第19話

 吉沢と約束を交わしてから、僕と愛歌先輩は教室に集まって音楽作りでなく、作戦会議を開いていた。


 依然軽音部が吉沢の万引き未遂の写真を持っているのは変わらない、僕達が動いていてる事がバレれば、軽音部が切り札を切ってくるだろう。


 先輩は吉沢家から去る前、本人に言っていた。


「私達と話した事は他言無用だ。但し誤魔化したりはぐらかす必要はない、嘘を重ねれば嘘に追いつかれる。なるべく本当の事だけ言って、隠したい事だけ隠せ」


 それから僕達は吉沢との接触を避けていた。意図的にそうしなくても、孤立している彼とは自分たちから接触しない限りは問題ない。


 だけどその状態が続く事は忍びなかった。僕は先輩に聞いた。


「先輩の思いついた手って何ですか?」


 先輩は吉沢と僕に手はあると断言している、どんな案だろうか。


「説明するが、確認したい。準備は万全にする、だけど葦正君に体を張ってもらう必要があるんだ。危険かもしれないがやってくれるか?」

「勿論です。先輩が準備すると言うのなら僕はそれを信じます」


 怖くない訳じゃないが、それ以上に先輩の事なら信じられる。僕の即答を聞いて先輩は目を丸くしていた。


「わ、私が言っておいて何だが、そんなに即決していいのかい?」

「僕では手段が思いつきませんし、僕か先輩どちらかが危険なら僕がやりますよ」

「それは私が女だからか?」


 先輩は少し暗い面持ちで言った。僕は先輩の言葉と態度解しかねて首を捻る。


「よく分かりませんが違います。僕がそうしたいからです」


 どうせ危険なら僕の方が良いと思う、体を張るのも僕が必要なら僕がやる。先輩は何故そんな事が気になるのだろう。


 そんな事を考えていると、先輩は一瞬悲しそうな表情を浮かべたが、その後すぐ僕に笑いかけて言った。


「葦正君は良いね、何だかまた曲が作りたくなってきたよ」

「そ、そうですかね?でも先輩の新しい曲、僕も早く聞きたいし歌いたいです」

「そっか、ならとっとと問題を片付けてしまおう。私の作戦を聞いてくれ」


 先輩が「思いついた手」を僕に事細かに説明してくれた。


 綿密に練られた計画は、多少運頼みも絡んでいるが、人物の性質まで読み切っているし、よく出来ていると思った。少なくとも僕には思いつかない。


 そして確かに僕は体を張る必要がある。でもこれなら、確実に吉沢の脅しのネタに対するカウンターになる。


「分かりました。僕に異存はありません」

「よし、では決行までの準備は任せて欲しい。私の準備が済み次第決行だ」


 僕はぐっと奥歯を噛み締めて覚悟を決めた。無駄かもしれないが、後で殴られるなら何処が痛くないか調べておこうと思った。




 決行当日、今はあまり使われていない軽音部部室に僕は居る。


 スマホで時計を確認して、指定された時間を待つ。大きく深呼吸を繰り返した。


 時間だ。僕は目一杯息を吸い込むと、大きな声で歌い始めた。


 教室の外にまでなるべく響くように、僕は練習したすべてを使って大きな声を張り上げた。いつもの練習の延長だと思えば、声を出すのも気持ちがいいものだ。


 僕が大声で歌っていると、教室の外から騒がしい多数の声が聞こえてきた。歌いながらスマホを取り出し先輩に合図を送った。


「おい!誰だよ!勝手に俺らの部室使ってるのはよお!」


 勢いよく開かれた扉にビクッと体が反応する。ガラの悪い四人組が教室の中にずかずか入り込んできた。


「おい!ここは俺らの部室なんだよ!何勝手に使ってやがんだ?」


 近くの椅子を蹴り飛ばして一人が威嚇してくる。その迫力に気圧されながらも、僕は腹に力を込めた。


「ま、ま、まだぶぶぶ部活動までは時間があり、あり、あります。ぼぼぼ僕は音楽の課題のれれれ、練習をしてました」


 とてつもなくセリフを噛み倒した。恥ずかしさもあるが、今は恐怖が勝っている。


「た、立花先生に、きょ、許可はとってます。ぶ、部活が始まるまでの時間は使ってもいいって」

「テメエの都合何か知らねえんだよ!まともに喋れねえのか?あぁ!?」


 取り付く島もないとはこの事か、しかし先輩の予想通りの展開だ。


「で、でも、この教室は最近部活動で使われていないからって先生が…」

「だから何だってんだ!?テメエが勝手に使っていい理由だってのか?オイ!」


 学校の備品である椅子をいとも簡単に蹴飛ばす。威圧や威嚇の為とは言え無茶をする。


「あ、あ、あの僕この課題を落とせなくて、ひひひ必死なんです。もも、もう少し教室を使わせて貰えませんか?」


 許可を取っている筈の僕の方が萎縮している、四人に囲まれると柄の悪さも相まって圧力が凄い、でももうひと押しだ、僕は気合を入れ直した。


「で、で、で、では許可を貰ってるので歌わせてもらいますっ!」


 僕はもう一度息を吸い込んで周りに構わず歌い始めた。高らかに自由に持てる力をすべて使って、見ていた四人は呆気にとられている。


 それはそうだろう、よく知りもしない人が突然歌い出すのだから、でもここからは僕の仕事と言うよりも。


「何してんだテメエ!やめろってんだよ!!」


 一人が僕の胸ぐらを掴みかかった。僕はそれでも歌を止めない、そんな態度を見て更に四人は激昂した。


「ふざけやがって!!」


 胸ぐらを掴んだ奴が拳を握りしめ振り上げる、殴られる前に口の中を切らないように歌うのを止めて口をぎゅっと閉じた。


「パシャリ!」


 拳で殴りつけられる衝撃の前、無機質なカメラのシャッター音が響いた。流石は先輩、タイミングばっちりだ。僕は呆然としている軽音部に囲まれながら思わずにやけた口元を隠した。




「何か騒がしいと思って来てみたら、校内で暴力?見過ごせないわね」


 先輩は撮った写真をこちらに向けた。


「何すか先輩?別に俺らなんもやってないっすよ」

「白々しい、この写真を見てその言葉を信じてもらえるかしら」


 軽音部の人達は表面上は強気だが、明らかに動揺が見て取れた。


「貴方達、これだけじゃないでしょ?」

「は?」

「調べてきたわ。恫喝に強請り、器物損壊に迷惑行為、ありとあらゆる問題を時間と回数を分けて何度も何度も。ちょっと言い訳出来ないわね」


 先輩は先程撮った暴行直前の写真だけでなく、僕の知らない問題行動を収めた写真を指でスッスッと動かして見せた。


 軽音部の面々は青い顔に変わっていく、写っているのは自分たちだし、何よりその写真は撮られたものよりも、自分達で撮ったアングルのものが多かった。


 自分達の悪行を撮って晒していたのだろう、その行為の意味は分からないが、そうやって問題を起こしニュースになる事は珍しくなくなった。


 先輩はそれをかき集めていたのだ。消しても残るネットから、或いは軽音部から迷惑を被っていた人達から、自分達のした事が今まさに跳ね返ってきたのだ。


「そ、それが俺達だって証拠でもあんのか?いくらだって加工出来るだろ」


 見苦しい言い訳もぴしゃりと止められる。


「裏も証人も見つけた。これを明るみにする時に一緒に証言してくれると約束してくれたよ」


「加えて現行犯だ。暴力の瞬間を見ていた。写真にも収めたし、被害者もいる。教室の様子を見るに随分暴れたようだな、一体どれ程の暴力行為が行われたのか…」


 先輩の言葉に、軽音部はどんどんと追い詰められていった。


「それでどうするんだ?」

「ああ?」

「君達が今行っている迷惑行為を止める気はあるのか?」


 軽音部は先輩の問いかけで何かに気がついたようだ。


「テメエどっかで見たことあると思ったら、吉沢のやろうの一件で俺達に絡んできた奴だな」

「三上と一緒になって俺らを嵌めたのか!」


 今まで僕の事には気がついていなかったようだ。微妙に腹立たしいが、作戦の成功の助けになったと思い我慢する。


「テメエら吉沢の差し金か!」

「その質問に意味はないな、止めるのか止めないのかどっちだ?」


 軽音部は一転して強気な態度に出てきた。


「おいおいおい、俺達に意見出来る立場にあんのかお前ら。いいのかあの写真、バラ撒いて吹聴しちまうぞ。万引き犯の吉沢君ってな、親父にも迷惑がかかるだろうなあ、世間へのダメージもあるだろ」

「俺達は俺達の好きにやるんだよ、今まで財布にしてきた奴らも、物くれるお友達も、好きにさせてくれる女も手放す気なんてねえよバァカ!」


 下品に笑い声を上げる軽音部を見て、先輩はため息をついた。


「まあ元より期待はしていなかったよ、それでも反省して改める気があるなら私も口添えしようかと思ったが、その必要はなさそうだ」


 先輩が教室を出た。僕も軽音部も何だろうと思っていたら、教師達がぞろぞろと入ってきた。


 立花先生は僕の姿を見つけると駆け寄って来た。


「大丈夫かい高森君」

「ええ、僕は大丈夫です。それよりこれは一体」


 僕が呆気にとられていると、他の教師たちが軽音部に詰め寄った。


「お前たちの目に余る問題行動の証拠と、その被害者である人達から証言が寄せられた。三上さんが集めてくれた物をすべて見させて貰ったよ、私達の方でも確認した。お前たち、校長先生からお話があるそうだ。ついてきなさい」


 軽音部の四人は先生に囲まれて連れて行かれてしまった。出ていくのと同時に先輩が駆け込んできて僕の元へ来た。


「葦正君殴られていないよね!?大丈夫だよね!?」


 僕の頬を両手で包み込み、先輩は必死に安全を確認した。


「だ、大丈夫ですよ!そんなことより説明してください!」

「簡単な話さ、私は最初から奴らの蛮行を全部先生達に話したのさ」


 最初の話と違った。僕が暴力を受ける現行を抑えて、それを交渉材料にして吉沢への嫌がらせを止めさせる筈だった。


「そんな!先輩それじゃあ吉沢の事も!」


 僕が言おうとしたその時、吉沢が姿を現した。


「いいんだ高森、これは俺が三上先輩に頼んだ事だから。俺はもう自分のやった事を全部言ったよ、何もかもな」


 吉沢の登場でますます混乱する僕に、先生が取り敢えず場所を変えようかと言って、僕達はいつもの教室に戻るのだった。

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