第23話

 僕の喉の調子も戻り、歌の練習にも戻る事が出来た。


 柴崎が書いてくれた歌詞に沿って愛歌先輩は曲を作り上げた。僕はそれの練習をしている。


 曲名は柴崎の題名からそのまま取って「パズル」とされた。先輩は実に強く触発されたようで、曲も見事な出来だった。


 しかし盛り上がりを見せる教室内の空気とは裏腹に、柴崎は暗い顔をしていた。僕はそんな様子が気になって声をかける。


「どうかした?大丈夫?」


 柴崎が僕に何かを言おうとした時、先輩が横から入ってきた。


「柴崎さん、歌詞とてもいいよ!凄く刺激的で素適だ!ありがとう!」


 先輩から礼を言われても、柴崎は戸惑うばかりで嬉しそうではなかった。先輩は先輩で、思っていたような反応ではなかったのか、戸惑いの表情を浮かべている。


「何か拙い事を言ったかな?」

「いえ、別にそんな」


 言葉少なに柴崎はそっぽを向いてしまった。どうにも先輩と柴崎は馬が合わないようだった。


 僕とは普通に会話してくれる、吉沢には徐々に慣れてきたのか挨拶や軽い世間話をする。しかし先輩とだけは中々それが上手くいかない。


 先輩は柴崎と仲良くなろうと積極的にコミュニケーションを取ろうとしている、しかし肝心の柴崎は、どちらかというと消極的で、先輩に対する態度にはそれが顕著に現れた。


「あの私文芸部もあるんで行きます。また必要になったら呼んでください」


 それだけ言って柴崎は教室を出ていってしまった。先輩は気まずそうに頬を掻いた。


「どうも私は柴崎さんに避けられているね」

「それは、そうですね。理由は分かりませんが」


 流石に僕もそうじゃないとは言えなかった。柴崎は先輩を自分の意思で遠ざけようとしているように見える。


「何か気に障る事をしてしまったかな?」

「見ていた限りでは、そんな事はないと思います」


 少々強引な所があったものの、先輩は柴崎に対して極めて友好的に接していた。問題があったようには思えなかった。


「俺も三上先輩には問題ないと思いましたよ、だけどそれが柴崎にとって問題なのかもしれないっすね」


 話を聞いていたのか吉沢も加わってくる。


「どういう事?」

「まあ俺にも何となくそう思っただけで自信がある訳じゃねえよ。高森の方が柴崎と親しいんだから直接聞くのが早いんじゃないか?」


 僕の質問に吉沢はそう答えた。親しいと言っていいか分からないが、この中で一番柴崎とコミュニケーションを取っていたのは僕だ。吉沢の言葉にも一理ある。


「先輩、取り敢えず僕が聞いてみます。レコーディングにも来て欲しかったですが、文芸部の方で文集を出す作業があるらしく、柴崎も忙しそうなので今回は見送りましょう」

「分かった。すまないが頼んだよ葦正君」


 寂しそうにうなだれる先輩に励ましの言葉をかける、柴崎の話を聞いてみなければ、僕はそう思った。




 吉沢宅のスタジオでの収録を終えて、ついに曲「パズル」が完成した。


 立花先生を教室に呼び、完成した曲を皆で聞いた。


 今回の出来は文句ないものだった。皆が納得するクオリティに仕上がった。先輩も吉沢も満足そうにしている、僕も同じ気持ちだった。


 それも作詞に柴崎が協力してくれたからだ。しかし肝心の柴崎はこの場に居なかった。


 聞き終わった立花先生は拍手をして僕達を称えた。


「素晴らしい!本当に心からそう思う」


「三上さんの曲の表現の幅は今や無限大にも感じる程にテクニカルだ。それに負けず劣らず高森君は歌声に力強さが加わってきた。トレーニングを欠かさない君の努力の結実だ。吉沢君も実にいい、二人に足りなかった部分を補い強みを引き立たせている」


 先生の褒め言葉に僕は嬉しくなった。努力が認められるは素直に嬉しい。


「それに作詞もとても良いよ、今までは脇役感が否めなかったが、もう一人主演が揃ったようだ。曲だけでなく、言葉から伝わってくる情報はとても大切だからね」


「今この場に柴崎さんが居ないことが残念でならないよ」


 僕も本当にそう思った。何度も誘ったのだが、柴崎はどうしても文芸部が外せないと断られてしまった。


「せめてお礼だけでも伝えられないだろうか葦正君」


 先輩は寂しげな目で僕を見る、僕もそうしたいが柴崎が捕まらないとどうにも出来ない、それでもと思ってメッセージを入れるが、返事は無かった。


「やっぱり忙しいみたいです。僕ちょっと出てもいいですか?」

「構わないけど、どうするんだい?」

「ちょっと文芸部を覗いてみようと思います」


 僕はそう言って教室を後にした。向かう先は文芸部の教室だ。




 文芸部は、図書室横の教室を部室として使っている。部活動中にお邪魔する訳にはいかないので、そっと扉を少しだけ開けて様子を見た。


 校舎には文化系の部活動をしている人達しか残っていないので、大丈夫だとは思うが、この姿を人に見られたら非常に拙いなと冷や汗をかいた。


 僕はなるべく身をかがめて隠れながら、中の会話を聞く事に専念した。


「柴崎、アンタまだ書けてないっての?」

「…」

「黙ってたら分かんないってば!?」


 女性の怒鳴り声が聞こえてきた。しかも柴崎が怒られているようだ。恐る恐る教室内を覗くと、柴崎が立たされてその前に苛立つ女子生徒が立っている。


「書けないなら書けないでしょうがないけどさ、文集に詩を載せたいって言ったのはアンタだよ?他の人はもう原稿上げてるのに、アンタの枠だけ埋まってないの。分かってる?」

「…はい」


 蚊の鳴くような声で柴崎は返事をする、痛々しくて僕も胸が締め付けられるようだった。


「部長、なにもそこまで怒らなくても」


 部員の一人が声を上げた。


「私だって怒りたくて怒ってないわよ、だけど文集を出すのは文芸部の伝統で、どんなに拙い文章でも部員皆が原稿を載せてきた物なの。逆にそれを柴崎だけ載せないのもどうかと思うでしょ?」


 文芸部が文集を出していた事は知っていたが、伝統として守り抜いていた事は知らなかった。確かにその前例から外すと、逆に柴崎が目立ってしまいそうだ。


「何だったら詩じゃなくてもいいの、短文でも上げてくれれば体裁は保つし、誰か他の人に余白を埋めてもらう事も出来る。だけどそれも拒否するから」

「わ、私は、私は詩を書きたくて…」


 今にも消え入りそうな意思表示の声、部長はため息をついて言った。


「分かってる、私もそれは尊重したい。だけど印刷を頼むのにも期日があるの、分かるでしょ?」

「…はい」

「最悪あなたの枠は他の人の文で埋めさせてもらうわ。このままじゃ埒が明かないもの」


 柴崎はそれを聞いて部室から走って逃げ出した。僕は気づかれないように咄嗟に避けた。


「ああもう!逃げられた!」

「またですね、柴崎いつもいい詩を書くのにな。どうして書けなくなったんだ?」

「元々孤立気味だったけど、最近もっと酷いよね」

「私正直柴崎苦手、暗いし顔を隠してるのも、何だかこっちを信用しないぞって言ってるみたいで」


 部員から口々に文句が出始めた。柴崎はここでも居場所作りに難儀していたようだ。


「馬鹿なこと言ってないで、私達は私達の作業を進めるよ!」


 部長の女子生徒がパンパンと両手を叩いて部員を黙らせた。僕は見つからないようにこっそりと抜け出して、柴崎に連絡を取る事にした。




「…もしもし」

「良かった出てくれた!柴崎、今何処にいる?」

「あのベンチに居ます。何かありましたか?」


 帰った訳ではなさそうだ。僕は取り敢えず一安心した。


「柴崎よかったら僕達の方に来ない?書いてくれた詞で曲が完成したんだ。それがすごく良く出来ていてさ、是非聞いてほしい」


 暫し沈黙が続いて僕は生唾を飲み込む、返事がないことを不安に思っていると、やっと柴崎の方から声が聞こえてきた。


「分かりました…私も聞いてみたかったし」


 返事がきて僕はほっとした。


「良かった。教室で待ってるから」


 僕は電話を切って急いでいつもの教室に向かった。




 そわそわと待ちわびていると、教室の扉が開かれた。


「柴崎、良かった来てくれたんだ」

「来るって言いましたから」


 僕が柴崎に駆け寄ると、先輩と吉沢も同じように来た。


「柴崎さん、曲完成したよ!聞いてくれる?」

「お前のお陰でいいものが出来た。聞いて感想をくれ」


 二人の言葉に一瞬たじろぐが、柴崎は教室に入ってくれた。先生も待っていてくれて、声をかける。


「柴崎さん待っていたよ、一緒に聞いてみよう」


 曲が再生されて教室内に響いた。「パズル」はこの教室での出来事を現しているような曲だった。色々な音が、様々なテンポが繋ぎ合わされて曲を紡いでいく、そして独特なリズムの歌は、歌詞の言葉と共に踊るように流れ出す。


 すべてがちぐはぐのようにも聞こえて、しかし最後にはきちんと綺麗に纏まっている。すべてが一体となった時に生まれるハーモニーは、曲名に相応しいものだった。


「どうかな柴崎?良く出来てると思わない?」

「凄いです…驚きました。こんな風になるんですね」


 柴崎は目を丸くして驚いていた。


「それもこれも柴崎さんのお陰だよ、ありがとう」

「え?」


 先輩の言葉を柴崎は聞き返す。


「柴崎さんが書いてくれた詞のお陰で、私は曲の着想を得たんだ。無かったら出来なかったよ」

「嘘ですよ」

「嘘なんかじゃないよ、本当に柴崎さんの…」

「そんな訳ないじゃないですか!!」


 柴崎は声を荒らげて言った。


「私あれ適当に書いたんですよ!いつも書く詩と違って何も考えずに!本当は見せるつもりも無かった。こんなもの誰にだって書けるのに!」


「なのに先輩は私が適当に書いたものからこんなに凄いものを作り出したじゃないですか!私である必要なんてないんです!文が書ければ誰だっていいんだ!」


「手遊びの駄文を、こんなに凄い曲に変えられて…私はもう言葉が浮かんでこないって言うのに…馬鹿みたい、私って一体なんで詩を書いてたの?もう何も分からない」


 柴崎は荷物を掴むと扉を乱暴にあけて飛び出して行ってしまった。


「柴崎!待って!」


 僕は慌てて彼女の後を追った。呆然と立ち尽くしている先輩も心配だったが、今は柴崎を追わないといけないと思った。

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