第6話
結局教師達から根堀葉掘り聞かれて一通りの説明を僕が一人でやらされた。誰がいたとか何をされただとか、細かく聞かれたが、僕としてはもうとっとと開放してほしい気持ちの方が強かった。
どうせ僕だけの意見が通る訳ではないだろう、僕が分かった限りのその場にいた人からまた話を聞き取りして、できる限り事実に齟齬がないようにすり合わせる。
学校側としてはどちらか一方だけを悪者にはしない、なるべく両成敗に持っていくと思う、僕の予想だから外れるかもしれないが、今はただ取り敢えず静かな場所に行きたいと思った。
教室に戻ると授業は自習だった。僕の証言に上がった人が何人か抜けている所を見ると、どうやら呼び出しを食らっているようだ。
僕が席に着くと、先生がいないのをいい事に山口と佐藤が近づいてきた。
「お、おい高森、大丈夫か?」
心配そうな表情と申し訳なさそうな態度をしている。
「大丈夫だよ、ちょっとゴタゴタしたけど」
僕の言葉を聞いても二人は申し訳無さそうにしている。
「どうしたの二人共?」
「俺達お前が連れてかれるのに黙ってみてただろ?」
「普段高森が過剰にいじられてても何もしなかったし…」
そんな事か、今更だなあ。
「いいよそんなの、いつも通りだし」
誰かが助けてくれたためしなんてないし、見て見ぬふりするほうが楽だし、僕だって誰かを助けた事はない。怖いのが当たり前だ、勇気が出る人の方が少ないに決まっている。
「そうは言ってもよ…」
「本当にいいんだ。でもこうして気にかけてくれた事は素直に嬉しいよ、僕だったら見て見ぬふりするだろうから」
「高森…」
先生が戻ってきたので二人は席に戻っていった。
二人の態度には正直驚いた。まあ僕が愛歌先輩と接点を持った事で出来た俗っぽい繋がりだが、気にかけてくれる事は本当に嬉しかった。
これで何かが変わるとは思わないけれど、少しだけ自信というものが分かった気がした。我ながら中々勇気を出した行動だったと思う。
僕は愛歌先輩にメッセージを入れた。
「先輩、放課後少し遅れてしまうかもです」
先生から呼び出しをくらった。大方今朝の事だろう。
「そうか、どれくらいになりそうだ?」
「分からないです。正直時間かかるかも」
どんな話にせよ先輩を待たせてしまうと思う。
「分かったギリギリまで待つ、遅くなると言ってもそこまでではないだろう」
「いいんですか?」
「いい、待ってる」
メッセージからでも先輩の強い意思が伝わってくるようだ。先輩は本当に待つだろう。
「分かりました。終わったら連絡入れます」
僕は先生に呼ばれた。急いでそれだけ送るとスマホを仕舞って生徒指導室へ入室した。
「高森、そっちに座ってくれ」
担任の遠藤先生と生徒指導の先生が揃っていた。遠藤先生に言われた通りに席につく。
「今朝の出来事何だが、本当にお前は何もされてないって事でいいんだな?」
「はい、僕はそれで構いません」
僕は暴力を振るわれた事実を述べた上でそう言っていた。先生達は頭を抱えていたが、僕としてはもう終わりにしても良いと思っている。
正直彼らに腹が立たない訳ではないが、元々群れをなしていきがっているだけの連中だ。朝の騒ぎでメンバーもぽろぽろ離れていっていたし、坂田と数人の親しい取り巻きだけでは大した事は出来ないと思う。
「あいつらの証言はバラバラだ。俺はやってないけどあいつはやったとか、そんな事実はないとか、逆に高森に暴力を振るわれただとかな」
生徒指導の先生が聞き取りした資料を読みながら言う。
「私達教師側の不手際だ。まずは事前に察知する事が出来なかった事を謝りたい」
「そんな、やめてください」
僕はただ黙っていただけだ、いじられて嫌な思いをしていたのに、それを誰かに伝える事をしてこなかった。なるべく目立ちたくないという極めて自己中心な理由で。
「しかし目撃者がいないのも事実ではある。今の所は君たちの間だけで起きた出来事、証言だけが頼りだ」
「だから高森がいいと言ってしまうと、我々としてもここまでになってしまう」
先生たちは二人共真剣に考えてくれているのだろう、様子を見ればそれが分かる。だから僕も考えを言う事にした。
「本当に僕はこれで終わりにして構いません。坂田達がこれ以上手を出してくるなら僕ももう躊躇しません、先生達に言いますしもっと大事にします。だけど今回の出来事で彼らももう手を出しにくくなったと思います。元々だいそれた事をするような奴らじゃないので」
やっていた事と言えば僕の声をからかったり、自分たちより立場の弱い人だけを狙ってイキっていただけだ。そんな小物が今回大きく出たのは愛歌先輩の事があったからだ。
僕に何か出来たとしても愛歌先輩相手にあいつらが何か出来る訳がない、それは確信があった。
むしろここで騒ぎを大きくして、もし先輩に迷惑がかかったら嫌だなと思っていた。ここで終わりに出来るのなら願ったり叶ったりだ。
「高森の考えは分かった。この話しはここまでにしよう」
「ただし、今度何かあったらすぐに言ってくれ。どんな些細な事でも構わない、もしかしたら行為がエスカレートするかもしれないからな」
先生達の言う事も尤もだと思う、僕はそれだけは必ず伝えると約束すると先生達から解放された。
解放された時はもういい時間だった。先輩はもう帰っているだろうなと思いスマホを見ると、特にそういったメッセージは入っていなかった。
「終わりました。先輩、まだ居ますか?」
もう流石にとは思ったが、それでも連絡を入れるとすぐに返信が返ってきた。
「居るぞ、迎えに行こうか?」
居た。
「いえ僕が行きます。何処ですか?」
「君の教室で君の席で待たせてもらっている。人はいないぞ」
人が出払うのを見計らって行ったのだろうか、自分の荷物も置いてあるので都合が良かった。
教室の扉を開くと愛歌先輩が待っていた。僕の姿を見て手を振る。
「遅くなってしまってごめんなさい、これからの事を相談する筈だったのに」
「いいんだ、急ぐ話しでもない。それより何があったのか教えてくれるか?」
「何がって?」
「惚けるのはよせ、私だって何も知らずに待っていた訳ではないぞ」
事情を知っているなら話さない訳にもいかないかと思い、僕は前の席を借りて座った。
「何で知っているんですか?」
「君のクラスの子から聞いたんだ。と言うより聞かされた」
あの二人辺りだろうか、いや大体の人は事情を知っているだろうから誰かは分からないな。
「何やら君がよくない連中に連れて行かれたそうだが、大丈夫だったか?」
「はい、もう解決したので」
「本当か?」
愛歌先輩のじっと見つめる目は、何か見透かされているようだった。僕は観念して話した。
「愛歌先輩が昨日僕を連れ出したのを見て、クラスの一つのグループが僕と先輩の関係について聞きたかったらしくて。それでまあ一悶着あった訳です」
暴力の部分はいいか、話すほどの事でもないし。
「それで教師に呼び出されたと?」
「まあそういう事です」
「多少苦しいが、まあ納得してあげよう。怪我はそれ程大したことないんだな?」
僕はギクッとして先輩を見た。少し険しい表情になって僕を見ている、この人何でもお見通しなのか?僕は結局洗いざらい事の顛末を話した。
先輩は黙って目を閉じ聞いていたが、暴力の下りになると少しだけ眉を顰めた。そして僕が先生にした話を聞いて怒り出した。
「君はどうしてもっと怒らないんだ!きつい処分を望んだっていい、悪いのはそいつらじゃないか!」
その剣幕たるや凄まじい、僕は腰が引けながらも先輩に言った。
「でも先生にも話しましたが、あいつら大した事はしませんよ。安全な所から安全なやつを狙っていびるだけの…」
「だとしてもだ!先生方の言う通り、行為がエスカレートしてもおかしくない。それに無事だったとは言え君は傷つけられたんだぞ、それを何で、もっと…」
先輩は続く言葉が見つからないのか、そのまま黙ってしまった。僕よりも僕の事に怒ってくれている、それが分かると何だかすごく申し訳なくなってきた。
「でも先輩、嫌な事ばかりじゃなかったんです」
僕の言葉に先輩は耳を傾ける。
「僕、咄嗟に思いついた事だったけどこの高い声でキャーって叫んだんです。その時スッキリしたんです。そして先輩が僕の声を特別だって言う理由も少し理解出来ました」
「この声で良かったって思ったんです。今度は嘘や誤魔化しじゃありません」
本心だ。この声を馬鹿にしてきた奴らに、この声で仕返しする事が出来た。そしてそれは先輩から貰った勇気と自信のお陰でもある。
先輩はため息をつきながらも、顔を少しだけほころばせた。
「そんな事の為に言ったわけじゃないんだがな。でも、君を助けたのは確かだな」
「今後少しでも同じ奴に絡まれたらすぐに誰かに言うんだぞ、いいな?」
それについては断る理由もない、先生達にも約束した事だ。僕が「はい」と答えると、先輩は「よし」と言って立ち上がった。
「もう少し時間はあるかな葦正君?」
「そうですね、でも何かあるんですか?」
「今日は色々あって疲れただろう、私がいいものを奢ってあげよう。さあ行くぞ!」
先輩は僕の腕を掴んで走り出す。僕はやっぱりマイペースで強引な人だと思いつつ、内心満更でもないまま先輩の後をついていくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます