第22話
喉の調子を取り戻すまでの間、僕は立花先生からきつく言われている事もあって、練習も出来ないのであのベンチに座ってぼーっとしていた。
あのベンチとは柴崎と出会った場所だ。メッセージを入れた所、来てくれるとの事なので待っていた。
「先輩、おまたせしました」
柴崎の声が背後から聞こえてきて僕は手を上げた。
「待ってないよ、それより呼び出しちゃってごめんね」
「いえ、それより喉の方は大丈夫ですか?」
喉の事は事前に教えていた。
「大きな声出さなきゃ大丈夫、心配してくれてありがとう」
「そんなこといいんです。それで今日はどうしましたか?」
僕は鞄からノートを取り出して広げる、歌の練習が出来ない間は作詞の手伝いが出来ればと思い書き留めていた。
「次の曲の作詞をしてるんだ。でもやっぱり上手い言葉が浮かばなくて、柴崎の力を借りてもいいかな?」
そう言って僕はノートを柴崎に渡した。
「新しい曲も聞きましたよ、すごく良かったです」
「ありがとう、でも…」
僕は声の事よりも悩んでいる事があった。
「でもどうしたんですか?」
柴崎に聞かれて僕は恥ずかしながら答える。
「やっぱり詞が稚拙なんだ、最近曲のクオリティが上がった分目立つ気がする」
詞についてはもうずっと頭を悩ませていた。何曲も作成していても、未だにバチッとはまるような言葉を付ける事が出来ていない。
吉沢が加わった今もそうだ。むしろ吉沢は僕達より作詞に向いていなかった。相談していても、吉沢の意見が採用された事はないし、他ならぬ吉沢自身が却下する事もあってグダグダだ。
「そうですか?私はそう思いませんけど…」
「柴崎、僕に遠慮しなくていい。思ったことを正直に言ってくれ」
柴崎は優しいから、僕に直接的な表現では言えないだろう。少し強めにお願いした方がいい。
「そ、そうですね、じゃ、じゃあちょっと待ってください」
そう言うと柴崎は何度か深呼吸してから言った。
「やっぱりちょっとちぐはぐな感じはします。先輩の言う通り、クオリティに追いついていないような。曲名が何度も繰り返されたり、同じ言葉が続いたり、それも方法の一つなのですが、遊び心に欠けるかと」
「そうだよな、その通りだよ」
「ご、ご、ご、ごめんなさい!出過ぎた真似を!」
慌てふためく柴崎を僕は落ち着ける。
「いやいや、いいのいいの。僕が言って欲しかった言葉をそのまま言ってくれたんだから、ありがとう柴崎」
実際に柴崎の言葉は的を得ている。苦し紛れな事が見え隠れする歌詞は、コメントでも徐々に指摘が増えてきていた。
「せ、先輩、そんなに困っているんですか?」
「ん?ああ、まあ困っているけど、今は特に解決方法もないし、騙し騙しやっていくよ」
もしかしたら行き詰まる可能性もあるが、その時の事はその時に考えればいい。一朝一夕でどうにかなるものでもないし。
「あ、あ、あのあのあの、せん、先輩!」
「どうした柴崎?取り敢えず落ち着いて」
急に大きな声を出して立ち上がった柴崎を、僕は驚きつつも肩を抑えて座らせた。
「それで?急にどうしたの?」
「せ、先輩がそんなに困っているなら、わ、私微力ですがお手伝いさせてくだしゃい!」
噛んだ事に顔を赤らめる柴崎に僕は聞いた。
「それは願ってもない事だけど、いいのかい?無理はしてない?」
柴崎は過去の出来事から引っ込み思案で、新しい場所に馴染むのに時間もかかる。僕とこうして話せるようになったのも、それなりに時間がかかった。
「無理、はしているかもしれません」
「なら…」
「でもです!先輩は私の話を沢山聞いてくれました!目を褒めてくれました!嬉しかったです!」
どうやら柴崎は喋りたいと強く思うと興奮してしまうらしい、僕は取り敢えずそのまま話を聞いた。
「で、ですから!もし私で力になれる事があるのなら、協力したいんです!だ、駄目でしょうか!?」
興奮した柴崎を僕は手招きでもう一度座らせる、立ち上がっていたとは思っていなかったのか、柴崎は顔を赤らめてうつむきがちに座った。
「駄目な事なんてないよ。本当に柴崎がいいなら、こちらからお願いするべきことだから」
「わ、わ、わ私頑張りましゅ!!」
またもや噛む柴崎は、前髪をいじって縮こまってしまった。下手なフォローをしても恥ずかしいだろうと思い、僕は買ってきてあって渡しそびれたミルクティーを手渡した。
「という訳でして、彼女が作詞の協力者だった一年生の柴崎文乃さんです」
僕は柴崎を連れて愛歌先輩と吉沢に紹介した。肝心の彼女は僕の背後に隠れているが。
「そうか!彼女が!こんにちは、私は三上愛歌、三年だ。よろしく柴崎さん」
先輩は柴崎に手を差し出すが、柴崎は背後から出てこない。
「先輩すみません。彼女ものすごく人見知りでして、時間をかけてください」
「ご、ご、ご、ごめんさい!」
後ろの柴崎はまた噛んでいる、緊張も一入だろうから無理もないが。
「そうなのか、分かった。ゆっくりでいいから、私とも仲良くして欲しい」
先輩の言葉に、僕の背中から頭を少しだけ覗かせてこくこくと頷く。僕は先輩の事だから心配いらないだろうと思った。
「柴崎、あっちが僕と同級生の吉沢海人。録音とかミックスとかを担当してる。ちょっと無愛想だけど無害だから安心して」
「おい高森、自己紹介くらい自分で出来る。二年の吉沢だ、よろしく」
自分で出来ると言っておきながら随分無愛想な挨拶だ。柴崎も背後で僕の制服を掴んで怯えている。
「まあこれでも本当に無害だから、ゆっくり慣れていけばいいよ」
「ああ、む、無害だぞ!」
顔も出さない柴崎に吉沢は落ち込むが、これも時間が解決してくれるだろう。僕が吉沢と仲直りできたように、こいつは話してみると中々面白い奴だ。
「柴崎、今は居ないけど音楽の立花先生も協力してくれてるんだ。取り敢えず今日は僕と一緒に皆の雰囲気だけでも知って欲しいな」
柴崎は僕の背後でこくこくと頷いた。僕は先輩と吉沢にも目配せをすると、それでいいと言ってくれた。
今回は先輩はパソコンに向かって曲作りをしていて、吉沢はミックス作業を行っていた。時折先輩はイヤホンを外して、吉沢に音出しを頼んだ。
吉沢はギターとキーボードを使い分けて先輩のリクエストに答える、普段はここに僕の歌練習が入るからもっと騒がしいが、粛々と作業は進んでいく。
「先輩、ちょっといいですか?」
「どうした?」
僕は先生から借りた教本を置いて柴崎の方を向く。
「結構静かなんですね」
「そうだね、僕もこうして練習から外れて初めて気がついたんだけど。意外と会話とかはなく進むんだ」
先輩は曲作りの際は自分の世界に没頭しているし、作業中の吉沢は無言で、声をかけない限りは反応しない。こうも静かだとは知らなかった。
「僕らがもめる時は作詞の時だけなんだ。他は割りとスムーズなんだよ」
「そうなんですね、そこまでとは思いませんでした…」
柴崎はぶつぶつと呟きながらもノートに何かを書いていた。
「柴崎それは何?」
「ちょっとこの風景を見て思いついたので書いてみてるんです。歌詞と言っていいか分かりませんが」
僕はその様子を微笑ましく見ていた。思いついた事を書き留める柴崎は、まるで作曲している時の愛歌先輩のように楽しそうだった。
前髪を揺らしながら唇を少し尖らせ、歌うかのように文字を綴る。彼女は自分が上手く表現できない代わりに文字や文章という道具を使って、伝えたい言葉を探しているのかもしれない。
そんな様子をいつの間にか後ろから先輩が眺めていた。僕はぎょっとして、先輩に聞いた。
「ど、どうしたんですか?」
「ちょっと様子を見させてもらおうと思ったんだが、柴崎さんはすごいな」
後ろから見られていた事に気がついた柴崎は、大慌てでノートを閉じてがばっと体ごと覆いかぶさる。
「あ、あ、あ、ああのすみませんお目汚しを!」
「いや、そんな事なかったよ。とても良い詞だった。むしろ驚かせてしまったようでごめんね」
「そんな、私が書くものなんて…」
どことなくぎこちない二人の間に僕は入る。
「取り敢えず、書いたものを見せて欲しいな」
「こ、こんなものでよかったら…」
柴崎はノートを僕に手渡した。僕は先輩と一緒になってそれを覗き込んだ。
そこに綴られていた文字は、目で追うだけで踊りだすようだった。適度な韻も、巧妙な掛詞も、随所に散りばめられた際立つメッセージ性も、文句のつけようのない程によく出来ている。
「凄い!凄いよ!柴崎さん本当にこれはいい!よかったら次の曲で使わせてくれないか?」
先輩は興奮して柴崎に迫る、先輩の迫力に気圧されながら柴崎は頷いた。
「僕もよく出来ていると思うよ柴崎、歌うのが楽しみになってきた」
僕の言葉に柴崎は弱々しい笑顔を向けた。何か様子がおかしい事を感じたが、すっかりテンションの上がった先輩に当てられて僕はその違和感を見過ごしてしまった。
柴崎を仮メンバーに加えて、僕達は曲作りを加速させる。しかし、高揚する僕と先輩とは裏腹に柴崎の顔は暗かった。それに気づくことが出来なかった僕は、後に大きな傷口を作ってしまう事になる。
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