第22話
先程から正気を保つために濃度の高いレモン水をがぶ飲みし続ける我が主だが、どうにかベッドから執務室へと移動した。
「それで、ライラ嬢の手紙にあった謝罪したいこととは?」
執務室のソファに向かい合わせに座り、マリエル様が尋ねる。
「12年前のことでございます」
12年前といえば、ふたりが顔合わせをした時のことだろうか。
「わたくしあの時まだ幼かったものですから、マリエル様がとても大きく見えて泣いてしまいました。しかもそのことを忘れていたのです。思い出した時にお父様に謝罪したいと訴えたのですが……」
ライラ様の話によれば、その時に父と祖父に謝罪というものは手紙ではなくきちんと相手と顔を合わせてするものだ、しかしマリエル様が簡単な手紙のやり取りのみで面会に応じてくれないから、しばらくこのまま待つしかないと言い含められたらしい。
こちらが聞いていた話とは随分違う。
やはり、ふたりの仲が深まっていくのを阻止しようとしていたとしか思えない。
しかしこちら側としても、ライラ様に対して随分失礼な勘違いをしていたことを反省しなければならない。
長年の文通相手を女性だと勘違いし、婚約者だとは思っていない。国境警備隊長の名前がマリエル・モンザークだとは知らない。そんな世間知らずで幼稚な深窓のご令嬢であると決めつけていたのだから。
「ですからこうして直接謝罪をして、わだかまりなく結婚式を迎えたかったのです。その節は初顔合わせを台無しにしてしまって申し訳ございませんでした」
ライラ様がソファから立ち上がって頭を下げる。
「とんでもない! こちらこそあの時は怖がらせて申し訳なかった」
マリエル様も慌てて立ち上がり、その勢いでひっくり返りそうになったソファをどうにか受け止めた。ソファの後ろに控えていて正解だった。
大きな手で包み込むようにライラ様の手を握るマリエル様にためらいや恥じらいはない。
おそらく必死で忘れているのだろう。
「そしてもうひとつ、謝罪しなければならないことが起きてしまいました」
一旦顔を上げたライラ様が、長いまつ毛を伏せて顔を曇らせた。
「おじい様が何かよからぬことを企んでいたのではないかと気づいてしまいました」
ここで立ったままのふたりに割って入った。
「失礼します。向かい合わせではなく横並びにお掛けになってはいかがでしょう」
この提案に乗り体をくっつけて腰を下ろしたふたりは、昨日の出来事について実際に経験したこととそこから推測されることについて報告し、情報のすり合わせを行った。
話の途中でライラ様が体を震わせてしまった時には、マリエル様が大丈夫だとなだめるようにしっかりとその手を握る。
仕事の顔をしている時のマリエル様は本当に頼もしいお方だ。
そして一通りの話を終えたふたりは、メイドのアニーも伴って3人の男を拘留している地下牢へと向かった。
ライラ様は牢屋に入るほくろの男の顔を確認すると小さくため息をついた。
「セバスチャン、あなたには失望したわ。わたくしのことをさんざんストーキングした挙句にかどわかそうとしただなんて、あなた変態ね」
その冷たい声と表情は先ほどまでの可愛らしい雰囲気とは一変して妙に大人びている。
ライラ様によれば、このセバスチャンという男は我々の予想通り彼女の祖父であるエドモンド・グラーツィ卿の手下のようだ。
父親と祖父の言動に不審感を募らせていたライラ様は、わざと幼く世間知らずな振る舞いを見せていたのだという。
「わたくし、本当は天然ではございません」
そう言って胸を張る可愛らしい姿はどう見ても天然そのものだったが、あえてツッコまないことにした。
だからこのセバスチャンという男もライラ様のことを舐めきっていたのだ。多少自分の姿が彼女の視界に入ったからといって、祖父の命令で監視しているということになど気づくはずがないだろうと油断していたのだろう。
「ライラ様! 私は変態などではございません! 今回のことはあなた様のことを思って……」
「そう。わたくしのためを思って誘拐事件を起こそうとしたのね? 誰の指示で?」
「……」
誘拐未遂をまんまと認めてしまったセバスチャンだが、さすがにこの誘導には引っかからずに口をつぐんだ。
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