第12話
歌の収録から数日経ち、とうとう二人にとって初めての曲「約束」が完成した。
「出来た!出来たあ…」
愛歌先輩は両手を高々と天に突き上げて完成を宣言すると、その後力が抜けたのかへなへなと椅子に落ちるように座った。
「だ、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。ちょっと力が抜けてしまっただけだ。それより葦正君、聞いてみてくれないか?」
先輩がイヤホンを渡すのでそれを受け取る、僕がそれを耳に付けると先輩が再生のボタンを押した。
流れ出しは何度も繰り返し聞いたあの曲だった。しかし、そこに僕の歌声が足されている。
自分の歌声を聞くのは不思議な感覚だった。だけどそれが先輩の作った曲と見事に調和している、曲のメリハリもしっかりと表現出来ているし、ポップな音の連なりも声と合わさると、また違った印象を覚える。
自画自賛のようで恥ずかしくも思うが、この曲は完成している。僕は本能でそう思った。
そして先輩が作ったばかりの「約束」より遥かに良くなっているように感じる、先輩の顔を見ると満足そうに頷いている。どうやら同じ事を考えているようだ。
曲を聞き終えた僕はイヤホンを外すと、先輩は目を輝かせて僕に顔を寄せてきた。
「どうだい?凄いだろう!?いい出来だろう!?完璧だろう!?」
「せ、先輩落ち着いてください」
興奮する先輩を宥めすかし、僕は今一度言う。
「本当に凄いです。自分の歌声とは思えませんし、それ以上に曲の完成度が段違いに良くなりました。感動してます」
本当は言葉にするのも陳腐に思える程に感動していた。だけどこの感動を先輩に伝えたい、言葉を見つけられない自分がもどかしかった。
先輩は僕の両手を握りしめ、とびきりの笑顔を向けて言った。
「葦正君のお陰だ!私は君の声をずっと探していた気がする。本当にありがとう!」
先輩の柔らかい手に包まれて、向けられる可憐な笑顔に僕は赤面して顔を背ける。曲を聞いた時より感動して嬉しいかもしれない、そんな事を思ってしまった。
「そんな事、僕こそお礼を言いたいくらいです。愛歌先輩ありがとうございます。僕の声に価値を与えてくれて、僕の弱さを力に変えてくれて、本当にありがとうございます」
僕は思い切って手を強く握り返して先輩の顔を見据えた。そして心からのお礼を述べる、これは本心だ。先輩のお陰で僕は歌と出会い声を音楽に変える事が出来た。
先輩は僕の手を握っている事に気がついたのか、ぱっと手を離して顔を赤くした。
「ご、ごめん葦正君、思わず手を握ってしまった」
今更そんな事を言い出す先輩の姿が何だか可笑しくなって、僕は笑った。先輩も同じように可笑しくなったのか、お互いに笑い声を上げあった。
「兎に角!これで記念すべき一曲目は完成した。今すぐ聞かせたい人がいるんだが、葦正君も一緒に来るだろ?」
「勿論です」
僕と先輩は立花先生の元に向かった。
先生は黙って曲を聞いていた。目を閉じ深く聞き入っている、時折楽しそうにメロディーを口ずさんでいる。
聞き終えて暫くは目を閉じ黙っていた。先生は余韻を楽しんでいるように見えた。僕は早く先生から感想を聞きたくてソワソワしていた。
「素晴らしい。本当にそう思うよ」
先生は目を開いて一言、ただゆっくりとそう言った。
「三上さんの曲が素晴らしいのは勿論だけど、高森君も本当によく頑張ったね。技術とかまだまだの所もあるけれど、それを差し引いてもこれ程の成長は手放しで称賛出来るよ」
僕が先生の言葉に返事する前に先輩が身を乗り出して言った。
「そうでしょう!葦正君の歌がこの曲の完成度を大きく高めてくれたんです!練習も欠かさず、よりよいものに仕上げてくれました」
先輩の方が僕より嬉しそうに僕を語るので、嬉しさと気恥ずかしさに戸惑う。
「本当にその通りだと僕も思うよ、三上さんの曲は完成しきっているように思えたけど、まだまだその先があると今回の事でハッキリとしたね」
にこやかに笑う先生に、先輩は胸をどんと叩いて宣言する。
「その通りです先生、もう次の曲も頭の中に浮かんでいるんです。早く形にしたくてウズウズしています」
明らかにハイになっている先輩を、僕と先生は宥める。落ち着かせた所で、先生は聞いてきた。
「それで曲はどうする事にしたんだい?」
「それなんですけど、動画サイトにオリジナル楽曲として投稿してみようかと思いまして、先生はどう思います?」
僕が聞くと先生は顎に手を当ててうーんと思案した。
「悪くない、それどころか多くの人に聞いてほしいと僕も思うよ。しかし、インターネットと言うのは便利な一方、一度出たものを消すことが出来ない。トラブルに繋がりかねないからよく注意して欲しい」
僕は素直に頷いた。それについては兄からもよく言われているし、僕も細心の注意を払うつもりだ。
「実は僕の兄が大学で映像の研究と勉強をしていて、その手の事に詳しいんです。相談して注意点を聞いておこうと思います」
「そうか、なら僕よりもお兄さんの方が詳しいだろうから、これ以上僕からは言う事は無いよ」
先生からもお墨付きを貰えたので僕は嬉しくなった。
「先生、本当にありがとうございます。また私の曲について相談させてください」
「僕も次の曲に向けて練習します。先生の指導をよろしくお願いします」
僕と先輩は同時に頭を下げた。その様子を見て先生は慌てて言った。
「そんなよしてくれよ二人共、僕も楽しかったんだ。出来る事ならこちらから協力をお願いしたいくらいだよ。微力だけどこれからもよろしくね」
僕と先輩は同時に顔を上げて同時に言った。
「ありがとうございます!」
先生がいた教室から出ると、僕は先輩にお願いをした。
「先輩もしよければ何ですが、僕にも曲のデータをくれませんか?」
「よければも何も渡すつもりだったよ、私と君の曲なのだから」
そう言って先輩は僕に笑いかける、その姿を見てまた僕はどぎまぎとする。先輩は距離感が近く、向けてくる感情も素直だ。先輩が生徒の間で人気なのも分かる。そして告白して玉砕するのも分かる、先輩は素がこうなのだ、自分への好意と勘違いしても仕方がない。
「…しま…く…」
だからと言って告白する事を三上チャレンジと称して茶化すのはどうかと思う、確かに先輩に思いを告げた所で梨の礫だろうけど、果敢にも挑戦しようとする勇気自体は。
「葦正君!」
「ひゃい!」
先輩が耳元で大声を出すので、僕は驚いて飛び上がった。
「な、な、何ですか?」
「それはこちらのセリフだよ。葦正君急に黙って考え込むものだから何事かと思ったよ。どうしたんだい?」
どうやら僕は自分の世界に入り込んでしまっていたようだ。
「あ、あの、兄の話をしましたよね、僕これから兄にこの曲を聞いてもらおうと思っているんですが、今更ながら恥ずかしくなってきてしまいまして」
僕は自分が思っているより早口で喋る、誤魔化したいという気持ちが僕の口を滑らせるのだろう。
「そうか、そう言えば動画配信について教えを頂いたのは、葦正君のお兄さんからだったな」
先輩は納得したように頷いている、僕の馬鹿な想像は何とか誤魔化せたようだ。
「はい、兄ならオリジナル楽曲を投稿する事について詳しく聞けるかと思いまして、それでまあ何を投稿しようとしているか黙っている訳にもいかないので、曲は聞かせないといけないなって、そう思っていたんです」
僕の言葉を聞いて、先輩は思いついたように手を叩いた。少しだけ嫌な予感がする。
「それなら話は早い、都合がつくようであれば私も同行したいと思っていた。どうだろうか葦正君?」
嫌な予感は当たった。先輩が家に来る?現実味がなさすぎる。
しかし、先輩は目を輝かせて期待の眼差しを僕に向けている。愛歌先輩にこの顔をされて断れる男がいるのだろうか、いやいないだろう。
「あ、兄は忙しい人なので捕まらないかもしれませんが、ちょっと連絡を取ってみますね」
「よろしく頼む」
先輩は嬉しそうに言う、対して僕は兄が忙しくあれと願いながらメッセージを入れた。
「兄ちゃん忙しいよね、家に帰っていたりしないよね」
「何だ何だ藪から棒に、今日は特に用事がないから帰っているが?」
素早い返信からも分かるが兄は暇そうだ。僕は諦めてもう一文メッセージを送った。
「これから知り合いの先輩を連れて家に帰るから、動画投稿について教えて」
「お、いいぞ。しかし先輩か、まさか女ってことはないよな?」
僕がどう返そうか迷っていると兄の方からどんどんメッセージが送られてくる。
「おいおいマジか?」
「葦正が女の子家に連れてくるってのか?」
「こりゃめでたい、赤飯だな赤飯」
もう僕はスマホを仕舞って先輩に向き直った。
「兄の都合がつくそうなので、これから時間ありますか?」
「勿論!あ、でも急に押しかけて迷惑にならないかい?」
「それは大丈夫です」
「ならすぐに帰って準備をしてこよう、葦正君待ち合わせ場所は何処がいい?」
とんとん拍子に話は進んでいく、僕は兄が先輩に余計な事を言わないようにと願うばかりで、誰でもない知らない神様相手に、何事もありませんようにと祈った。
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