第27話
僕が吉沢と教室に戻った時に、教室内は和気あいあいとしていた。
「ここにもう少し盛り上がりを付け足したいんだ文乃」
「でも、そうするとちょっと雰囲気が崩れてしまいませんか?愛歌さん」
「確かにそうだ。だけどこの盛り上がりがこの曲の印象を強くすると思うんだ」
「言われてみると、単調に言葉を連ねるよりも、所々裏切りのような要素を付け足した方がより印象に残る事もあります。多用すると台無しにしてしまいますが、これくらいなら」
愛歌先輩と柴崎が楽しそうに話し合いながら作曲をしていた。いつの間にか名前で呼び合っているし、一体僕達が居ない間に何があったのか。
「おっ葦正君、吉沢君おかえりなさい」
先輩がこちらに気がついて手を上げた。
「た、ただいまです」
「戻りました。柴崎、先輩には謝れたようだな」
「はい!お陰様で…あっ!」
柴崎はパタパタと走って近づいて来た。
「先輩大丈夫でしたか?怪我はどうですか?」
「何っ?葦正君怪我したのか?」
柴崎に続いて先輩も僕の方へ寄ってきた。
「大丈夫です。保健室の先生に見てもらいましたし、それよりも制服が破けた方が怖いです。母の鬼の形相が目に浮かびます」
僕は苦笑いを浮かべて言った。
「すみません、私のせいで…」
「もういいよ柴崎、それより仲直りできたようで良かった」
本当に心からほっとした。まあそれ以上にこんなにも仲良くなっていたのは予想外だったが。
突然教室の扉を開けて立花先生が入って来た。ぱんぱんと両手を叩くと、僕達に向かって言った。
「ほらほら、積もる話もあるだろうけど今日はもう遅い。皆片付けて帰るよ、また明日集まろうじゃないか」
確かにもういい時間になっていた。色々とあったから、そんな事をすっかり失念していた。
「遅くなるって連絡は僕の方からしておいたから、親御さんが心配する前に帰りなさい、いいね?」
僕達は返事をして教室を片付け始めた。長くて印象的な一日が終わる、上手い所に収まったのだろうか、そんな事も思い浮かぶが取り敢えず今は母さんに対する言い訳を考えようと思った。
案の定母さんにしこたま怒られてやっと解放された。
スラックスは替えがあるからいいが、上のブレザーは修繕に出さなきゃならないと、何度も何度も繰り返し聞かされて耳にたこが出来そうだった。自業自得なので何も言えないが。
風呂に浸かると傷に沁みて全身が痛かった。改めて派手に転んだ事を後悔する。
だけどそれ以上に二人が仲良くなった事が嬉しかった。何があったのかは分からないけれど、あんなに楽しそうに話をしている姿は、先輩と柴崎共あまり見たことがなかった。
僕に出来た事なんてそうなかっただろう、今回の事は僕のせいとも言えるし、知らない内に柴崎を追い詰めてしまった事を謝らなきゃいけないなと思った。
「謝りたい時が謝り時か…」
吉沢の言葉を思い出す。確かにそうかもしれない、僕は入浴を手早く済ませて、着替えて髪を乾かすと、自室に戻った。
スマホを手にとって柴崎の連絡先に電話をかける、暫しの間の後電話の向こうから柴崎の声が聞こえてきた。
「もしもし、先輩?」
「遅くにごめんね柴崎、今いいかな?」
「は、はい!大丈夫です。ちょっと待ってくださいね」
遠くに誰か他の人の声が聞こえてきて、柴崎はそれに「違うってば」と返していた。そして慌ただしく足音がしてから、ばたんと扉の閉じる音が聞こえてきて、改めて柴崎の声が近くに聞こえてきた。
「お待たせしました!」
「大丈夫だった?何か揉めてるようだったけど?」
「だ、大丈夫です!お気になさらず!」
勢いのよい返事で、またテンパってるなと思いながらも僕は話を続けた。
「柴崎、今回の事だけど本当にごめんね。知らなかったとは言え、君を追い詰めてしまった。それに僕は柴崎に違和感を感じていたのにスルーしてしまった。情けないよ」
僕は素直に謝罪を述べた。
「そんな!先輩、謝らないでください。きっとそうしないと私達お互いに謝り続けてしまうから」
柴崎は柴崎で、僕の事を利用したと気負っていた。確かに柴崎の言う通りかもしれないなと僕は思った。
「じゃあ、ここで僕達も仲直りできた事にしよう。柴崎が良ければだけど」
「はい!勿論です!寧ろ先輩からそう言ってくれて安心しました。私、嫌われてしまう事も覚悟していましたから…」
変な事を言うなと思い僕は言った。
「柴崎を嫌うなんてありえないよ、僕の初めて出来た後輩の友達なんだから」
僕の言葉の後、暫し沈黙が続いた。何か変な事を言ってしまっただろうかと焦っていると、笑い声が聞こえてきた。
「ふふ、すみません笑ってしまって。でも先輩らしいなって思ったら、嬉しくって笑ってしまいました」
「そ、そうかな?僕変なこと言ったかと思って焦ったよ」
「うーん、変は変かもしれませんね。先輩はちょっと変わってるから」
いたずらっぽく笑ってそう言う柴崎に、僕は驚いた。
「何か柴崎こそ変わったんじゃない?そんな風に話す感じだったっけ?」
「先輩にも、まだまだ知らない私がいるって事です。こんな私は駄目ですか?」
「そんな事ないよ、今の柴崎もいいと思う」
僕は思ったまま柴崎に伝えた。
「ありがとうございます。本当に色々と助けてもらって」
「あれから私、詩がまた書けるようになりました。言葉が浮かんで浮かんで書ききれないくらいです。文芸部の文集もこれなら間に合いそう」
それを聞いて安心した。
「それは本当によかったよ、きっとあの部長も文句ないでしょ」
「あれ?先輩文芸部の部長を知ってるんですか?」
やばいと思って慌てて言い訳を口に出す。
「あ、う、うんそうそう、実は知り合いでね。気性が荒いよねうん」
「ふふっ、嘘ですね」
「ななな何を」
「先輩が覗いていたのを私見ちゃったんで知ってます。今のはちょっとしたいたずらです」
そう言って柴崎は電話の向こうで笑う。
「勘弁してくれよ、そうなら言ってくれたらよかったのに」
「ごめんなさい、でも心配してくれてありがとうございます」
「部長もいつもあんな感じではないんですよ?部活内で浮いている私に、唯一積極的に話しかけてくれる人は部長だけですし、優しい人なんです。ただ文集は伝統だから守りたい気持ちが強かったんです」
僕は文芸部の様子をあの一場面しか知らない、だから柴崎の話を聞いて少し驚いた。
「そっか、やっぱり色々あるんだね人って」
「そうですね。私もそれに気づくことが出来たから、また詩が書けるようになったのかもしれません」
柴崎は今回の事を傷にせず糧に変える事が出来たようだ。僕はほっと胸をなでおろした。
「先輩、私作詞担当で愛歌さんと先輩達の仲間に入れてもらう事になりました。これからよろしくお願いします」
「本当!?それは心強いよ!」
僕は喜んだが、同時に懸念した。
「でも文芸部は大丈夫?」
「そっちは大丈夫です。元々居ても居なくても同じような部員でしたし、部長にもちゃんと私の言葉で伝えます」
その力強い言葉を聞いて、僕はもっと感心した。
「やっぱり柴崎変わったね、凄く良い変化だと思う」
「先輩達のお陰ですよ、私一人じゃこんな考え方には至れませんでした。ねえ先輩、私もっと変わった事があるんです。きっと腰を抜かして驚きますよ」
「え?どんな事?」
「それは秘密です。会った時に教えてあげます」
その変化が何なのか気になったが、柴崎がそう言うのなら僕は後の楽しみにとっておこうと思った。
「じゃあ柴崎、また明日」
「ええ先輩、また明日ですね」
そうして僕達は通話を切った。
翌日、僕はもうすっかり習慣となってしまった早起きで、人の少ない通学路を歩いていた。
元々は人目を避けてそうしていた事も、見方を変えるとすっかり違って見える。人の居ない静けさは、孤独よりも特別感や充足感を与えてくれる。
自分は一人であるように感じる事も出来るし、かと言って世界にたった一人でもない事も分かる。前はこんな事考えもしなかったけれど、今では色々な事が特別だと分かる。
こんな風に考えるようになったのも、きっと先輩の音楽に触れたお陰だと思う。自分の声を少しだけ誇れるようになった事も、先輩や先生、吉沢それに柴崎の力があったからこそだ。
嫌いだった通学路が楽しみに変わっていく、そんな事を考えていると背後から声が聞こえた。
「先輩!おはようございます」
僕に話しかけてくる人なんて珍しい、しかも先輩と呼ぶ人は一人しかいない。
「おはよう、しば…柴崎?」
振り返った僕は驚いた。そこにいたのは昨日まで見ていた彼女とは大きく違っていたからだ。
「ほら先輩、私の言った通り驚いたでしょ?」
柴崎は長かった前髪を綺麗に切りそろえられて、伊達メガネは外されていた。美しい瞳の色が映える白い肌に、可愛らしい顔立ちの女の子は眩しい笑顔をこちらに向けて笑うのだった。
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