第25話

 葦正君が柴崎さんを追って出ていってしまった後、私は呆然とするばかりで何も出来なかった。


 また私は何か間違えてしまったのだろうか、柴崎さんの何か大事な事を踏みにじってしまったのか、何も分からない。


「…ぱい!」


 私の無神経さが、彼女の心を傷つけてしまったのかもしれない。私は柴崎さんの詞が好きだと伝えたかったのに、上手くいかなかった。


「先輩!先輩ってば!」


 私はやっと声に気がついて顔を上げる。


「あ、な、何?吉沢君」

「出遅れたけど俺も二人を追います。追いつけるか分からないけど心配ですから」

「な、なら私も」

「先輩はここで先生と一緒に連絡を待ってください、もしかしたら柴崎戻ってくるかもしれないから」


 そう言って吉沢君は飛び出して行った。私はまた何も出来ずに、力なく椅子に座り込んだ。


「三上さん、大丈夫かい?」

「先生…」


 立花先生は心配した顔で私の事を見ている、大丈夫かと聞かれたら、答えは一つだ。


「あまり大丈夫じゃないです。私はどうやらまたやらかしてしまったようです」


 私は上手く人と友好を結ぶ事が出来ない、最近は葦正君や吉沢君のお陰で麻痺していたが、元々どうも人を怒らせてしまう人間なのだ。


「先生私は、私は何を間違えたのでしょうか。いや、何かを間違えたのではありませんね、私は元から何処かに欠陥があるのかもしれません」


 私が良かれと思って行ったことや、思ったことをそのまま伝えたりすると、人を怒らせたり失望させたりしてしまう。


 そんな気は無かったのに、別の意図で伝わってしまう事もあるし、優しく話しているつもりでも言葉が強くなってしまう事もある。


 私に勇気を出して告白してくれる人にも、私は上手く断る事ができない。だって本当に興味がない、一言二言会話を交わした事のある人や、まったく面識のない人だっている。


 私は興味を持てない事にとことん排他的になるようだ。でも、分かっていても私は私を変えられない、それが駄目だと思えないのだ。心惹かれない事に興味を持つことは出来ない。


「三上さんはどうしてそう思うんだい?」

「それは、だって私の周りの人は私を避けたり、腫れ物を扱うようにします。何か、きっと私に何か理由がある筈です」


 私の言葉に先生は頷いた。


「確かにそうかもしれない、だけどそれって三上さんだけが感じる事かな?」


 先生の言葉の意味が分からず私は思わず聞き返した。


「どういう意味ですか?」

「皆大なり小なり同じことを感じた事があると思う、僕だって人に避けられていると感じる事があるよ。腫れ物とまでは言わないけど、扱いにくい奴だって言われた事だってあるさ」


 私は先生の言葉に驚いた。先生は誰とでも仲良くしているし、他人からの信頼も厚い人だからだ。


「とてもそうとは思えません」


 私がぽろりと言葉をこぼすと、先生は笑って言った。


「そう思ってくれてるのは嬉しいけどね、だけど万人に好かれる人はいないさ。でも裏を返せば万人に嫌われる人もいないと思う。ねえ三上さん、高森君や吉沢君は三上さんの事をさっき言った人のように扱うかい?」


 そんな事は絶対にない、私は首を横に振って否定した。


「そうだろ?彼らは三上さんの事をよく知っている。だけど君達は多くの対話を重ねてそうなったかい?君達に長く一緒の時間を過ごした確固たる物があるかい?」


 そう指摘されて改めて考える、葦正君は私が無理やり曲を聞かせて誘って、迷惑をかけながらも音楽を通して理解を深めた。吉沢君は過程に様々あったが、私達の音楽を気に入ってくれて、今では立派にサポートをこなしてくれている。


「言われてみると、私達は出会って間もないですし、それまではまるで知らない人同士でした」


 私達は偶然を重ねて巡り合った。そしていつしか他人とは呼べない仲にまでなった。それはきっと奇跡的な事だ。


「その通りだね、今はどうだい?君達は強く固い絆で結ばれていると僕は思うよ。それを繋いだのは、高森君の歌声でも、吉沢君の献身でもない」


「他でもない三上さんの曲が人と人とを繋いだんじゃないかな?」


 私はぶわっと風が吹くような感覚に襲われた。それはまるで、曲を作り始めた切っ掛けとなったあの山頂で吹いた風と同じ感覚だった。


 あの時見た深く青い空、どこまでも広がっていくような誰にも何にも何処にも収めきれないスケール感、本当に感動した事を私は覚えている。


 そして私はそれを人に伝えたいと思った。


 自分で作って満足するのではなく、聞いた人皆に同じ空を見せたいと思ったのだ。それは私が感情を人に伝えたいと願った事の証じゃないか。


「葦正君は私の曲を通して私を理解してくれた。そしてその手伝いも、コンプレックスを振り払って声を力として貸してくれた。吉沢君だって自分を曲げてまで私達に協力したいと申し出てくれた。その為の勉強だって惜しまない、それは私達の音楽を気に入ってくれたから」


 先生は私を真っ直ぐに見据えて言った。


「三上さん、君が君を一番表現出来るものは何?」


 その問に私はそれに自信を持って答えられる。


「作曲です。私は私を柴崎さんに知ってもらいたい」


 今思いついたままの事を形にするために私はノートパソコンを開いて作業を始めた。


 私は確かに不器用で、上手く他人とコミュニケーションを取れない人間かもしれない、傷つけるばかりで身勝手かもしれない。


 だけど伝えなければ何も分からない、柴崎さんの事だってそうだ。


 葦正君達はきっと柴崎さんを連れてきてくれる、私は私の今出来る事をやるだけだ。




 僕は柴崎に心配されながら学校への道を戻っていた。前方から誰かが走ってくるのが見える。


「あれ?吉沢か?」


 はっきりと見えてきた。あれは吉沢だ。


「おーい!高森!柴崎!」


 吉沢はこちらに向かって走ってくる、そして僕の姿を見て驚いていた。


「高森、お前大丈夫かよ!?」

「そんなにボロボロに見える?」

「見えるよ馬鹿!お前転んだのか?」


 僕の服が所々擦り切れているのを見て吉沢は言った。


「あ、あの、先輩は私を追いかけて転んでしまって…」

「見りゃ分かるよ、転んだのはお前のせいじゃない。柴崎は何ともないな?」


 吉沢に聞かれて柴崎は頷いた。


「ならいい。柴崎、お前今から三上先輩の所行け。どうせこいつとも同じ様な話をしたんだろ?」

「どうしてそれを?」

「こいつと一緒に音楽作ってる内に、何となく分かるようになっちまったんだ。気味悪い事にな、そんな事いいから行け。謝りたい時に謝った方が傷は浅いぞ」


 吉沢はそう言うと柴崎の背を押した。


「こいつは一応俺が保健室まで連れてくよ、鼻とかまだ赤いし、擦り傷も手当しなきゃだろうから」


 僕も吉沢の言葉に続いた。


「行ってくれ柴崎、きっと大丈夫だから。追いついて僕も一緒に謝るから」


 柴崎は僕と吉沢に背中を押されて学校へと戻った。愛歌先輩の待つあの教室に。


「それで?お前何で転んだんだ?」

「それが、普段走らないから足もつれちゃって」


 僕の言葉に吉沢はため息をもらした。


「ほら行くぞ、肩貸すか?」

「大丈夫、痛いけど歩くよ」


 僕は吉沢の隣を歩き始めた。こんな風に吉沢の隣を歩くのだって、昔の僕では考えられなかった事だ。だから柴崎もきっと大丈夫だよ、僕は心の中でそう確信していた。

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