第2話
屋上から逃げ去って教室に飛び込む、僕を待っていた遠藤先生は息を切らしている姿に驚いている。
「どうした高森?そんなに急がなくてもよかったんだが…」
先生の戸惑う顔を見て、僕は尚更先程の行動が恥ずかしくなってきた。
「いえ、急いだ訳じゃないんですが。つ、机これでいいですか?」
「あ、ああ大丈夫そうだな。取り敢えずありがとうな」
先生はお礼を言ってそのまま去っていった。朝の忙しい時間だろうし、僕としても一人になりたかった。
改めて先程の行動について恥ずかしさが湧き上がってくる。何で急に声を出したくなったのか、自分が思っているより日々にストレスを溜め込んでいたのかもしれない。
しかしあの時屋上にいた先輩は誰だったのか、やけに綺麗な人だった。
僕はあまり他学年の人の事を知らない、同級生の人はどの先輩が素敵だとか、後輩に可愛い子がいるだとか喋っているのを聞く事はあるが、同級生にさえあまり興味を割かないので当たり前だ。
誰だか分からないが声を聞かれた。その事が恥ずかしくなって顔を手で覆う、今頃あの人は先程の出来事を面白おかしく話しているのだろうか。
僕の悩みは声の高さだ。
声変わりは来たのだが、あまり声が低くならなかった。それどころか変化は無いに等しかった。
元々高い声だったのが変わらないのは、成長するにつれどんどん周りから浮いていく様な感覚だった。心無い人からは女声とからかわれるし、話すと目立つ。
僕は本当に特徴らしいものがない、特に秀でている事はないし、勉強だって頑張って平均値。
運動も優れていない、出来ない程でないが出来るとも言えない、何をやっても中途半端なのが僕だ。
何か秀でているものが一つでもあれば、声の高さは特徴とも言えるかもしれない、だけど僕にとってこれはただのコンプレックスだ。
高校に入ってもそれをからかう人がいる、中学ほど直接的でないが、より陰湿だし誰かが助けてくれる訳でもない。
それが憂鬱で僕はあまり人と関わらないようにしている、朝早く人が少ない時間を狙って登校するのもそれが理由だ。
今日は最悪だ。どうせいつも通り意気がったグループにからかわれて日々が終わると思っていたのに、あれだけ美人な人なら生徒人気も高い筈だ、もし噂など広められたらたまらない。
僕は流石にそれは自意識過剰だと気持ちを切り替えた。そもそもすぐに逃げ出したのだから顔もよく見られていないだろう、そう思うことにした。
授業の合間、集中力が続かない類の人が出始める。
特に僕の嫌いな人達はその筆頭だ。
「高森ちゃーんこんちは」
ニヤニヤと薄汚い笑みを浮かべながら、複数の男子で固まったグループが僕の席を取り囲んだ。
「あ、こ、こんにちは」
「どうしたの?声が小さくない?もっと大きい声で挨拶しよーよ」
うっとおしい絡み方だ、しかしこのグループはクラスでも目立つし徒党としても数が多い、僕がいくら心の中で毒づいても無意味だ。
こうなると僕は苦笑いで誤魔化す他ない、その反応が返ってくると分かっているからこそ、こいつらは僕に絡んでくる。
「どうしたんだよ?だんまりか?」
そう言ってきたのは
虎の威を借りる卑怯者だが、だからと言って僕は言い返すことも出来ない。
「まあまあ吉沢君、そんないじめんなって」
「そうそう、俺達は仲良くなりたいだけ何だから」
互いにニヤついた顔を見合わせながら、反応もせずに縮こまっている僕を見て楽しんでいる。腹立たしいが我慢して時間の過ぎるのを待つ、そうすれば次の授業の時間になる。
予鈴が響くとグループはそれぞれに散っていく、先生の前であからさまに僕をいじる気概は奴らにはない、それが救いと言うかは別だが僕にとっては都合が良かった。
憂鬱ないつも通りの一日が過ぎていき、今日も一日が終わった。僕はまた絡まれる前に急いで帰宅の準備をする、そして目立たないように人混みに紛れてすぐに帰るのが僕のいつもの帰宅方法だった。
しかしそんな時思いがけない事が起きた。
放課後のざわついた教室の扉が、ガラッと大きな音をたてながら開かれた。
クラス中の人がそこにいる人に注目する、勿論僕もそうだったが、目にした人物を見て驚いた。
それは朝の屋上の一件で声をかけられた先輩だった。僕は咄嗟に鞄を影にして顔を隠した。
何であの人がここにいるんだ、そう疑問に思っていると、クラスの人が話しているのが耳に入ってくる。
「あの
「まじだ、相変わらず美人だな」
「でも下級生のクラスに何の用事だ?」
ひそひそ話に耳を傾けると、あの人が三上という人だと分かった。そして僕の予想通り人気のある人らしいのも伝わってくる、男子はそわそわとしていて女子はざわざわとしている。
そしてどの人からも三上先輩だと言う言葉が出てきている、僕は勘弁してくれと思いながら、見つからないように静かに席を立って立ち去ろうとした。
「おい君」
僕はいきなり肩を掴まれて呼び止められた。その相手は最悪な事に三上だった。
「は、はい、何でしょうか?」
「ああやっぱりそうだ、私は君に用があるんだ。ついてきてくれ」
何がやっぱりなのか分からないまま、僕の同意も得ずに三上は手を握って歩き始めた。
意外と力の強い彼女を振り切る事も出来ずに、僕は手を引かれるままに三上の後を追いかけるしかなかった。背後に感じるクラスの人達のざわめき声に、僕は嫌な予感しかしなかった。
三上が僕を連れてきたのは、使われていない空き教室だった。
「あの?先輩何かご用ですか?」
「心配ない、ここは部室などにも使われず教師の目からも遠い教室だ。短時間の使用であれば見つからずに済む」
だから何だと僕は心の中で思った。どうも話が噛み合わない、というより独特なペースと雰囲気の人だ。
先輩はスマホを取り出すと、イヤホンを僕に渡してきた。
「何ですか?」
「つけろ」
「え?」
「イヤホンだよ、つけろ」
強引な人だ、正直付き合ってられないと辟易していたが、帰してくれそうな感じもしない、僕は仕方なくイヤホンを耳につけた。
「音量でかくないと思うけど、キツかったら言って」
一体何が起こるのか分からず不安になる、突然呪いの曲でも聞かされたらどうすればいいのか、僕は身をぐっと固めた。
そんな不安に駆られた僕を待ち受けていたのは音楽だった。
軽やかな音の連なりから始まったかと思えば、少しだけトーンが落ちる。しかし徐々にまた軽快なメロディーが戻ってくる。
僕は音楽に詳しくない、流行りの曲だって知らないし、歌だって鼻歌程度だ。
それでも分かる、この曲はとても素晴らしい。
音が鳴り終わると僕は自分の頬に涙が伝っている事に気がついた。未だかつて音楽に心動かされた事は一度もないので驚いた。
「どうだった?」
三上に聞かれて僕は涙を拭った。
「僕は音楽に詳しくないけど、今聞いた曲はとても良かったです。本当に感動しました」
僕は素直に感想を述べた。本当にそれだけ良かったと心から思っていた。
「そうか、それなら良かった。私も君に心置きなく頼む事が出来る」
「頼み?」
三上は笑顔でさらっと言った。
「今のは私が作った曲なんだ。まだ完成していない、君の声が必要だ。私の曲に歌をつけてくれないか?」
思いがけない三上の提案に、僕は一瞬思考が固まった。
先輩が作った曲、それに自分の声で歌を入れる。そんな突拍子もない事を彼女は本気で言っている。真剣な眼差しからそれが分かった。
僕は先輩の吸い込まれそうな瞳に見つめられながら、返事することも出来ずどうしたらいいのか迷っていた。
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