第20話

 僕と愛歌先輩、立花先生と吉沢は、それぞれ席についた。


 そして吉沢が、今回の事を話し始めた。


「三上先輩は、軽音部の悪行を調べていくうちに、被害者は俺だけじゃなくて沢山いる事を知ったんだ。そしてそれを俺に教えてくれた」


「言われたんだ。君だけを助けてもこの人達はまた影で被害を受けるかもって。正直俺もそう思ったよ」


 確かに、先輩があの場で見せた写真の数は思っていたより多かった。先輩は調べていく内に被害者の多さから、吉沢だけを助ける事から、全員を助ける方向に切り替えたのか。


「だけどそれだと…」

「ああ、俺の証言も必要だよ。何をして、何をされたかって」


 それは吉沢にとって罪を告白する事と被害を訴える事を意味している。


「ありがとうな高森」

「何が?」

「案じてくれてるんだろ?俺の事、お前に酷いことしたのに、変なやつだよなお前って」


 吉沢の顔は何だか憑き物が落ちたように落ち着いていた。


「いいのか吉沢、僕だってどうしたらいいか分からないけど。親の事とかさ」

「いいんだ。というか一番先に両親に言ったんだ。俺のしてきた事」


 僕は素直に驚いた。それは多分、他の誰に打ち明けるよりも勇気がいる事だと思ったから。


「親父に死ぬほど怒られたよ、母さんは泣くし、散々だった。でも、しっかり最後まで話したんだ。自分の口で、自分の言葉でちゃんと」


「そうしたら何だかスッキリしてさ、親父はお前が何か間違った時は、俺がちゃんと叱って一緒に謝ってやるってさ、母さんはまずは自分で謝ってこいって怒ったけど」


 吉沢からすすり泣く音が聞こえてくる、堪えていたものが溢れ出してきたのだろう。


「悪い、何か、格好悪いな俺」

「格好悪くなんてない、僕はそれを格好悪いとは思わない」


 僕は吉沢に言った。自分の弱さと向き合うのは、何よりも難しい事だから。


 様子を見ていた先生が口を開いた。


「今回の事で色々と被害に遭っていた生徒達が助かったよ、勿論三上さんの尽力が大きいんだけど。一体どうやったの?」

「蛇の道は蛇、辿る人を選べば案外簡単でした。彼らと似た雰囲気の人から片っ端から話を聞いてみると、同類のやっている事について詳しいんですねそういう人達って」


 相変わらず行動するとなれば一直線な人だ。そして半端ない調査力だ。物怖じとかしないのだろうか。


「危ない事はしていないね?」

「してません。その代わり時間はかけました。決行の時体を張るのは葦正君だったので」


 先輩は随分念入りに準備してくれたようだ。


「改めてありがとうございます先輩」

「君に怪我がなくてよかった。無理をさせてごめんね」


 僕は今回あまり意味のある事が出来たとは思えないが、あれでよかったのだろうか。


「あの作戦意味ありました?」

「あるさ、彼らはもう言い逃れできないだろう?」


 僕はそう言われてようやく合点がいった。現行犯を先生達に見られた以上、証拠を消す暇はもうないだろう。口裏合わせをする事も出来ない、四人は恐らくバラバラに話を聞かれるだろうし、坂田の時と同じような結果になるかもしれない。


「先輩はそれを見越していたんですか?」

「手段は選ばないって言っただろ?でも最後の最後、あいつらが反省して自分達から罪を認めるのなら、私も慈悲の心があったのだが」


 先輩が現行犯にしたのは、言い逃れを防ぐのと同時に、引き返すチャンスを与えるつもりでもあった。


 それを考えると、軽音部は最後のチャンスを不意にしたことになる。あの時彼らはどうすればよかったのか、そもそもの素行に問題があった事が彼らの自業自得であるのだが。


 先生は僕達に頭を下げて言った。


「今回の事、責任は彼らにあっても問題は僕達にある。大人として彼らがしている事に目を光らせなければならなかった。本当に申し訳ない」

「そんな、先生には問題なんて」


 僕の言葉を先輩が遮った。


「私達で動いた事は問題がありました。でも確かに彼らを放置していたのも事実です。なら皆悪かったでいいんじゃないですか?」

「僕もそう思います。きっと気がついていた人は居たのに、声を上げられなかった。それが招いた結果です」


 そして吉沢が続いた。


「俺も責任があります。やった事もやられた事も、自分のちっぽけなプライドや、親の手前もあって何も言えなかった事も、反省してます」


 こうして吉沢の問題から始まった。軽音部との一連の騒動は終わりを迎える事になった。


 彼らのこれからについて僕は特に思うことがない、きっと相応の報いを受けて、それでも反省するかどうか、誰にも分からないだろう。


 省みる事は難しい、自分を見つめ直す事はもっと難しい、だがどちらに転んでも僕にはもう関係のない話かもしれない、今はただ気疲れしたこの体を癒やしたいし、早く先輩の音楽作りを手伝いたい。


 しかし、僕は吉沢を救えたのだろうか。それがよく分からない、だけどスッキリした。それでいいのかもしれない。


 分からない事だらけで、必死にやった。殆ど先輩のお陰だったとしても僕にしては上出来だったと思う、何となくそんな事を考えていた。




 あれからまた先輩と共に音楽を作る時間が戻ってきた。


 学校での生活も今まで通り平凡なものだ。テストの成績も評価も僕自身はずっと平均値、代わり映えのしないものだ。


 だけど、音楽に関わっている時は僕は少しだけ自由になれる。音に声を乗せて旋律を奏でる時間は、いつの間にか僕にとって大切なものに変わっていた。


 変わった事と言えば本当に大きく変わった事がある。


 今、先輩と一緒に曲を作っている教室には、一人の協力者が増えた事だ。


「吉沢、音これで合ってる?」

「鳴らすから出してみろよ」


 吉沢はキーボードを弾き音を出した。僕はそれに沿って声を伸ばす。


「合ってる合ってる」

「そっかありがとう」


 それは吉沢の事だ。あの事件以来吉沢は僕に謝罪すると共に、僕と先輩に向けて衝撃の告白をした。


「実はあの動画に収録環境についてのコメントを書いたのは俺なんだ。あの動画を見つけて曲を聞いた時、特徴的だったし高森の声だって分かったんだ」


 それを聞いて僕達は大層驚いた。こんな身近に視聴者が居たとは思わなかったからだ。


「罪滅ぼしになるか分からないけど、一度家のスタジオで収録してみないか?」


 この提案にも驚いた。だが僕達はそれを断った。


「吉沢はやっと解放されたんだし、気にすることないよ」

「ああ、私も同意見だ。吉沢家にお邪魔した時、お母様がいい顔をしなかったのは外部の人間が好き勝手に出入りしていたからだろう。これ以上心労をかけるのは本望じゃない」


 しかし僕達の断りを聞いて尚、吉沢は食い下がってきた。


「待ってくれ!親への説得は俺がきちんとする。親父に許可も貰う、二人が使ってもいいように取り計らう、だから一度やってみないか?」


 吉沢の剣幕にさしもの先輩もたじろいだ。僕はここまで食い下がる理由が気になった。


「なあ、僕達は別に見返りを求めて吉沢を助けたかった訳じゃないんだ。だから気にする必要はないし、どうしてそこまでするんだ?」


 あれは僕の自己満足に先輩を付き合わせただけの事で、その相手が偶然が重なった吉沢だったというだけの事だった。だからそこまでしてもらうのは気が引けた。


「そ、それはだな…あの、わ、笑うなよ?」


「先輩の曲と、お前の歌、結構気に入っているんだ。音楽として、す、好きとまでは言わないけどさ。だからもっと良くなる手伝いが出来るなら、俺はそれがしたい」


 吉沢は顔を耳まで赤くしながら言った。僕と先輩はまたもや驚かされて目を丸くして互いの顔を見た。


 そして同時に頷いて、僕は吉沢の肩に手を置いた。


「笑うわけないだろ、ファンになってくれてありがとう」

「私も嬉しく思うよ、こうして私達の音楽が誰かの心に届いたのなら。それこそ私達が目指しているものだから」


 僕と先輩はそうして一度だけでも吉沢の言葉に甘える事にした。


 それは更に意外な展開に発展した。


 吉沢は数多の機械を使いこなし、録音スタジオのすべてを一通りこなす事が出来た。僕にも先輩にもちんぷんかんぷんな数値や信号も、吉沢には理解出来た。


「実は何度か親父に教えて貰った事があるんだ。だから大まかな事は分かっていたし、二人の力になりたくて勉強したんだ。幸いその手の本は家に一杯あるからさ」


 良い施設に良い設備、整った環境にそれを使える技術者、ミックスまで完璧に行われたそれらは、今までのクオリティを遥かに凌駕していた。


 またもや驚く事に、吉沢はギターとキーボードを弾く事が出来た。本人は鳴らす程度だと言っていたが、それだけで十分に先輩の曲作りの役に立った。


 結局こちらからお願いする形で、吉沢がメンバーに加わる事になった。


 曲作りと歌の練習については引き続き先生の協力のもと、学校の空き教室を借りて行い、収録とミックスについては吉沢が担当する事になった。


 表現の幅が大きく広がって出来る事の増えた僕達は、新しい仲間と共にまた一歩だけあの空に近づけた気がした。

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