第33話
夏休みも中盤に入る。吉沢の家での曲作りは思いの外捗って、また数曲アップロードすることが出来た。
すっかり再生数も上がるようになってきて、いつの間にかネットの記事に取り上げられていたりと、僕達の手の離れた所で有名になりつつある。
皆はあまり気にしないが、兄の知り合い達は喜んでいた。僕に大量の感謝のメッセージが届いたが、熱量がすごいのでちょっと引いてしまう。
愛歌先輩たちにも見せたけど、皆同じ様な反応だった。兄の話では曲の取り合いに発展しているようで、あまり盛り上がり過ぎないようにしてとお願いした。
そして今日はいよいよ花火大会の日だ。一度吉沢の家に集まる事になっている。
花火は大きな河川で上げられる、そしてそれを見るのに近くの広場はごった返す。しかし花火大会に合わせて近くの神社の境内で祭りが行われる、小高い山の上に建っているので見通しが良く花火が綺麗に見られる。僕達はそこに行くことになっている。
更にその近くには穴場の展望台がある、明かりが少なくて夜は暗く、雰囲気が不気味で人が寄り付かない。開けていて空がよく見えるけれど、あまり人気がない。
先輩に一人で花火が見られる場所があるかと聞かれたので、僕は予めメッセージで場所を教えておいた。地図アプリで位置も示しておいたので、迷うことはないだろうが、暗いし一人にさせるのも危ないので、行きたい時には僕もついていくつもりだ。
僕は用意を済ませると、自転車を漕いで吉沢の家に向かった。
家の前で、すでに吉沢が外に出ていた。
「あれ?どうしたの?」
「先輩と柴崎が先に中に居るんだ。母さんが張り切って浴衣の着付けをしていたよ、お前中入るか?」
僕はまさかと言って断る。覗いたらどんな事になるかと思うと恐ろしい。
「だよな、俺もあの空気感の中に入るのはごめんだ」
それで吉沢は外に出ていたのか、僕は納得して自転車を停めさせてもらうと、吉沢の隣に立って待たせてもらう。
僕達は暫く無言で待っていたが、唐突に吉沢が語りかけてきた。
「なあ高森、お前歌上手くなったよな」
「そうかな?」
「ああ、正直驚いているよ。お前にこんなポテンシャルがあったなんて」
素直に褒める事は出来ないのかと思いながらも、僕は礼を言った。
「何度も言うけどさありがとうな助けてくれて」
「何だよ急に」
「お前たちのお陰で、俺も何となくやりたいこととか見えてきて、一緒に曲を作っている時は楽しいよ。お前を貶めていた俺がこんな風に思うのは自分でもどうかと思うけど」
吉沢の言葉に僕は反論する。
「自分を下げるのはやめろよ吉沢、お前に助けられているのは僕も皆も同じだ。僕も今はお前と一緒に居るのは楽しいよ、それでよくないか?」
僕は恥ずかしい気持ちを押し殺して言った。
「本当に変な奴だよお前は」
「だけどやっぱりありがとう」
薄暗くなり始めた空の色に隠されて、吉沢の顔色は見えなかった。だけど困ったように笑う顔を見て、僕もまあいいかと微笑んだ。
「お待たせ、二人共準備出来たわよ」
弓子さんが先輩と文乃を連れて歩いてくる。
僕は二人の姿を見て驚いた。
二人共髪の毛をアップにアレンジしていて、先輩は白地に鮮やかな赤い金魚模様の浴衣を着ている。文乃は薄い青色を基調として、華やかな朝顔の柄が散りばめられている。
彩りを添える小物や飾りも、二人の美しさを際立たせている。違う世界の人のようだと僕は目を奪われた。
「そ、その葦正君、ジッと見られると恥ずかしいのだが」
「ご感想は先輩方?」
「よく似合っているよ、なあ高森」
僕は吉沢に話を振られてようやく我に返った。
「え、ええ、とても綺麗です。二人共すごく」
僕は素直に思いを吐露した。それしか言えないからそう告げたのだが、改まると恥ずかしい。
「そ、そうか?なら良かった、のか?」
「ま、まあ褒めてもらえてう、嬉しいですよ」
言いよどむ二人を見て弓子さんがくすくすと笑っていた。
「さあ、行ってらっしゃい。楽しんでくるのよ」
僕達は弓子さんに送り出されて、一緒に歩き始めた。
神社に向かうと、境内には屋台が並んで賑わいを見せていた。子供達は仮面を額に被り手にはおもちゃの剣を持って走り回っている。
屋台の主人達は威勢よく客引きの声を上げて、明るく賑わいを見せる一帯は夜ではなく昼のようだ。
「これは凄いな…」
「愛歌さんお祭りとか来たことないんですか?」
「恥ずかしながら」
僕は先輩の発言に驚いた。
「近所でお祭りをやっていなかったとか?」
「いや開催されている事は知っていた。ただ興味が無かったんだ」
そうだったのか、先輩は子供の頃からぶれない人だったんだなと思った。
「じゃあ花火が始まるまで色々見て回りましょうよ、私りんご飴が食べたいです!」
「りんご飴?気になる…」
僕達は先輩を連れて色々な屋台を巡った。
りんご飴を食べた時、先輩は本当にりんごが入っているとは思っていなかったらしく、声を上げて驚いていた。その姿が可愛らしくて僕達は皆で笑った。
久しぶりに綿あめが食べたくなった僕と吉沢の提案で、綿あめを買いに行った。割り箸で機械から出てくる砂糖が絡め取られていく様を見るのが好きだった僕は、久しぶりにその様子が見れて満足した。
吉沢は、変な楽しみ方だと僕に言ったが、最終的には僕と一緒に綿あめが出来る様を一緒に見ていた。僕達があんまりにも熱心に見つめるので、おじさんがおまけで大きく巻いてくれた。
射的に行くと、先輩が意外な才能を発揮した。精度の悪いコルク銃でばんばん景品を落としていく、しかも身を乗り出す事なく正確に撃ち抜く。いつの間にか子供たちが集まってきてヒーロー扱いされていた。
射的屋の主人は商売上がったりだと言って、落とした景品を渡すともう勘弁してくれと泣きついた。先輩はまだ落とせると言って離れようとしなかったが、僕達は迷惑にならないように引き離した。
くじ引きを引くと、文乃が一番いい賞を引き当てた。と言っても高い物は置いていない、子供向けのおもちゃばかりだった。文乃は景品の中から綺麗な柄の筒の万華鏡を選んだ。久しぶりに覗かせてもらったら、素朴ながらも美しく動く模様に感動した。
こうして僕達が祭りの屋台を楽しんでいる内に、花火が上がる時間が迫ってきた。境内からもよく見えるが、よりよく見える場所に人々は移動する。
僕達は敢えて見えにくくとも人の少ない場所に行こうと決めた。その場所を知っているという文乃についていこうとした時、吉沢があっと声を上げた。
「忘れてた。母さんに土産を頼まれてたんだ。しまったな…」
「弓子さんに?何を頼まれたんだ?」
「屋台の食べ物が好きでな、買ってきてくれって言われてたんだ。祭りが終わる前に買っておかないと在庫が終わってしまうかも」
しょうがないなと思い僕は協力を申し出ようとしたら、吉沢が先に先輩に言った。
「先輩すみません、手分けして買ってきて貰えないでしょうか?」
「勿論いいぞ、お世話になっている分恩返ししないとな」
そう言って先輩を連れて行ってしまった。残された文乃は「先に行きましょう」と言うので、僕も同意してついていった。
文乃に連れて来られた場所は、確かに人が少なかったが割りと視界が開けていた。
「結構穴場でしょ?さっき屋台のおじさんに聞いておいたんです」
「流石、気が利くね文乃」
僕が文乃のそつのなさを褒めると文乃は嬉しそうに微笑んだ。
「先輩、今日のお祭り楽しかったですね」
「そうだね、久しぶりに思いっきり童心に帰った気がする」
「高校生で何言ってるんですか!って言いたい所ですが、私も同じことを思っていました」
僕と文乃は一緒に笑った。
「思い出があるんです」
「思い出?」
「小さい頃私、勇気を出して人を誘ってお祭りに行ったんです。私に優しくしてくれた男の子、私彼の事が好きで告白したんです」
文乃の話を聞いている内に花火が上がり始めた。ドンという音がお腹にまで響き渡る。
「丁度こんなタイミングでした。花火が上がり始めて、二人で綺麗だねって言い合って」
「そんな事があったんだ」
「ええ、思い切って好きですって言いました。そうしたら彼、戸惑った後走って逃げたんです」
僕は驚いて聞き返した。
「返事もせずに?」
「そうですね、まあでも子供ですから仕方がないんです。私も結局思いを告げてどうしたかったのかも分かりません。その後彼とはすっかり疎遠となってしまいました」
確かに子供の頃ならそうなってしまう事もあるかもしれない、まだまだ自分の感情や意見等が曖昧な時だし、人と向き合う事から逃げやすい時期でもある。
「花火綺麗ですね、先輩」
「ああ、本当に綺麗だ」
夜空に咲いた大輪の火の花は、音と光で僕達に風情を教えてくれる。ドンと大きく鳴っては、追随してパラパラと小さな音がまばらに聞こえてくる。そんな芸術的な景色を眺めていると、隣にいる文乃が口を開いた。
「先輩、私先輩の事が好きです」
僕が驚いて文乃の顔を見ると、文乃も僕を真っ直ぐと見据えていた。二人の後ろに大型の花火が大きく花開いて、明かりが僕達を照らした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます