させた。
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