第35話
僕は愛歌先輩に電話をかけ続けた。
一向に電話に出てくれないが、それでも構わずコールを続ける。僕の連続コールに痺れを切らしたのか、先輩はやっと通話に出た。
「もしもし」
「先輩!今何処ですか?」
僕が直球で聞くと、先輩は電話口で苦笑した。
「そう聞かれて答えると思うかい?」
「答えないと思います!だけど僕はそれでも聞きます。先輩、今何処に居ますか?」
正直言って他に手がない事もある。だけどそれ以上に先輩に正直に答えて欲しいという思いがあった。
「君は本当に、何処までも素直な奴だね」
先輩が弱々しい言葉でそう言った時、花火の音が電話から鳴った。少し遅れて僕の方にも音が聞こえる。
少なくとも家に帰ったりしているようではない、なら先輩は今何処にいるのか、僕は思考を巡らせた。
先輩はこの辺に住んでいない、土地勘はあまりない筈だ。その場合知らない所へ無闇に近づくような人ではないだろう、ならば少しでも知っている所へ向かうと思う。
吉沢の家、浴衣を借りている以上返しに向かうだろうが、今は一番僕達が思いつきやすい場所だ。
僕の家を先輩は一応知ってはいるが、そこに向かう事はないだろう。それに、僕の家から花火が上げられる場所は離れている、僕より先に花火の音が聞こえないのはないと思う。
それなら学校も除外できる、それに加えていくつかの候補も、それなら何となく見えてきた気がする。
展望台だ。あそこの情報は予め先輩に伝えていたし、何より夜空がよく見える。花火もだ。
「先輩分かりましたあなたの居る場所が」
「そうか、何故だろう君なら本当に分かると思ってしまうな」
「僕、先輩に伝えなければいけない事があります。そこから動かないでくださいね」
「さて、それはどうかな?」
先輩は煙に巻こうとするが、そうはいかせない。
「先輩がそこから逃げるのなら、僕はもう協力しません。本気です」
そんな気はない、だけど僕が先輩と取引できる材料があるとすれば、これしか無かった。
「いいですね?そこから動かないでください、じゃ!」
僕は先輩の返事を待たずに通話を終えた。そして展望台に向かって走り始めた。
先輩は展望台に居た。
一人佇んで空を見上げていた。僕はゆっくりその隣へと歩いて行った。
「とても綺麗な花火だな」
「ええ、でもそろそろおしまいですね」
花火が上がる時間は決められている、そろそろ終了の時間になる。
「楽しい事はあっという間に終わってしまうんだね…」
先輩は心底悲しそうな顔をしていた。
「そうですね、だけど楽しいことはまたありますよ。これから先だってずっと」
僕の言葉に先輩は答えなかった。
「聞いてもらいたい事があります」
先輩は相変わらず黙っているが、僕は構わず話し続けた。
「僕はさっき文乃から告白されました。それは本当に真っ直ぐな言葉で、僕は本当に嬉しく思いました」
「好きだと告げる彼女に僕は心が揺らいだ。とても魅力的な子ですから、でも僕断ったんです」
僕の発言を聞いて先輩は驚いた顔でようやく僕の方を向いた。
「そんな、何故!?」
「僕には好きな人がいるからです。その気持ちを無視して文乃と恋仲になったとしても、僕は絶対に後悔する」
僕も先輩の方へと向いて顔を真っ直ぐと見つめた。誤魔化せているか分からないが、心臓は今にも飛び出しそうな程高鳴っているし、背中には大量の汗をかいている。
緊張で手足が震えるのを我慢して、僕は拳を握りしめた。覚悟を決めろと自らに活を入れて声に出した。
「三上愛歌さん、僕は貴女の事が好きです。心から愛しています」
僕の言葉を聞いて先輩は固まってしまった。
暫くの間僕達は黙っていた。
どちらとも話を切り出せず、互いの顔を見続ける形になる。僕は緊張はもう解けていて、ただただ返事を待っていた。
だけど先輩は本当に微動だにしない、二人の間には瞬きばかりが増えて、会話はない。
どうしようもなく気不味くなってきた時に、最後の大きな花火が夜空に花開いた。大きな音と眩い火の粉が夜空を照らす。
僕はその花火に気を取られて、一瞬そちらに目を向けた。その隙を突くように先輩は僕から逃げ出した。突然の行動に僕は呆気にとられて、状況が把握できずぽかんとしてしまった。
「ま、待ってください!先輩!」
何故先輩が逃げ出したのか分からない、だけど返事を聞くまで僕も下がるつもりはない。
先輩の背中を追いかける、そもそも暗い夜道を慣れない履物で走るのは危ない。止めないと、そう思っていたら先輩はやっぱり蹴躓いた。
「危ない!」
僕は咄嗟に手を伸ばして先輩の手を掴んだ。そして引き上げて転ばないように支える。
先輩は僕の手を振り払うと俯いてしまった。
「先輩、どうして逃げるんですか?僕の事が嫌いならそうとハッキリ言ってください」
「違う!そんな事はない!」
「じゃあ何故!」
「分からない!でも、怖い。怖いんだ」
俯いている先輩から涙の雫がこぼれ落ちた。
「どうしたらいいのか分からない。私は、どうしたらいいのか」
「君に告白する文乃の姿を見てしまった。その時思ったんだ。この関係が崩れてしまったらどうなるのかって」
「だけど文乃の気持ちも知っていたんだ。だから君に思いを告げる事を私が止めるなんて残酷な事は出来ない」
「それでも私は怖いんだ。皆で過ごすこの時間が大切だから、壊したくない。私も壊してしまうかもしれない事が怖い」
先輩は涙ながらに言葉を続けた。僕は黙ってそれを聞く事しか出来ない。
「待ってもらえないだろうか」
「え?」
「酷い事を言っているのは分かっている。だけどせめて空を完成させるまでは…」
苦しそうに声を出す先輩に対して僕はどうしたらいいか分からずにいた。
それでも先輩が心配で一歩踏み出そうとする。
「来ないで!」
「え?」
「今は来ないで欲しいお願い」
ここまで拒絶されてしまったら、僕にはもう何も思いつかなかった。
「…分かりました。でもせめて吉沢と文乃には無事であると伝えてください。二人共とても心配してました」
「分かった。約束する」
「じゃあ、僕は行きます。これ以上先輩の事を苦しめたくないから」
僕はもう失意のままに歩き始めた。先輩を一人にすると危ないだとか、夜道がどうだとか、もう何も考えられないままただただ家へと帰る事しか出来なかった。
家に帰ると珍しく帰っていた兄が僕を迎え入れた。
「おお帰ってきたか葦正、それでどうだ…った?」
僕の姿を見て驚いた兄は言葉を失った。鏡を見ていないから分からないけれど、よほど酷い姿をしているのだろう。
「シャワー浴びる」
「あ、ああ」
そのまま浴室に向かって熱いシャワーを浴びた。頭から流れ落ちる温水と共に、まだ枯れてない涙を一緒に流した。
あの時の先輩は何を考えていたのか、未だ僕には分からない。そして僕の告白の結果がどうなったのか、これも分かっていない。
先輩は何故ハッキリとさせてくれなかったのだろうか、僕の事を嫌いとは言わなかったが、好きだとも言ってくれなかった。
どうしてという考えが頭の中を巡り続ける。答えが出ない不毛な時間を過ごして、僕は浴室から出た。
着替えて部屋に戻る、スマホを見ると吉沢と文乃からのメッセージが大量に入っていた。どれも僕を心配するメッセージだった。
だけどもう僕には相手を気遣って返事をする余裕が無かった。一言だけ入れて送る。
「告白はうやむやになった。今は家」
僕はそのままベッドに沈み込んだ。枕に顔を押し付けて、何も考えないように心がける。
考えてしまうと泣きそうで、苦しくて、心と頭が酷く痛む。僕はどうしたらよかったのか、そんな事ばかりが堂々巡りだ。
僕はそのまま意識が遠のいていった。深く深く眠りについて、目が覚めたら高熱を出していた。夏風邪をひいたらしい。
僕はそのまま風邪をこじらせて、夏休みの間ずっと家にいた。夏休み前の計画通りに皆が吉沢の家に集合したのは、あの花火大会の前までだった。
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