第17話

 立花先生は僕達の様子を見に来ただけのようだった。顔を出しに立ち寄ってくれたそうだ。


 目下の問題である軽音部について、先生は色々と調べたりしなければならないのだろう。僕と愛歌先輩の話を聞いた後では大事になる可能性もある。


 先生が去った後僕は先輩に話しかけた。


「何だか問題の大筋は見えましたね」

「そうだね、そして鍵になるのが軽音部が持つ吉沢氏に対する何かか…」


 僕も先輩も頭を捻った。一番重要な事は分かっていても、その中身については検討もつかないのだ。


「どう動きましょうか?」


 僕には正直上手い手が思いつかない、見捨てないと決めた手前格好がつかないが、本当に何も思いつかない。


「そうだね、ここは一つ直接的な手で行こうか」

「どうするんです?」

「吉沢氏と直接会う、そして聞くんだ。一体あの時何があったのかってね」


 僕は焦った。そんな事をして大丈夫なのだろうか。


「で、でも、あまり触れない方がいい事なのでは?」

「そうだろうな、怒りもするだろう。しかしそれだけでは問題の解決にならないのは、吉沢氏が一番理解しているのではないかな?」


 そう言われると確かにそうかもしれない、僕はそう思った。


 理由は吉沢が泣いたということだ。大人に囲まれていようと感情を露わにした事には、意思というか意地のようなものを感じる。


「ですがどうやって会いますか?」

「そこは問題ない、吉沢氏の家に向かうぞ」

「はへ!?」


 先輩はさっさと荷物をまとめて準備を始めている、置いていかれないように僕も荷物を鞄に突っ込み、一緒に学校を出た。




 学校から出て歩きながら僕は先輩に聞いた。


「先輩、どうして吉沢の家を知ってるんですか?」

「これを見てみろ」


 先輩はスマホで写真を開いて僕に見せた。


「これって?」

「先生の話にあった軽音部の一人のSNSアカウントだ。そしてその写真の家が吉沢氏の自宅だ」


 あのコンビニでの騒動で見覚えのある四人組が、吉沢を囲んで豪邸をバックに写真を撮っていた。コメントには「便利な秘密基地」と添えられている。


「これはスクリーンショットだ。騒動の後から鍵付きに変えられていた。一応他の部員も調べてみたが、皆鍵付きに変更されていた」

「先輩、軽音部が関わっているの知っていたんですか?」


 鋭い人ではあるが、そこまでとは思わなかった。


「いや関わりを知ったのは今日だ。しかしあの時見た顔を、音楽室の近くで見かけた事があった。それで軽音部に所属しているのを知ったんだ。それを辿ってSNSのアカウントを見つけた。写っていたのが絡まれていた吉沢氏だったから消される前に保存しておいた」


 それはそうか、いくら先輩が出来る人だと言っても流石にそれは出来すぎている。しかし問題のありそうな箇所をしっかり保存しておいてあるのは流石だ。


「他にも何枚かスクリーンショットで保存しておいたが、どうやら彼の家に軽音部は入り浸っているらしい。部室で見かける事が減ったのもそれが理由だろうね」

「他人の家にですか?」

「うん、普通じゃない。だから先生から話を聞いた時に思った。吉沢氏は軽音部に何か決定的な弱みを握られているのだろう」


 成る程、吉沢はそれを使って脅されているのか。


「だけど何故吉沢の家に?」

「それは聞いて見ないと分からない、単純に豪邸だからか、それ以上に何か理由があるのか…」


 吉沢の家に一体何があるのだろうか、僕はますます気になってきた。


 しかし吉沢の家がこんなに豪邸だとは知らなかった。意外に裕福な家庭に育っているんだな、そんな事を考える。


「あれ?でも何で先輩住所まで知ってるんですか?」

「大きい家だし外見も目立つだろ?調べたら場所だけなら簡単に出てきた。プライバシーは何処へやらと言った所だね」


 情報の共有もいとも簡単に行える今、目立つ家というのは話題にあがりやすいのだろう。恐ろしい話ではあるが、今は助かった。


 そうこうしている内に写真の通りの家の前についた。表札には吉沢と書かれている、まだ分からないが吉沢の自宅の可能性は高そうだ。


 さてどうしようか、僕がそう思っていると先輩は何の躊躇もせずにインターホンを押した。


「せ、先輩!?」


 慌てる僕をよそにスピーカーから声が聞こえてくる。


「どちらさま?」


 女性の声だ。吉沢の母親だろうか。


「失礼します。私達吉沢海人君と同じ学校に通う、三年生の三上と二年生で同じクラスの高森と申します。海人君はご在宅でしょうか?」

「どんな用事ですか?」


 スピーカーの向こうの声は少しくぐもった。警戒されているように感じる。


「実は担任の遠藤先生から預かり物がありまして、中学の同級生だった高森が届けるように頼まれたんです。私は彼の付き添いです。実は彼今喉を痛めていて声が出しにくく、代弁が必要でして」


 僕はカメラに向かってコクコクと頷いた。これなら二人で来た理由も、テンパって喋れない僕のフォローにもなる。


「…分かりました。少々お待ち下さい」


 僕はほっと胸を撫で下ろす。どうやら一応取り次いでは貰えるようだ。


「先輩、助かりました」

「まだだよ、彼が出てこなければ話にならないからね」


 吉沢は出てくるだろうか、一応あの時の当事者でもある僕と先輩の名前を聞いたら、何かしら行動を起こしてくるとは思うが。


 僕達が待っていると家の扉が開いて吉沢が出てきた。こちらに歩いてきて門を開くとついてこいと言って歩き出す。どうやら家から離れたいようだ。


 僕達は吉沢に付いて行った。少し家から離れた所で、不機嫌そうな顔で僕らを睨みつけてくる。


「何なんだよお前ら、俺に何か用でもあんのか?」




 態度の悪い吉沢にイラッとするも、僕は口を開いた。


「さ、さっきぶりだね」

「何だお前、そんなくだらない事言いに来たのか?」


 何だよ、ただの挨拶じゃないか。睨まれて萎縮する僕をかばうように先輩が前に出る。


「世間話は必要なさそうだから本題に入ろう、君は何をネタに軽音部から脅されているんだ?あのコンビニでの出来事が切っ掛けか?」


 吉沢の体はびくっと動いて反応した。


「何すか先輩?あんたも俺を脅そうってのか?どいつもこいつもふざけやがって」


 怒りに体を震わせて吉沢は先輩に近づこうとする、僕はその間に立って止めた。


「脅したいんじゃない!何か困ってるんだろお前!」

「だから何だ!お前には関係ないだろうが!」

「ああ関係ねえよ!!そんな事承知の上でお前が困ってんなら力になりたいって言ってんだ!!」


 怒鳴りつけてくる吉沢に僕も精一杯怒鳴り返した。


「お前、それこそ意味分かんねえよ。俺はお前をいじめていたグループの一員だったんだぞ」


 うろたえる吉沢に僕は畳み掛けた。


「ああそうだよ、お前には散々声の事でからかわれて、僕はすっかり自信を失ってた。ムカついてるよ、助ける義理もないよ、だけどお前が困ってるの見ちまったら放っておけなくなったんだよ!それは僕が嫌いだった助けてくれない周りの他人と一緒だからだ!」


 僕は思わず叫んでいた。喉が焼けるように熱くなった。


「高森…お前…」


 先輩は僕の背中をぽんぽんと叩くと、もう一度前に出て言った。


「二人の間にあった事はこの際置いておこう、君も葦正君が本気な事は分かっただろう?私は君を助けたいんじゃない、彼を助けたいんだ。悪いようにはしないから話してごらんよ」


 ばつの悪そうに顔を背けた吉沢に、先輩は優しく微笑みかけた。僕はもう一度息を大きく吸い込んで、吉沢に言った。


「何か理不尽な事で悩んでるなら話した方がいい、僕が力になれるか分からないけど、見捨てないと決めたから」


 吉沢は観念したように肩を落とした。そしてため息をついた後言った。


「ここじゃ何だからついて来いよ、家で話すよ。三上先輩も生意気な口聞いてすみませんでした」

「気にする事ないよ、葦正君がいたし」


 それを聞いて吉沢は少しだけど笑った。始めて眉間のシワが取れた顔を見た気がした。

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