第23話
「アニー」
ライラ様が後ろに控えるメイドの名を呼ぶ。
「はい」
「あなた、セバスチャンと一緒に今すぐ王都に帰りなさい。おじい様とお父様に伝えてちょうだい。モンザーク辺境伯家に謝罪するまでライラは帰りません、と」
目すら合わさず背中を向けたままのライラ様に冷たくそう言われたアニーは、青ざめて震え始めた。
「そんなわけにはいきません! 大旦那様に叱られてしまいますっ!」
「アニー。あなたの主人は誰? わたくしの前で『はい』以外の言葉を発してはだめだと言ったわよね?」
ゆっくりと振り返りながら冷ややかな視線を向けるライラ様は実に堂々としていた。
「わたくしの言うことが聞けないのなら、今すぐに罪人として国境警備隊長に裁いていただくこともできるのよ。あなただって、わたくしの誘拐未遂に加担していたのでしょう?」
辺境を統べる国境警備隊長には、罪人を裁く権限も与えられている。
ライラ様はそこまで熟知されているのだ。
「そうせずに王都へ戻って報告しなさいと言っているのは、マリエル様の最大限の恩情だってわからないのかしら」
セバスチャンが顔をゆがめて言った。
「もしも我々が大旦那様に報告せずに逃げ出したり、あるいは報告したとして謝罪を拒否された場合はどうするのですか」
しかしライラ様は顔色ひとつ変えない。
「失敗したことはもうじき伝わるでしょうから、おじい様からの厳しい叱責が怖くて逃げ出したい気持ちはわかるわ。でもそんなことをしたら、確実にあなたたちの命はないわね」
そう言いながらも、実はこのメイドに持たせる手紙に
『もしもアニーたちが命を落とすようなことになれば、わたくしは激おこですわ。もうおじい様とお父様とは絶交いたします』
と書いている心優しいライラ様だ。
「グラーツィ伯爵家にあなたたちが到着しなかった場合、あるいはおじい様が謝罪を拒否された場合は、今回の事件を公にします」
アニーは唇をぶるぶる震わせて何も言えない様子だ。
その代わりにまたセバスチャンが叫ぶように言った。
「それではあなた様のご実家が爵位剥奪の咎を受けることにもなりかねません!」
まあ実際は、身内のお家騒動として片づけられるのが関の山だろうが、世間知らずのご令嬢にはちょうどいい脅し文句かもしれない。
しかし、マリエル様の横に立つライラ様は最強だ。
ライラ様は可愛らしくクスクス笑った。
「構わなくってよ。だって、わたくしが罪を犯した没落貴族の娘になり果てても、マリエル様はわたくしを娶ってくださると約束してくれたんですもの。実家がどうなろうが知らないわ」
そして、マリエル様の太い腕に抱き着いた。
「ね、マリエル様?」
万が一、紛争が起きてマリエル様を始め国境警備隊の大半がここを留守にするような事態になっても、ライラ様ならきっと立派に女主人としての役割を果たしてくださるだろうと確信した。
「その通りだ」
絞り出すように言ったマリエル様の声は、いつも以上に凄味がある。
ライラ様に抱き着かれ、上目遣いで可愛らしい笑顔を向けられて、失神寸前のご様子だ。
頼みますからもうしばらく正気を保ってください!
そう願いながら、我が主の靴のつま先をめいっぱい踏んづけたのだった。
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