第15話

 動画投稿を始めてから、僕と愛歌先輩は追加で三曲作って投稿した。


 オリジナル楽曲と言う事で最初こそ見向きされなかったが、少しずつだが再生数も増え、コメントや感想を残してくれる事も増えてきた。


 曲作りは先輩が、歌は僕が、収録と練習は立花先生が続けて手伝ってくれた。何度か繰り返している内に、僕にも段々と自信が付き始めていた。


 体力作りも兼ねて夜に縄跳びを跳ぶことも始めた。同時にリズム感を鍛える為に歌うことも忘れない、生活の一部に音楽が組み込まれていた。


 先輩の曲作りもますます力を増していた。表現の幅が広がり、様々な技法を取り入れるようになった。先生は教える度にみるみる吸収していく先輩の実力についていくのが大変だと漏らしていた。


「とまあ、最近はこんな感じかな」


 僕は柴崎とベンチに座って話していた。


 柴崎とまた話そうと言ったものの、下級生とそう簡単に再会しないであろうと、僕は半ば諦めていた。


 しかし意外な事に柴崎とはすぐに再会することになった。廊下で盛大に転んでノートをぶちまけていたのを助けた相手が柴崎であった。


 それからはよく初めて会ったベンチに集まってよく話すようになり、柴崎にも聞いてみて欲しいと動画を勧めてから、先輩達と音楽作りをしている事も話す事が出来る仲になっていた。


「私新作聞きました!「疾風」すごく良いですよ!」


 柴崎は目を輝かせて言った。「疾風」は一番最近投稿した曲で、名前の通り駆け抜けるような爽快感たっぷりの曲だった。


「ありがとう、歌詞が早口言葉みたいでちょっと難しいんだけどね」

「でも先輩の歌すごく良くなりましたよ。確かに三上先輩の曲は凄いですけど、今は負けず劣らずだと私は思います」


 僕は柴崎の言葉に思わずじーんときた。きちんと聞いた上で感想をくれるから柴崎は本当にいい奴だ。


「柴崎も作詞の相談に乗ってくれてありがとうな、すごく助かってるよ」

「いえ、そんな、私なんて、きょ恐縮です」


 柴崎と話すようになって、彼女が文芸部に所属している事を知った。そこで詩を読んだり書いたりしていると聞いてから、僕たちが一番の悩みにしている作詞について相談を持ちかけた。


 最初の内は自分には無理だと猛反対を受けたが、根気よく頼み込み、助けてくれと訴えかけた所、少しずつ相談に乗ってくれるようになった。


「いや本当に助かってるんだ。だけど無理はしなくていいからね、無理を言った僕が言うのも変な話しだけど」

「あ、いえ、無理はしてません。それに先輩には何度も助けて頂いていますし、礼には礼をもって尽くせって昔からお婆ちゃんによく言われているんです」


 本当にいい子だ。柴崎と居るとなんだか気分がほっこりする。


「最近視線はどう?まだやっぱり気になる?」


 僕が自分の目を指さして聞くと、柴崎は前髪を触って視線を落とした。


「そうですね、まだやっぱり気になります」


 柴崎には相談するだけでなく、相談も受けていた。


 彼女の目の色は、非常に色素が薄くて明るい茶色をしている。ガラス玉の様な綺麗な色だ。


 しかし小学生の頃、その目について男子からからかわれてから、人と視線を合わせる事が苦手になってしまった。目を見れないでいたら、自然と会話も苦手になっていったと言う。


 結果的に柴崎はとんでもなくあがり症になってしまった。前髪を目が隠れるまで伸ばして、伊達メガネをかけて少しでも目立たないようにしていた。


 柴崎はそれから人と話すことを避けて、本を読むことに傾倒していったらしい、詩を書くようになったのも、上手く喋れない自分の気持ちを吐き出す為の手段だ。


 僕も声の事で今も悩んでいる、今は理由を見つける事が出来たとは言え、いつそれが崩れ去るかは分からない。


 境遇が似ている事もあって柴崎の悩みを僕はなるべく聞いてあげたいと思っていた。


「でもこうして先輩が話しを聞いてくれるだけでも少し楽になるんです。それに先輩達の音楽にも勇気づけられるんですよ」

「僕たちの?」

「ええ、先輩は声の悩みを強さに変えたじゃないですか。だから私もきっと、いつかこの悩みを別のことに変えていけるかもしれない、そんな気がするんです」


 柴崎はそう言ってはにかんで笑う、そんな風に思ってくれているなんて、僕は嬉しくなった。


「なあ柴崎、やっぱりあの話考えてみてくれないか?」


 僕は柴崎を作詞担当に誘っていた。


 僕が柴崎から作詞の相談を受けて提案した時、先輩はすぐに僕の意見ではなく、他の誰かの意見だと気がついた。


 それからというもの先輩は柴崎にご執心だ。自分たちにない豊かな才能を持つ彼女が加わってくれれば、作詞についての悩みが一気に減る。


 それだけでなく、先輩は本気で柴崎の能力を買っていた。今の所何とか形になってはいるが、僕達の目下の懸念は作詞能力だった。


 いつか必ず追いつかなくなる時がくることは分かっている、その前に新しい風を取り入れたいと僕も思っていた。


「先輩のお誘いは嬉しいんですが、やっぱりまだちょっと、私が加わるなんて考えも出来なくて…」

「そうか、いや悪かったよ。相談に乗ってくれるだけでもありがたいのに、無理言ってごめんね」

「そんな事ないです。先輩は悪くありません。悪いのは私ですから」


 そう言って柴崎はまた前髪をいじって目を隠してしまった。


 柴崎は愛歌先輩が怖いと言う、確かにそこそこ長く一緒に過ごした僕は麻痺しているが、先輩は学校内では注目の的だ。


 そんな人と親しくしていたら、影で何を言われているか分からない、実際僕も何かしら言われているのだろう。


 僕は慣れているし、直接言われるよりも気にならないからマシな方だが、柴崎は違う。常に周りに気を使ってアンテナを張り巡らせている彼女にしてみれば、些細な悪意でさえも大きな障害になりうる。


「何度も言うけど自分を責めるのだけは駄目だよ柴崎、君は目の色を選んで生まれた訳じゃない、本来持ち合わせている物なんだから。自分が悪いなんて悲しい事言わないで欲しい」


 僕も自分の声が嫌いだったから分かる、そうやって自分を責める時間はあまりにも不毛だ。


「それに僕は柴崎の目はすごく綺麗だと思うよ、ガラス玉みたいに透き通っていて、まるで宝石みたい」

「え?」


 柴崎が顔を上げて僕の方を見る。


「自分はそれが嫌いでも、誰か一人でもそれが長所だと思ってくれていると、案外救われる事もある。柴崎がいくら目の事が嫌いでも、僕が気に入っていると思えばちょっとは楽にならないかな?」

「あ、あ、あの、わた、私…」


 そんな事を話している内に予鈴が鳴ってしまった。僕達は急いで荷物をまとめるた。


「またよろしくね柴崎、じゃあ僕はこれで!」

「はい!先輩ありがとうございました」


 僕達はそれぞれの教室へ帰っていった。




 僕が教室に戻ると、何だか騒然として野次馬がクラスの前に集まっていた。


 何だろうと思って様子を伺っていると、山口と佐藤が声をかけてきた。


「よう高森、見かけなかったから心配したぜ、中の事お前じゃ無かったんだな」

「山口、佐藤、一体何が起きたんだ?」

「それがな」


 事情通の佐藤が事のあらましを説明してくれた。


 僕との一件があってから、坂田達のグループは崩壊していた。


 煙たがられ、迷惑がられていて、鼻つまみ者であったが、坂田だけは二人程の取り巻きを引き連れて、無意味な虚勢を張っていた。


 そのせいで余計に嫌われ者になっていたのだが、誰からも相手にされなくなったからか、今度は離れていった昔の取り巻き達に絡み始めたという。


 そして今日のこの騒動を引き起こしたのは、あの吉沢らしいと佐藤が教えてくれた。


「吉沢が…」


 先輩と買い物に行く途中、コンビニで絡まれていた吉沢を助けて以来接点はない、だからあまり気に留めていなかったが、一体何があったのだろうか。


 僕達がざわついている間に先生達が駆けつけて、野次馬達を解散させた。


 教室に入れないでいた生徒達を一旦廊下に待機させて、中で何やら話している。皆が口々に不安や不平を話し合っていた時、突然中から怒声と大きな音がして、扉が開かれた。


「道開けろ!ほら!どいてどいて」


 生徒指導の先生が、他の教師と二人で誰かを担いでいる。近くで見た訳ではないのでハッキリとはしなかったが、坂田が顔を殴られているようだった。


 続いて取り巻きの二人も別の教師に連れられて教室を後にして、最後に担任の遠藤先生が吉沢を連れて出てきた。


 吉沢は泣きはらした目をしていた。僕がそれを見ていた事に気がついたのか、睨みつけた後顔を逸らす。そのまま遠藤先生に隠されるように、吉沢も何処かへ連れて行かれた。


 何が起こったのか分からないまま、授業は自習に切り替わった。生徒たちのざわめきは、坂田の噂話ばかりだったが、僕は一人だけ吉沢の事が気になっていた。


 心配とかでは決してないが、色々と因縁のある相手でもある。彼は坂田達だけでなく、あの時絡まれていた四人組との問題も抱えているだろう。


 しかし僕にそれを知る術はない、気がかりでもやもやとした気持ちを抱えたまま、午後の時間が過ぎ去るのを待った。今は何故か一刻も早く愛歌先輩に会いたいと思っていた。

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