第18話

 吉沢に連れられて家の中に上げてもらう、豪邸は外から見ても豪華だが、中も驚くほど豪華だった。


 吉沢がお母さんと何やら言い合いをしているが、一方的に切り上げると僕達に付いてくるように促した。


 そのまま吉沢の部屋に僕と愛歌先輩は通される。一人部屋とは思えない広さだった。


「適当に座ってくれ、先輩は椅子どうぞ」

「ありがとう失礼するよ」


 僕は言われた通りその辺の床に適当に座った。


「お前、座布団もあるんだからそこ座れよ」

「いや高かったら汚したら嫌だし」

「馬鹿な事言ってんな、ほらよ」


 吉沢が投げてよこした座布団を受け取って敷く。


「それで、あの時何があったんだよ」


 僕が話を切り出すと、少し言いづらそうに躊躇った後、吉沢は話始めた。


「俺さ、何か根本的に取り巻き体質っていうか、あんまりグループの中心人物になれない人間なんだよ」


 何の話だ?そう思って僕が口を挟もうとした時、先輩が口に人差し指を当てて、黙って聞くようにジェスチャーした。


「それでいつもイキったグループの中にそれとなく入り込んでた。そうすれば少なくとも自分が対象になる事はないし、数の力ってのは安心感があった」


 確かに吉沢はいつもグループにくっついている感じではあった。主張しすぎず、かと言って目立たすぎないような、僕は正直嫌いなタイプだ。


「俺はいつもそんな感じで、誰かの何かを馬鹿にしたり、茶化したり、そうやって強い気になっていたんだ。高森にやったような事を他の人にも」

「悪い吉沢、そこは飛ばしてくれないか?」


 僕はその話をされても今は気分が悪くなるだけだ。余計な諍いは避けたい。


「分かった。だけどもう少し関わってくるから聞いてくれ」


「お前が坂田に立ち向かったあの時に、坂田に引っ付いていた俺達取り巻きは、何だか目が覚めたようにバラバラに散っていった。先生から注意されたり、裏切り者探しが始まったり、そんな事もあったけど一番の理由は馬鹿馬鹿しくなったんだと思う」


 人の事を散々にいじめておいてどんな言い草だ。僕は怒鳴りつけてやりたくなったのを拳を握って落ち着かせた。


「当事者のお前にしてみればふざけた話なのは分かるよ、だけど本当に一瞬で皆冷めきったんだ。高校生になってまで何やってるんだって、あの後も文句を言ってたのは坂田と、仲が良かった二人だけで、他の皆は離れていったよ」


 分裂の理由は大体噂通りだったんだな、僕はそんな事を思った。


「皆坂田の影で色々やったせいで、嫌われて避けられて腫れ物扱いされてた。俺もそうだったけど自業自得だ。馬鹿だよ本当に、俺達がやってたのは弱い者いじめでもない、ただ数の力で強くなった気になってただけだ」


 そう言って吉沢は自嘲的に笑った。まだ許す気にはなれないが、少しだけ吉沢の事が分かったような気がする。


「不安だったんだなお前も」

「ああ、そうだな。その通りだと思う」


 誰だって悪意の対象になるのは嫌だ。だけど誰がいつどう悪意に選ばれるかは分からない、切っ掛けも何もかもそれらは理不尽に唐突に訪れる。


 そんな時虐げられるより、虐げる側に居れば安心してしまうのは、誰でも同じ事だと思う。僕だって立場が逆ならどうだったか分からない。


「それで一人になったのはいいが、俺は言いしれない不安感に襲われた。孤独よりもっと孤独な感じ、誰も味方してくれないような、そんな気分だ」


「味方なんて居るわけない、俺がその芽を摘んできたんだから。だけどそうだと分かっていても、怖くて苛ついてどうしようもなくなった」


「そんな時だ。俺は魔が差した。コンビニで万引きをしようとした」


 吉沢が切り出した話は僕として思いもよらない事だった。


「万引きってお前っ!」

「分かってるよ!俺は大馬鹿だ!だけどよ、どうしようもなかったんだ!」


 思わず声を荒らげてしまったが、吉沢もまた感情を露わにした。僕がたじろいでいると、今まで黙っていた先輩が口を開いた。


「吉沢君、君は盗らなかったんじゃないか?」

「え!?」


 僕と吉沢は同時に声を上げた。


「何で分かったんですか?」


 吉沢は先輩の言葉に明らかに狼狽えている。


「勘。だけどそれ以上に軽音部の存在が絡んでくる筈だ。推測だが、その行為の場面を写真等で抑えられたんじゃないかい?抑えるなら盗った後より盗る瞬間だ」


 そう言えば僕は軽音部の存在をすっかり忘れていた。そして吉沢につきまとう問題の本質がどこにあるのか、流石の僕にも分かった。


「その写真で脅されてるのか…」

「そうだよ、その通りだ」


 吉沢はがくっとうなだれた。


「ここでかい家だろ?親父がさ、有名なミュージシャンなんだ。俺はその一人息子、スキャンダルとかさ、迷惑になるから」


 そうだったのか、吉沢の親がそんな凄い人だったなんて知らなかった。でも有名人の身内ということは、確かに人一倍スキャンダルに敏感にならざるを得ないだろう。


 叩きやすい材料さえあれば、いくらでも叩くのが無関係な人の性質だ。それが悪事だと知っているなら尚更。


「軽音部の奴ら、俺の親について知ってやがった。音楽やってりゃ知ってるのかもしれないけど、だからこそ俺を強請るのに丁度良かったんだ」


「親父は大体色んな所に出張してる、日本だけじゃなく海外とか。それで家に帰ってくる事はめったにない」

「そうなのか?」

「小さい頃からずっとそうさ、まあでも仲は悪くないよ。ギターとか弾き方教えてくれたし」


 吉沢の親にそんな事情があったとは、そしてこんな豪邸が建てられるということは、相当に有名な人なのだろう。


「それで、軽音部は君から何を得た?金銭の類いか?」


 先輩が聞くと吉沢は首を横に振った。


「あんまり直接的な事はしてこない、ただ、この家に本格的なレコーディングスタジオがある。機材も楽器もある。親父が仕事の為に作った物だけど、家に殆どいないからいつも空っぽだ」


「そこを使わせろって強請られてるんだ。好き勝手に使われていて、後始末もしていかない。高い機材もあるから母は心配しているんだが、俺には文句を言う事が出来ない」


 成る程そうか、軽音部のSNSに書かれた「便利な秘密基地」は、吉沢家のレコーディングスタジオを自由に使う事が出来る事を指していたんだ。


 だから軽音部は部室に来る頻度も減った。もっといい環境が自由に使い放題なのだから、自分たちの手には余る豪華なおもちゃが。


「そういう事だったのか、やっと話が繋がったよ」


「吉沢があの時坂田にキレたのも、お父さんの事があったからなんだな」


 吉沢は黙って僕の言葉に頷いた。


 誰にも相談できずに、自分の大切な場所を好き勝手に使われて、それに対して何も出来ないでいる。


 そんな吉沢に対して、坂田は持ち前の無神経さで地雷を踏み抜いた。何処から聞きつけたか分からないけれど、軽音部の事を持ち出されたら感情を抑えられないのも無理はない。


「なんて言ったら良いのか、正直僕には分からない。だけど、その、吉沢も辛かったのは分かる。それに誰かに助けて欲しいって思っているのも分かる。だから僕に出来る事をするよ」

「高森…でも、もう何が出来るんだ?俺にももう何も分からない…」

「諦めるなよ!何か手が!」

「あるぞ」


 先輩があっさりと言うので、僕達は目を丸くした。


「何か手があるんですか!?」


 僕が先輩に聞くと、先輩は頷いた。


「あるさ、だって相手は悪どい手を平気で使ってくる。そしてそれを躊躇もしない、人の尊厳を容易く踏みにじる」


「手段を選ばないって事は、手段を選ばれないって事だ。悪ふざけにしては高くついたな軽音部」


 僕は驚いた。先輩が始めて見せる感情だ。


「先輩、怒ってるんですか?」

「怒っているよ、同じ音楽を志す者としても人としても」


「吉沢君が間違ったことをしたとしても、それは吉沢君本人の問題だ。彼が向き合うべき問題だ。脅しの材料にして好き勝手にするなんて以ての外だ」


「君が間違いに向き合うと言うのなら私も力を貸そう。どうだい吉沢君?」


 先輩は吉沢に問いかけた。


 結局の所、この問題を引き起こしたのは身から出た錆でもある。吉沢は未遂とは言え万引きという犯罪を犯す所だった。


 しかしそれは、自分の居場所をなくして混乱して弱った心のせいでもある。それに本当に盗ったかは分からない、寸前でいけない事だと気づけたかもしれないし、やったとしても自分で罪を償えたかもしれない。


 しかし今の状況は違う、軽音部は吉沢から問題と向き合う事を奪い、そして家族の大切な物を好き勝手にしている。


 吉沢は先輩の目をまっすぐと見据えて、涙を堪えながら言った。


「助けてください!俺の罪は必ず償います!だからせめて、大切な物だけは取り戻させてください!」


 僕は崩れ落ちる吉沢の肩を叩いた。そして先輩と目を合わせると、同時に頷いた。


「きっと方法を見つけるよ、もうお前は一人じゃない」


 僕は吉沢にそう強く語りかけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る