第14話

 帰宅した母に見つかってしまった愛歌先輩は、そのまま捕まって根掘り葉掘りの雨あられの如きトークに付き合わされていた。


 僕は申し訳ないと思いつつも、兄と一緒にその場から少し離れた。


「まあ、じゃあ愛歌ちゃんは葦正のお友達なの?」

「はいそうです。葦正君にはとてもお世話になっています」


 母親の華やいだ黄色い声は聞くに堪えない、あからさまにはしゃぐ母を出来るだけ視界の隅に追いやり、僕は兄に話しかけた。


「それで、音楽を投稿するにはどうしたらいい?」

「まあ基本的にはそのまま上げていいんだけど、曲だけだと誰も見向きしない」


 えっと声を上げた僕に、兄は説明をする。


「どれだけいい曲でもな、動画で見る以上視覚にも訴えかける何かが必要だ。お前もミュージシャンのMVとか見たことあるだろ?歌や曲だけじゃなくて色々な工夫と個性が取り入れられてるんだ」


 それはそうか、確かに楽器を演奏して歌を歌うだけでなく、踊っていたりドラマ風に仕立てられていたり、アニメ映像と重ねられていたりとバリエーションは様々だ。


「それに動画やネット、それに普通の世間だって良いものが流行るとは限らない、どっちみち金もコネもない素人は博打に近いな」

「そんなもん?」

「そんなもんだ。世知辛いがな」


 何となくネットに発表すればそのまま評価されるのではと、僕は軽く考えていた。先輩の曲にはそれだけの力があると信じて疑わなかったし、僕たちの作った音楽はいい出来だと思っていたからだ。


「だから皆工夫するんだ。最近はバーチャルアバターをデザインしてそれを外側に使ったりな、良いデザインとモデリング技術があれば、可愛いのもかっこいいのも自由自在だからな」


 そう言えばその手のコンテンツが、現実世界の有名なコンサート会場でライブを行ったとかを聞いたことがある。


「ごめん兄ちゃん、僕そう言うのさっぱりで。どうすればいいと思う?」

「そうだな、俺は葦正が全面に出ていくような出し方は無理だと思うから。アニメーションとまでは言わないが、静止画でイラストを挿し込むのが良いと思う」


 イラストか、僕にはまったく絵心がない。先輩の方はどうだろうか、僕の視線に気がついたようで、先輩は母に断りを入れて僕たちの方に混ざってきた。


「どうかした?」

「先輩、絵とか描けます?」


 僕と兄は先程までの会話を先輩に説明した。


「成る程なら答えは簡単だ。私にその手の技術はない」


 先輩も駄目か、僕は話が行き詰まってしまったのを感じた。


「まあそれもそうだろう、だからここは俺に任せておけよ」

「何か考えがあるの?」

「あるから言ってんだ。三上さん俺にも音楽のデータ貰える?」

「勿論構いません」


 先輩は兄にデータの入ったUSBメモリを渡した。


「それから二人に聞きたいんだけど、この曲を誰かに聞かせても構わないか?」

「僕は大丈夫だけど、先輩はどうです?」

「誰に聞かせるかによります。この曲は大切なものなので」


 僕は少し意外に思った。先輩なら色よい返事をすると思っていたからだ。


「大丈夫、ないがしろにするような奴には聞かせないから」

「お兄様がそう仰っしゃられるなら信頼できます。生意気な事を言ってしまい申し訳ありません」


 相変わらずの先輩の丁寧な物腰に、兄は戸惑いを隠せないでいる。そうこうしている内に、いつの間にか台所に立っていた母が声をかけてきた。


「愛歌ちゃんご飯食べてく?いいものじゃなくて申し訳ないけど」

「あ、いえもういい時間なので帰ります。お気遣いいただきありがとうございます」

「あらそう?そうねご両親にご迷惑かける訳にもいかないし、遅くなる前に帰らないとね」


 先輩は母と兄に丁寧な挨拶をした。母は何故かずっとニコニコと笑っていて嬉しそうにしている、兄は軽く手を振ると貰ったデータを持ってさっさと二階の自室に上がってしまった。




 元よりそのつもりであったが、母から強く言われて僕は先輩を駅まで送り届けていた。


「楽しいご家族だね葦正君」


 先輩は理由不明だが僕の家族を気に入ってくれたらしい、何が琴線に触れるかは分からないものだと思った。


「賑やかなのは確かですね、迷惑じゃありませんでしたか?」

「迷惑だなんて、とても楽しい時間を過ごさせて貰ったよ」


 それならいいか、僕はそう思った。隣を歩く先輩が鼻歌で「約束」のフレーズを歌っている。


「改めていい曲ですよね」


 僕がそう言うと先輩はとびきりの笑顔を僕に向けた。


「そうだろう?葦正君のお陰だよ。実はこんなに良いものが出来上がるとは思わなかったんだ」


「あっ!葦正君の歌が駄目とかそういう事を言いたい訳じゃないぞ?なんて言うか、想像以上だったんだ」


 慌てる先輩の姿が可愛らしくて、失礼かもしれないが少しだけ笑ってしまった。


「大丈夫です。先輩がそんな事言う人じゃないのは分かっているんで、それより想像以上って?」

「うん、今まで一人で曲を作ってきたでしょ?正直私はそれでも満足していたんだ。目的の空には届かないかもしれないけれど、何か一つ特別な物を見つけられた気がしてさ」


「上手くいかなくてもさ、何かに夢中になれるって凄い事じゃない?だから私は空が完成しなくても、それはそれでそんなものかって思っていた」


 先輩は暗くなり始めた空に手を伸ばした。


「そんな時に君に出会った。私の中に無い音を持つ君に、私はそこで衝動を理解した気がした。葦正君を探さずにはいられなくなったんだ」


「きっといつかあの空に届くとそう思ったから」


 僕と先輩は途中から足を止めて見つめ合っていた。話に夢中になっていた。


「か、買いかぶりかもしれませんよ?」

「それならそれでもいいさ、君と行ける所まで行けるのなら」


 にかっと眩しい笑顔を浮かべる先輩、僕は直視するのが恥ずかしくて少し顔を背けてしまった。


「僕も一度決めた事ですし、やれるところまでやってみます。先輩が僕を必要としてくれるなら」

「なら安心だな、私の曲はもう君の声なしでは完成しない」


 先輩はまっすぐだ。目的にも自分にも、叶えたい願いに何処までも走り続けられる。僕はどうだろうか、この人についていきたいと思っているが、その隣にいていいとまだそう思うことが出来ない。


 いつかより相応しい誰かが現れるかもしれない、その時僕は素直にその場所を譲る事が出来るだろうか、嫉妬や恨みを持たず潔くいれるだろうか。


 そんな無駄な事を考えてしまう、先輩はこんなにも僕の事を信じてくれているのに、僕はそれを信じる事がまだ出来ない。


「行きましょうか、暗くなったら危ないですから」

「そうだね、送ってくれてありがとう葦正君」


 僕は黙って先輩の隣を歩いて駅まで送り届けた。いつか僕も、心から僕の事を信じてみたい、先輩が信じてくれている僕の事を。


 歌を歌い続けた先にその答えがあればいいなと思う、僕が先輩の隣に居ることが出来るのはその間だけだから。




 動画について頼んでいた兄からメッセージがあった。


 本文にはサイトのURLだけが貼り付けられていた。それをタップして開くと、動画サイトが開かれた。


 そこで流れていたのは「約束」だった。動画には美麗なイラストが載せられており、驚く事に少しだがアニメーションまで加えられていた。


 先輩と一緒にそれを見ていた僕は、急いで兄に連絡を取った。


「おお、葦正。動画見たか?」

「見たよ、ビビったよ、一体どういう事?」


 兄は先輩から受け取った曲を、大学内でイラストを描いている人や、アニメーションを勉強している人に聞かせて回ったらしい。


「皆曲聞いて驚いてたよ、収益は一切ないけどPV作るかって聞いたら、皆喜んでやってくれたよ」

「そんな、悪いですよお兄様」


 兄の驚きの報告に、思わず先輩が声を上げる。


「あれ三上さんも居るの?なら丁度いいや、皆から伝えてくれって頼まれたんだ。感動したってさ、協力する理由はそれだけで十分だってよ」


 流石の先輩も驚き戸惑っていた。僕も同じように驚いていたが、先輩より先に正気を取り戻して言った。


「兄ちゃん、あの、ありがとう!」

「頑張れよ葦正、三上さんもな」


 それだけ言って兄は電話を切った。こうして形になったものを見ると、改めて感動がこみ上げてきた。僕は先輩に向かって片手を上げた。


「先輩っ!」


 僕の声を聞いて先輩もハッと我に返る、そして僕と同じように片手を上げるとハイタッチを交わすのだった。

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