第34話
私は吉沢君に頼まれた買い物をしていた。
たこ焼きや焼きそば、それにお好み焼き、待ち時間が長くて花火が始まってしまう。
早く葦正君達と合流したいなと、私はそわそわとする。お祭りもとても楽しかったし、花火も一緒に見ればきっと綺麗だ。
買い物を終えて辺りを見ても吉沢君の姿が無かった。どうするべきか迷ったが、先に葦正君達に合流しようと思い移動を始めた。
先程文乃が屋台の人に穴場を聞いていたのを、私も後ろで聞いていた。耳に入ってきただけだが、場所は分かる。
私は持っている品物を崩さないように、だけどちょっとだけ駆け足で葦正君達が待っている場所に向かった。
そしてその場で起きた出来事に私は打ちのめされる事になる。
「先輩、私先輩の事が好きです」
文乃が葦正君に告白していた。その場面を見てしまった私は、どうしていいか分からずに、近くの木の枝に買った物を吊るすと逃げ出した。
文乃の告白を聞いて、僕はびたりと体が止まった。
体だけじゃない、周りの空気や時間まで止まったかのように感じる。ドンドンと響く大きな花火の音だけが、僕に現実感を感じさせた。
「もう一度言います。好きです」
「うあ、う」
文乃は僕を真剣な眼差しで見つめる、僕は情けなくも戸惑いの声を上げる事しか出来なかった。
「先輩は私の事好きですか?」
「そ、それは」
「勿論恋愛としてです」
それはこの真剣な顔を見れば分かる、僕は目の前の出来事が本当に現実なのか、またしても分からなくなってきた。
こんなに可愛い子が、僕を?恋愛感情で好きだと真っ直ぐに伝えてくれた。僕には何もないって言うのに、一体僕の何を?
僕はそんな事を考え始めてしまった自分を戒めた。僕の自信のなさは、文乃が思いを告げてくれた事とは関係はない。
彼女は僕の事を好きだと言ってくれた。その事を否定してしまうような考えは、彼女を貶める事に繋がる。僕は顔をばんばんと両の掌で叩いた。
「ど、どうしたんですか先輩?」
「ごめん!文乃、僕は本当に失礼な事を考えた。こんな僕の何処を好きになったんだって疑問に思ってしまった。ごめんなさい」
僕は謝って頭を下げた。
「ぷっ」
「あははは!先輩は本当に、本当に優しくて面白い人ですね」
文乃は笑って僕の頬を両手で包み込む。
「先輩は私の事を助けてくれて、話を聞いてくれて、変わる切っ掛けをくれました。いつでも優しくて、人のことを気にかけて、だけど自分の事は大切に思えない。そんな不器用な所まで含めて、私は先輩のすべてが好きです。本当ですよ」
僕は顔がぐんぐん熱くなるのを感じた。彼女の手の体温が伝わってきてドキドキする。
「先輩、顔を上げて」
文乃に言われて僕は顔を上げた。
「答えを聞かせてください。貴方の本当の気持ちを聞きたい」
花火の明かりに照らされた、文乃の美しい姿を見て僕は言った。
「ごめん、僕には文乃の気持ちに応える事は出来ない」
「私の事が好きじゃないですか?」
「違う。文乃の事は好きだ。だけどそれは友人として、後輩としての気持ちだ」
文乃の目に涙が溜まっていく、だけど僕はハッキリと伝えなければならない。僕の本当の気持ちを。
「僕は愛歌先輩の事が好きだ。その気持ちを無視する事は出来ない」
僕は初めてこの気持ちをはっきりと口に出して言った。何故か頬を伝う涙は、奇しくも文乃も同じように涙を流していた。
僕が文乃の告白を断った後、吉沢が慌てた様子で駆け寄って来た。よほど慌ててたのか息を切らしている。
「悪い柴崎!邪魔しちまうけど聞いてくれ!」
「三上先輩の姿が何処にもないんだ!探すのを手伝ってくれ!」
吉沢の穏やかでない報告に僕達は涙も忘れて詰め寄った。そして僕は我を忘れて吉沢の胸ぐらを掴んだ。
「どういう事だよ吉沢!」
「先輩!やめてください!」
文乃が必死に僕の腕を抑えた。
「私が吉沢先輩に頼んだんです!告白する為に先輩と愛歌さんを一度引き離して欲しいって!」
僕はその言葉にはっとなって吉沢を掴んだ手を離した。
「わ、悪い吉沢、僕頭に血が上っちゃって…」
「いいんだ。そんな事より今は三上先輩の事探さないと」
吉沢を落ち着ける為に文乃は息の上がった背中を擦った。僕は水を買いに走った。
渡した水を飲んで息を整えた吉沢は事情を話し始めた。
「先輩に買い物を頼んで、俺は二人の方に行かないように見張っていたんだ。わざと時間のかかる買い物を頼んだから、俺も余裕があると思って油断してしまった」
「花火を見る為に移動する行列に一度視界を遮られて、先輩の姿を見失った。それから先輩に買い物を頼んだ場所を回ったんだが、もう買い物を済ませて何処かに行ったって聞いてな」
「俺は慌てて姿を探したんだが、何処にもいなくて焦ってた。そんな時、もしかしたら先輩が、二人が行った場所について聞いていたかもって思った。そしたら近くの木の枝にこれが掛けてあったんだ」
吉沢が見せてくれたのは、ビニール袋に入った屋台の食べ物の数々だった。
「全部先輩に頼んだ物だ。もしかしたら先輩は、二人の話を聞いていたのかもしれない」
僕がどうしたらいいかと迷っていると、文乃が声を張り上げた。
「先輩行ってください!愛歌さんを探しに!」
僕は文乃の言う事に頷いて、兎に角走り出した。スマホを取り出して、先輩に連絡をかけ続けながら、境内の中をまず探しに行った。
俺は情けなくて柴崎に謝った。
「悪かったな柴崎、本当にごめん」
「そんな吉沢先輩は何も悪くありません。そんな事より大丈夫ですか?」
俺は必死に走り回ったせいか、息を整えた今も肩を上下させていた。高森に買ってきてもらった水もすっかり飲み干してしまった。
「ああ、先輩の姿を見失ってから散々走り回ったからな。どうしても柴崎の邪魔をさせたくなくって、でも失敗した」
柴崎から相談を受けた時、俺は最大限力になってやりたいと思った。柴崎は俺から見ても可愛い後輩だ。そして俺に後輩の友達が出来たのも、高森のお陰だった。
だからこそ俺は柴崎の事を応援して上げたかった。高森がどう返事するのかを俺は薄々気づいてはいたが、それでも思いを告げる事は大切な事だ。
それに高森だって柴崎に恋心を抱いてはいると思う、だからもし、柴崎の告白が成就するのならそれはそれでいいことだと思った。
「いいんですよ。愛歌さんが居なくなってしまった事は想定外でしたが、吉沢先輩のお陰で私は目的は果たせましたから」
柴崎の顔を見れば結果は分かる、それでも俺は聞いた。
「柴崎、告白の方はどうだった?」
「そうですね、駄目でした。本当は分かっていたんですけどね」
「分かっていた?」
俺は驚いて柴崎に聞いた。
「先輩が愛歌さんの事を好きな事は分かっていました。それは吉沢先輩もそうでしょう?」
「まあそれは、態度を見ていれば分かるけど」
「だから元々望み薄だったんです。それに先輩は自分の気持ちを誤魔化す事が出来ませんから」
確かにそれはそうだ。高森は良くも悪くも正直な奴だから。
「そんな先輩だから好きなんですけどね、ままならないものです」
柴崎はそう言って苦笑いを浮かべた。その顔は哀しみと強がりに満ちていて、頑張ったんだなと俺は思った。
「取り敢えず俺も三上先輩を探しに行こうと思う、悪いけど柴崎はここで待っていて欲しい。先輩が戻る可能性もあるから」
「分かりました。何か分かったら連絡ください」
俺は息を整えてから立ち上がった。そしてそのまま柴崎に背を向けて話した。
「俺はさ、柴崎の事凄いし勇気があると思う。自分の事をありのまま告げる事の難しさは俺はよく知っているから」
恥ずかしくて言うだけ言って俺は走りだした。こんな事を言われた所で何も響くとは思えないけれど、伝えずにはいられなかった。
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