第12話
その日は結局何も伝令はなく、ライラ様の訪問と鏡の仕掛けを関連付けた疑惑が杞憂に終わればと思いながら迎えた翌朝のこと。
一羽の伝書鳩によってトーニャからの情報がもたらされたのだった。
パール服飾店の店主が朝礼で「今日の昼過ぎに店の倉庫に大きな荷物がいくつか届く。多少物音が響くかもしれないが作業の邪魔にならぬよう午後は倉庫に立ち入らないように」という指示を出したらしい。
やはり狙いはライラ様であると考えるのが妥当だが、そうでない場合も考慮すべきだろう。
この情報と鏡の仕掛けという証拠だけで店主を捕えればいいと考えるのは早計だ。
しらを切りとおされる可能性が高い。
ここは囮がかどわかされるという状況を作って、黒幕が誰であるかを突き止めなければならない。
その囮となるのが……我が主だ。
成り行きで致し方なかったとはいえ、なんでこうなった。
こんなゴリゴリの筋肉質なご令嬢なんているはずないだろう!
そう思うのだが、本人が妙に張り切っているし、賊を捕えるという点においてはこれ以上頼もしい人など存在しない。
後はもう、なるようになれだ。
******
昼過ぎに、メイドふたりを伴ってパール服飾店を訪れた。
「ダイアナ様のドレスの件でご相談があります。店主はおられますか」
出て来た店主と入れ替わりに奥へ静かに姿を消すトーニャを視界の端に捉えながら、何食わぬ顔で店主の注意をこちらに引きつける。
「実は本日、お屋敷の方へ来客の予定がありまして、大変急なことで恐縮なんですが今夜の晩餐会でダイアナ様が新しいドレスでお客様をもてなしたいとおっしゃられているのです」
内緒話が好きな店主のために、もったいぶりながら声を潜めて話す。
店主の碧い瞳が僅かに揺れた。
「ダイアナ様はご旅行中と聞き及んでおりますが」
「ほう、よくご存じですね。使用人たちには他言を控えるよう言いつけていたはずですが、その情報はどなたから?」
小首をかしげると店主の目があからさまに泳ぎ始める。
今回の企みの首謀者に、今なら先代夫婦が旅行中で警備が手薄とでも吹き込まれたのだろうか。
こんなに簡単にボロを出してしまうとは、本当に口の軽い男だ。
「ええっと……風の噂で?」
苦しい言い逃れだ。
「そうですか。困った風ですね」
指を切り落とすと脅せばすぐに首謀者を明かしそうだなと思いつつ、深く追及はせずににっこり笑っておく。
そして声を潜めた。
「これはどうかご内密に。急な来客の一報を耳にしたダイアナ様は現在旅先からこちらへ戻られる帰路の途中でございます。ですから本日は私とメイドでこちらへ参った次第です」
実は嘘っぱちだが、旅行のことを店主が知っていたことで逆にダイアナ様ご本人抜きで来店した理由を探られずに済んだことになる。
「サイズは以前と全くお変わりありませんので、本日の夕刻までに用意できるドレスをご所望です」
「なるほど、承知いたしました」
店主が倉庫へと続く廊下をちらりと振り返っている。
そこですかさずメイドふたりが大きな声をあげた。
「さてと、それでは店主様の見立てを頼りにしておりますわ」
「そうですね、店主様はセンスがおよろしいってダイアナ様もおっしゃっていましたし!」
メイドに両脇をがっちり固められた店主はたじたじになっている。
「では私は来客を迎える準備がございますゆえ、ひとまずこの場はメイドたちに任せて先にお暇いたしますね。よろしくお願いします」
メイドたちには精いっぱい時間稼ぎをして店主を引き留め続けるよう言い含めてある。
「お任せください」
ベテランメイドは胸を張って貫禄の笑みを見せると、店主をドレスの陳列棚の方へと引き摺って行った。
パール服飾店を出ると、不自然にならないよう注意を払いながら裏道へ回った。
店の倉庫の扉の前に幌馬車が停まっているのが見えた。
そこから少し離れた場所でタバコをふかしながら新聞を読む男に声をかける。
「すまない、火を貸してくれないか」
「あいにく持ってないんでさあ。この2本目のタバコで使い切ったんだ。悪いね旦那」
「いや、いいんだ。ちなみに今日はどんな記事が載ってる?」
男は新聞をパラパラめくりながら面倒くさそうに答えた。
「いいニュースが多いね」
「ありがとう」
実はこの男、平民に化けた諜報員である。
このやり取りで、いま幌馬車に誰もいないこととマリエル様が無事に裏口から店内に入ったことが確認できた。
さらに、賊はふたりということもわかった。
すでに倉庫の中で待機中なのだろう。
裏通りを通る人影がないことを確認して幌馬車に近寄り、すばやく荷台へと潜り込む。
中には大きな麻袋や木箱が置いてあり、幸いなことに隠れる場所には事欠かない。当然、賊はかどわかしたご令嬢をこの荷物の陰に隠して運ぶつもりなのだろう。
一番奥の大きな木箱の中に身を隠した。
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