第11話

 翌日、落ち着きなく執務室をウロウロ徘徊するボス猿があまりにも鬱陶しいため訓練場へと追いやった。


 諜報員たちはすでにパール服飾店をはじめ、街のいたるところに配置済みだ。

 彼らは非常によく訓練されているため、平民に紛れてしまえば上手く気配を消してバレることはないだろう。

 その一方で、ライラ様ご一行をお迎えする準備も屋敷内で着々と進んでいる。

 料理、スイーツ、飲み物、客室、浴室、庭の手入れ、冷え込むことを予想しての薪の用意……やることは山積みだが、さすがはモンザーク辺境伯家の使用人たちだ、無駄のない動きで効率よく各々がやるべきことをやっている。


 ライラ様が何事もなく無事にこの敷地内に辿り着けば一安心だが、果たしてどうなるだろうか。

 麓の街の門をくぐる馬車にそれらしき人物が乗っていたらすぐに護衛できるよう、すでに騎馬隊も配置済みだ。


 ダイアナ様が不在のいま、女性目線での配慮が足りないのではないかと心配になりメイド長とも相談しながら昼まで慌ただしく過ごした。

 もう間もなく昼食というタイミングで、訓練場からボロボロな隊員たちが出て来た。

 全員相当疲弊しているように見える。

「今日の隊長、いつも以上にヤバかったっす」

「雑念を振り払うような凄まじい気合だったな……」


 我が主の焦燥感を払拭するための生贄となってくれた屈強な隊員たちだ。

 感謝しかない。


「隊長がまだ剣を振り回してますけどどうしましょう。体力が底なしなんですが!」

 少年の面影が残る若い隊員が泣きついて来た。

「あの方を我々と同じ人間だと思わないほうがいい。もうしばらく発散させておきましょう。頃合いを見て私が止めますから」

 ボス猿と張り合おうだなんて思ないほうが身のためだ。

 冗談ではなく死んでしまう。


 すでにほかの隊員たちが退場したことに気づいているのかいないのか、訓練場で一心不乱に大剣を振り下ろすマリエル様に代わって隊員たちに指示を出す。

「本日の午後と明日の訓練は中止です。麓の街を重点的に警戒しなければならない事案が発生したため緊急出動を命じる可能性があります。国境砦の警備にあたる者以外は宿舎で待機、今夜の飲酒はほどほどにするよう願います」

 ここで一呼吸置いて隊員たちの顔を見渡した。

「予定通りであれば明日、マリエル様の婚約者であるライラ・グラーツィ伯爵令嬢が到着されます」


 隊員たちから「おおっ」というどよめきがあがる。

 静かになるのを待ってから続けた。

「現在屋敷の方はその準備に追われています。薪割りや薪運びのヘルプ要請があった場合は快く引き受けてもらえると助かります。本日は予定外の隊長飛び入り訓練でお疲れでしょうから、昼食はボリュームたっぷりな肉中心のメニューを用意させました。ゆっくり休んで体力を回復してください。以上です」


 全員でビシっと敬礼をきめた後、ボロボロだったはずの隊員たちは活気を取り戻し、小躍りしながら宿舎へ戻って行った。

 

 国境警備隊に所属している隊員の中には、王室の近衛隊を希望していたにもかかわらず辺境配属となる者や、配置換えで王都からこちらへやって来る者が大半で、最初から国境警備隊を希望している者は稀にしかいない。

 ここへやって来た当初は、不本意な表情を隠そうともしない隊員ばかりだ。

「辺境に飛ばされた」

「自分の実力をきちんと評価してもらえなかった」

 新入り隊員たちはたいていそう嘆くのだが、半年もすれば自ら率先して訓練に励むようになる。


 それは、隊長であるボス猿の熱量の高さで脳が麻痺してしまったことだけではなく、彼の情の厚さに感化されるためだ。

 野戦訓練でうっかり熊に遭遇すれば自ら盾になって熊と戦い投げ飛ばす姿は勇ましいし、国境警備隊の維持費として支給される国家予算を横領することなく全て隊員たちのために使い切るのはもちろんのこと、ポケットマネーで褒章を与えることもあるの良さに皆が惚れ込むのだ。

 年に一度の予算交渉・賃上げ交渉では王都の大臣たちにボス猿感満載でゴリゴリ迫り、こちらの要求を呑ませる姿も実に頼もしい。


 だから国境警備隊の配属になった隊員たちは活き活きと訓練に励み、どこに出しても恥じない立派で屈強な騎士となってまた新天地へと旅立っていく。

 これは先代、先々代と代々の辺境伯当主に受け継がれてきたことで、ここでその血を絶やす訳にはいかないのだ。


 何としてでもライラ様をお守りしなければと改めて気を引き締めた。

 

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