第9話

 愛歌先輩と曲作りを始めてから数週間が経った。


 その間僕は立花先生に指導してもらいながら歌を練習して、貸してもらった教室に先輩と二人でノートや辞書を広げて、歌詞について相談を重ねながら一つずつ形を作っていった。


 手探りで始めた曲作りも、やっとのことで先が見え始めてきた。しかしスムーズに事が運びはしなかった。


 難航したのは歌詞作りだった。僕はまったく文才がないが、まさか先輩もないとは思わなかった。兎に角沢山アイデアを出し合って、その中でまだマシと思えるものを組み合わせていった。


 曲と歌に目星がついたと思っていたらこんな障害が立ちはだかるとは思っていなかった。というより二人共すっかり歌詞のことが抜け落ちていたのだ。


 流石に先生もそこには呆れていた。参考になる本やアドバイスをもらって、どうにかしたが、次の事を考えると頭が痛かった。


 しかしそれでも完成までもう少しだ。いよいよ後は録音という所まで漕ぎ着けた。僕は足取り軽く音楽室に向かっていると、スマホから通知音が鳴った。


「葦正君、今日は中止だ」


 愛歌先輩から入ったメッセージを見て僕は足を止める。


「どうかしたんですか?」

「私の都合じゃない、今日は音楽室が使用できないそうだ。立花先生から話があった」


 そうか、そういう話だった。今日は部活動で教室が埋まっているのか。


「では今日はもう帰りますか?」

「いや、葦正君さえよかったら少し付き合ってくれないか?」


 何だろうか、少しだけドキッとしたが僕が期待するような事ではないと思う。


「いいですよ、時間ありますから」

「よかった。買い物に行きたいんだ、ついてきてくれないか?」


 まあそうだよなと思ったが、よくよく考えたら先輩の隣を歩くということか?そう思うと僕は急に不安に襲われた。


「葦正君?」


 僕がメッセージを返せずにいると、先輩から追加でメッセージが送られてくる。色々悩んだが僕は返信をした。


「すみません大丈夫です。何処に行くんですか?」

「よかった。本屋に行きたいんだが、いいかな?」

「分かりました」


 了承のメッセージを送ると、僕は急いで先輩の元に向かった。




 愛歌先輩と合流した僕は、隣を歩くのも何か憚られてちょっと後ろを付いて歩いた。


「先輩本屋で何を買うんですか?」

「私達二人共作詞が壊滅的だっただろう、何か参考にできそうな本でもあればいいと思ったんだ」


 その考えはなかった。確かに何かヒントが必要かもしれない。


「すみません先輩、僕そういう考えに至らなくて」

「何を言うか、私も立花先生から提案されて思い立ったんだ。それまでそんな事思いつきもしなかった」


 先輩もそうだったのかと思うと少しホッとした。いや、ホッとしている場合ではなく解決のために僕も何か考えなければならないのだが。


「それにしても僕歌詞の事なんてすっかり失念していましたよ」

「私もだ。曲があって歌手が居れば歌になると思っていた」

「流石にそれはどうかと思いますが…」


 先輩とそんな話をしていると、間を挟んだ向かいにあるコンビニに自分たちと同じ制服を着ている人達がたむろしていた。


 何やら一人の生徒を四人が囲むようにしている、そして揉めているように見えた。


「先輩あれって」

「うちの生徒だな、誰だか分からんが店に迷惑かけているんじゃないだろうな」


 僕はなるべく気づかれないようにそっと見てみた。すると囲まれている人に見覚えのある人物が見えた。


「吉沢?」

「何だ葦正君知り合いか?」

「いえ、知り合いというか何と言いますか」


 まさか一悶着あった当事者だと先輩に説明する訳にはいかない、僕は先輩を巻き込む気はない。


「同じクラスなんです。中学も一緒だったから顔と名前は知っていて」

「そうか、見たところ同学年に囲まれているようだが」


 先輩の言う通り、ネクタイの色が僕と同じだった。でも見たことがない人達だから違うクラスの人なのだろう。


「どうする?困っているようなら助けようか?」

「あ、う…」


 僕は返答に困った。もしかしたら違うクラスの人と仲良くなったのかもしれないし、事情も分からないのだから無闇に巻き込まれるのは、そんな色々な言い訳が頭の中に浮かんでくる。


 しかし、吉沢は困っているように見えた。助ける義理はないが、ここで見捨てるならあいつらと同じになってしまう。


「先輩、援護をお願いできますか?」

「よし任せろ」


 二つ返事で先輩は了承してくれた。僕はその事にも勇気が貰えた。


 意を決してその集団へと近づいていく、そして僕は吉沢に声をかけた。


「吉沢くんこんにちは、何かあったの?」

「あ、高森…」


 吉沢は明らかに憔悴した様子だった。囲んでいた一人が僕に声をかけてくる。


「何お前、こいつに何か用事?」


 何だか派手な見た目をしている奴だ。内心でビビリまくりつつも、僕は話を続けた。


「用事はないんですが、たまたま見かけたので挨拶でもと思って」

「ふーん、仲いいの?」

「まあ同じクラスですから、挨拶くらいは普通じゃないですか?」


 周りの四人は明らかに僕に威圧的な態度を取っている、完全に苦手なタイプだ。


「どうでもいいけどすっこんでろよ、今俺達がこいつと話してるんだからな」

「何だったら痛い目見とくか?」


 四人組が僕の方へにじり寄ってきたタイミングで、僕の後方から声が聞こえてきた。


「貴方達ここで何してるの?」

「あぁ?あっ三上先輩!」

「何?私達知り合いだったかしら?」

「いえ、その、一方的に知っていると言いますか…」


 先輩の登場で四人は明らかに動揺している。


「痛い目だとか物騒な事が聞こえてきたけど?」

「あ、いえ、別にそんな事は」


 四人の動揺はもっとあからさまになった。先輩はこのタイミングを狙っていたんだ。


「何だか知らないけど、ここはお店の敷地よ。高校生が集まっていると迷惑になるわ、問題行動だと通報される前に解散しなさい」

「じゃ、じゃあ僕はもう行くね。吉沢くんまたね」


 僕は走ってその場から去ると、物陰から様子を伺った。先輩に何かあった時の為にスマホを握りしめて通報する準備もしていたが、先輩が一声二声かけると集団は吉沢を連れてすぐに散っていった。


 こっちに向かってくる先輩を僕は出迎えた。


「だ、大丈夫でしたか先輩」

「何も問題無かったが?それより葦正君、すごかったじゃないか。見事なものだったよ」

「そ、そうですかね?」


 先輩に褒められて、内心は嬉しく思うがとても先輩のようなスマートな対処だったとは思えない。


「私は最初、もうちょっと物騒な方法で事を片付けようと思っていた。だけど葦正君が冷静に話を進めてくれたお陰で、もっと簡単に片付いたな」

「ええ?何処がですか?」

「あいつらリスクのある暴力をちらつかせてまで葦正君を排除しようとしていた。禄でもないやましいことでもあったのだろう、だから短絡的な言動で脅しをかけてきた。そこを突かれれば瓦解は容易い、人の目があるからな」


 援護を頼むとは言ったが先輩の頭の回転の速さはすごい、僕ではそれ程の事は思いつかなかった。


「それにいつでも通報できるように準備してくれていただろう?」

「あれ気づいていたんですか?」

「急いで立ち去った時にな、君ならそうすると思った」


 そうだったのか、取り敢えず逃げ出したとは思われていない事は素直に嬉しい、何となく先輩と距離が縮まったような気がする。


「しかし、一体何があったのだろうな?剣呑な雰囲気であったが、彼は大丈夫だろうか?」


 確かに、吉沢に何かがあったのは間違いなさそうだった。


「でもこれ以上は流石にどうする事も出来なくないですか?」

「そうだな、私達は偶々その場に立ち会っただけだからな。取り敢えず何か問題が起きた時には今日の事を証言できるようにはしておこう」


 僕はその意見に納得した。込み入った事情はさっぱり分からないのだから、無闇に詮索しすぎるのも良くないと思う。


 それに目撃した事への義理は果たした。十分過ぎる。もし何かあるのなら助けるが、積極的に関わりたくないのは事実だ。


 その日はそのまま先輩と一緒に本屋へ行き、作詞に役立ちそうな本を僕も一冊買った。


 勉強する事はまだ多いが、一緒によりよいものが作っていければいいと思った。その為の努力は惜しまないつもりだ。


 先輩を駅まで送り届けた後、僕も帰宅した。いよいよ歌をつける事が出来ると思うと、明日が楽しみに思えてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る