聖女を殺したのは、あなたたちだぞッッッ!!!!!!

亜逸

聖女を殺したのは、あなたたちだぞッッッ!!!!!!

 それは、聖女ルキナがその奇跡をもって列国の王族の怪我や病を治す、行事イベントの最中に起きたことだった。

 王族に癒しの奇跡を施していたルキナが、突然心臓を押さえながらその場でうずくまり、倒れ伏してしまったのだ。


「ルキナッ!!」


 ルキナの夫であり、行事を主催するダリアル国の第一王子アルスは、悲鳴じみた声を上げながらも倒れたルキナのもとに駆け寄る。

 行事の会場となっている王城の聖堂が喧噪に包まれる中、アルスはルキナの容態を確認し……愕然となる。


「そんな……息をしていない……心臓も止まってる……」


 傍にいた、アルスの父でありこの国の王でもあるグレインは、まさかの事態に顔を真っ青にしながらも大声で叫んだ。


「聖女の命が危ういッ!! 医者でも治癒魔法を使える者でもいいから、早く来てくれッ!!」


 その後、行事は中止となり、救命処置を施すためルキナは王城の一室へと運ばれた。



 だが――



「おそらくは、過労によって弱った心臓が発作を起こしたのでしょうが……申し訳ございません」


 聖女であるルキナには及ばないものの、治癒魔法が使えてダリアル国一の名医とも呼ばれている老医が、痛ましげに頭を下げる。

 ともにルキナの救命処置にあたっていた医者と治癒魔法使いたちも、老医に倣ってアルスたちに深々と頭を下げた。


 聖女ルキナが、死んだ。


 その事実を受け止められなかったのか、アルスは「そんな……」と呟きながら、ベッドに寝かされているルキナの前で膝を落とす。

 ショックを受けているのはアルスだけではなく、


「聖女が……死んだだと……? 今回の行事には、八つの国の王族を招いているというのに……」


 国王のグレインも、


「今回の行事だけではありません。この後も聖女の行事は沢山あります。だというのに……」

「その全てを中止するだけでも、かなりの費用が……」

「いや、それ以前に聖女の人気を柱にした行事で財政を賄っていた我が国は、これからどうすれば……」


 同じ部屋にいた大臣たちも、誰も彼もがショックを受けていた。

 もっとも、口から出てきたのは聖女がいなくなって儲けられなくなったことへの心配ばかり。

 そんな父が、大臣たちが、アルスにはどうしても許せなかった。


「……あなたたちは、老医せんせいの話を聞いていなかったのか?」


 怒気を孕んだアルスの声音に、嘆きを口にしていたグレインが、大臣たちが、揃って押し黙る。


「……父上。僕は何度も進言しましたよね? 度重なる行事でルキナはもう疲れ切っている。だから休ませてほしいと」

「た、確かにお前は何度もそう進言してきたが……聖女の行事がなければ、我が国は立ち行かぬ。それはお前もわかっているであろう?」

「その結果がですか。そもそも国が立ち行かないのは、ルキナで儲けた金で贅沢三昧をしているからでしょう?」


 アルスの指摘にぐうの音も出なかったグレインは、口ごもるばかりだった。

 父親を黙らせたところで、アルスの視線は大臣たちに向けられる。

 凶眼と言っても過言ではない鋭い視線に気圧される大臣たちを、アルスは怒りを押し殺した声音で非難する。


「あなたたちもだ。文字どおりルキナの命を絞って得た甘い蜜をただ貪り、ルキナが亡くなっても嘆くことは彼女の死ではなく、蜜を得られなくなったことばかり……」


 だが、言葉を重ねるにつれて怒りは押し殺せないほどにまで膨れ上がり、



「わかっているのかッ!! ルキナを……聖女を殺したのは、あなたたちだぞッッッ!!!!!!」



 グレインが、大臣たちが、揃って息を呑む。

 遅れて、「ひっ」と引きつるような悲鳴が、アルスの耳朶じだに触れた。


 アルスは父親であるグレインに対し、親の仇を見るような目を向けた後、その目を大臣たちにも巡らせ……きびすを返してルキナを抱き上げる。


「ア、アルス……聖女の亡骸をどうするつもりだ?」

「この国の外へ連れて行きます。彼女も、こんな国の土には埋められたくないでしょうから」

「ま、待て! 連れて行くなら、彼女のための国葬を終わってからにしてくれ!」


 必死に懇願するグレインを、アルスは鼻で笑う。


「彼女のため? 思ってもいないことは言うものではありませんよ、父上。あなたはただ、?」


 図星を突かれたのか、グレインは再び口ごもる。


「父上……どこまでも僕の妻を利用するあなたのことを、僕は絶対に許さない。僕はルキナとともにこの国を出ますので、第二王子カリスあたりでも世継ぎにしてやってください」


 その言葉を最後に、アルスはルキナを抱き上げたまま、グレインたちの前から去っていった。



 ◇ ◇ ◇



 翌日。

 アルスは幌馬車に乗ってダリアル国を後にしていた。

 荷台に載せているのは、すでに国外に用意している新居で使う家財道具と、ルキナが眠る棺のみ。

 その座を自ら捨てたとはいえ、第一王子でありながらも従者の一人もつけていなかった。


 国境を越え、人気のない丘陵地帯に差し掛かったところで、アルスは馬車を停めて荷台へ移動する。

 そして、棺の蓋を開き、





 直後、死んでいたはずのルキナの瞼を上げ、大きく伸びをしながらも上体を起こした。

 死体が蘇ったことにアルスは少しも驚くことなく、晴れやかな笑顔でルキナに話しかける。


「よく眠れたかい? ルキナ」

「ええ。この数ヶ月の間、行事行事でろくに眠れなかった分を取り戻せるくらいには」


 応じるルキナも、晴れやかな笑顔を浮かべていた。


 死んだはずのルキナがなぜ生きているのか……伝承に残っているだけですでに失われている風習だが、かつての聖女は、その奇跡をもって自身を仮死状態にし、その身に神を降ろすという儀式を執り行なっていた。

 風習は失われたとはいっても、自らを仮死状態にする奇跡の力は失われておらず、その力を利用して、アルスはルキナと一芝居打ったのだ。

 二人で、この国から脱するために。


 度重なる行事で、ルキナが疲弊しきっていたのは事実だった。

 仮死状態のルキナを診た老医の「過労で心臓が弱っている」という見立ては間違っておらず、一芝居打たずにこのまま行事ばかりの生活を続けていたら、遅かれ早かれ本当に心臓が発作を起こして命を落としていた。

 聖女として数え切れないほどの病に向き合い、治癒してからルキナだからこそ得られた確信だった。


 その話を愛する妻の口から聞いていたからこそ、アルスは第一王子という立場を利用して彼女を休ませてほしいと父グレインや大臣たちにかけ合ったが、やれ「ちょっと疲れているだけ」だの、やれ「大袈裟」だの、やれ「甘えているだけ」だの、誰一人として取り合ってくれなかった。

 第二王子を含めた兄妹に協力を求めてみたが、結果は同じだった。

 その誰も彼もが、ルキナのおかげで得た富で贅沢三昧しているものだから、アルスとしてははらわたが煮えくりかえる思いだった。


 だから、この国を見捨てることに決めた。

 このままでは本当に、ルキナが死んでしまう――否、殺されてしまうから。

 たとえ肉親でも、ルキナを金儲けの道具として扱う輩たちを許せなかったから。


「でも、よろしかったのですか? その……わたくしのためとはいえ……地位も名誉も全て捨ててしまって……」


 自分のせいでアルスが第一王子という座を、ひいては次期国王という座を失ったと思っているのか、ルキナが後ろめたそうに訊ねてくる。

 愛する妻に後ろめたさなど感じてほしくなかったアルスは、笑い飛ばすように答えた。


「ただ君を愛したい……そんな願いすら叶わない地位と名誉に、僕は路傍の石ほどの価値も感じてないよ」


 そう言って、アルスはルキナと唇を重ねる。

 ただ君を愛したい――その言葉を表すように。


 その後二人は用意していた新居へ向かい、名前を変え、身分を変え、穏やかな日々を過ごした。

 意外にもアルスには商才があったようで、商人として成功したことで何不自由のないどころか豊かな生活を送ることができた。

 勿論、過労になるような無理をすることなく。


 その一方で、聖女という金づるを失ったダリアル国は、それまでの贅沢な暮らしを忘れられなかったせいもあって瞬く間に衰退していったが。

 幸せいっぱいなアルスとルキナにとっては、気にかける価値すらない話だった。

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聖女を殺したのは、あなたたちだぞッッッ!!!!!! 亜逸 @assyukushoot

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