第21話
僕と愛歌先輩に、新しく吉沢が加わって曲作りは進められた。
僕は相変わらずボイストレーニングを重ねて行い、先生からはもっと技術的なアドバイスを貰うようになっていた。それと吉沢の協力の元音合わせをしたり、先輩が作った曲の検討を三人で行うようになった。
曲については僕は殆ど言う事がないのだが、先輩からの提案ということもあって、素人なりに意見を出すようにしている。吉沢は流石音楽家の息子というのもあってか、専門的な話し合いを先輩と繰り広げていた。
僕は曲に関して先輩に任せきりな事が気がかりだったので、吉沢が加わってくれて少しほっとしている。建設的な意見を述べる事が出来れば、先輩はそれを乗り越えて更にいいものを作り出す。
出来る事と出来ない事を、僕達は自然と分担していくようになった。そうして出来上がった曲達は合計で十曲にもなった。
相変わらず動画制作については兄に頼り切りだが、意外な事にもっと次の曲をくれと催促がくるようになった。
無報酬で行って貰っているのに何故かと兄に問うた所、皆曲からインスピレーションを受けて自分の創作活動や、研究に役立てているそうだった。
それに加えて、今ではそこそこの視聴者数を誇るようになった僕達の曲は、映像も含めて評価される事もあって、他の仕事に繋がる事も多いらしい。
逆に感謝される事もあったりと、今では兄が持ってくる曲の取り合いが起きたりするという。兄の知り合い達が情熱的なのもあるが、やはり一番の理由としては曲のクオリティアップなのかと思う、より洗練された先輩の曲が持つ力は、それだけ多くの人を惹き付けるのだと感じた。
僕は何とかそれに置いていかれないように、自分の持てる力を磨いた。それは勿論持ち合わせている声も僕の力の一つだ。
動画のコメントは殆どが曲についてのものだが、偶に僕の歌声について感想をくれる人もいる。僕はそれを読むと嬉しくて、人の居ない所で小躍りしていた。
声が綺麗だとか、不思議な魅力があるとか、声について褒められるコメントは特に嬉しかった。コンプレックスは依然そのままでも、少しずつ自分の物として受け入れていけるように思えるからだ。
中には辛辣な意見もあるが、僕はさっぱり気にならなかった。先輩の曲が凄く素適だと知っているから、僕にはそれで良かったのだ。
放課後になっていつもの教室に向かうと、先輩も吉沢もまだ来ていなかった。僕は皆が来るまでに発声練習でもしようと準備する。
すると教室の扉が開いて立花先生が入ってきた。
「先生こんにちは」
「こんにちは、高森君が一番乗り?」
「はい、だから少し声出しでもしようかと思いまして」
先生がそれはいいねと言って、空いた椅子に座った。
「僕が聞いているからやってみてごらん」
「分かりました!」
僕は先生の指導が好きだ。丁寧だし分かりやすい、それに上達が実感できる。
先生の前で声を出し、音を拾い集めていく、迷子にならないように丁寧に丁寧に音を出す。
「待った。高森君ストップ」
高音に差し掛かった頃、先生は突然僕を止めた。何か間違えたかなと思い、聞こうとした時、突然喉に激痛が走って声が出なかった。
「ああ、やっぱり。無理したら駄目だよ高森君、声はなるべく出さないようにして」
先生の言う通りにする、ノートを広げて筆談に切り替えた。
「何が起こったんですか?」
「多分声の出しすぎだね、ちょっとかすれてたから拙いと思ったんだ。練習は中止、病院に行ってきなさい。耳鼻咽頭科だ、分かるね?」
僕はこくこくと頷いた。一度酷い鼻詰まりで受診した事がある。
「今日は僕が二人に事情を説明しておくから、早めに受診するんだよ?それまでは歌は禁止だ」
僕は少しショックを受けたが、先生の言う事なので素直に従う事にした。
母に連絡を取ると、病院まで連れて行ってくれると言ってくれたので、今日はそのまま帰宅する事にした。先輩と吉沢にそれぞれ事情を説明するメッセージを入れると、僕は学校を出た。
喉の様子を診てもらった。軽い炎症が起きているようで、薬をもらい、良くなるまで安静にと言われた。
大きな声さえ出さなければ会話は問題ないと言われたので、僕は取り敢えず先輩に連絡を取った。
「もしもし葦正君?」
「先輩、ご心配おかけして申し訳ありません」
「そんな事は気にしなくていい、それより声を出しても大丈夫なのかい?」
「大きな声じゃなければ問題ないそうなので」
先輩は電話の向こうで良かったと呟いていた。
「最近は少し曲を作りすぎたかもしれない、もう少し葦正君の喉の事を考えるべきだった」
先輩が申し訳無さそうに言うので、僕は慌てた。
「そんな事言わないでください、僕だって楽しくって少し調子に乗ってしまったんです。先輩は悪くないです」
本当の事だった。自分達が思い描くように曲作りが進むため、僕は少し飛ばしすぎていた。
「私も最近は楽しくてつい手が進んでしまったよ、葦正君と吉沢君のお陰で、私のイメージを形にしやすくなった」
「それは何よりです。僕は先輩のお手伝いがしたかったから」
先輩からの返事が止まった。
「先輩?」
「ああ、ごめん。ありがとう葦正君、改めてお礼を言わせて欲しい。兎も角暫くは安静だ。いいね?」
「分かりました。そうします」
僕はそう言って先輩との通話を切った。あの一瞬空いた間はなんだったのか、そこが少し気になったが、それよりも早く喉を治して先輩の力になりたいなと思った。
通話が途切れて私はスマホの画面を閉じた。
葦正君の声に問題はなさそうだが、それでも心配は心配だ。特に最近は色々な曲を作っては歌って貰っていた。私は思いつくまま作曲すればいいかもしれないが、葦正君はそれを練習して、調整して歌にしなければならない。
分かっていた筈なのに今まで失念していた。彼の献身に甘んじていたのだ。私は自分が恥ずかしい、心の中で反省を繰り返す。
「高森なんて言ってました?」
向かいに座っている吉沢君が心配そうに聞いてくる、私は葦正君から聞いた事を彼にも伝えた。
「そうですか、確かに最近はペースが早かったですからね。俺も抑えるように言うべきでした」
私は思わず笑ってしまった。
「どうしました?」
「いや、すまない。葦正君も同じように謝ってきたんだ、私も同じように反省したし、君も同じように考えてくれていたんだと思ったらちょっと嬉しくなってね」
吉沢君は「別に俺は」と言って顔を背ける、中々素直になれないが、彼も葦正君を心配しているのだ。
こうして関わってみると、吉沢君は実に勤勉で努力家だ。ちょっと斜に構えた所はあるが、それも照れ隠しだと分かると微笑ましいものだ。
彼の協力もあって私達の曲作りはとても良い物になった。私もアイデアが次々に湧いてくるし、どんどん曲を作りたくなってしまう。
でもそれは、葦正君が歌ってくれて、吉沢君がサポートしてくれているからだ。私はまた一人突っ走ろうとしてしまった。それではいけないと分かっていた筈なのに、私は思い立つとそれに真っ直ぐになりがちだ。
葦正君は無理をしていないだろうか、私はどうしても葦正君と曲を作りたくて無理やり誘ってしまったのでないか、そこが今更気になってしまう。
本人に聞けば一番早いし正確なのだが、私はもしそれを聞いて葦正君が離れてしまうと思うと、怖くて聞くことが出来ない。
以前の私なら簡単に聞けたと思う、だけど今の私は何故かそれを聞くのが怖くなってしまった。私の中の何かが変わったのだろう、それが何なのか分かりたい気もするし、分かりたくない気もしている。
最近私はすこし変なのかもしれない、葦正君も安静にしなければならないから、私も考える時間を取ろうか、そんな事を思った。
「先輩、曲作りはどうしますか?」
「少し休もうか、葦正君が居なければ始まらないし」
「ですね、俺も考えなきゃいけない事があるので、良い機会かもしれません」
吉沢君にも何かあるのか、私は聞いてみる事にした。
「吉沢君も何か悩みがあるのかい?私でよければ聞こうか?」
「俺個人の悩みと言うよりも、曲作りに関わる話です。そろそろ曲のクオリティに作詞が追いついていないと思います。何か手を考えないと」
私は彼に指摘されて気が付いた。そう言えば葦正君とも話していた事だった。
曲作りで一番時間を取られるのが、作詞の時間だった。三人で出し合っても中々しっくりくるものが作れていない、この問題の解決を私も考えなければならない。
葦正君がアドバイスを受けている人に頼めたら一番なのだが、私はそんな事を思いながら、一刻も早い葦正君の回復を願った。
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