第10話

 我が主の婚約者であるライラ・グラーツィ伯爵令嬢が2日後にこの街を通り抜けてモンザーク邸へやって来る。

 その数日前に街で唯一のドレス店のVIP専用試着室の姿鏡に妙な細工が施された。

 これを無関係なこととして放置するのは危険だろう。


 深窓のご令嬢の企みなど、伯爵家の面々にも姉の嫁ぎ先にも筒抜けに違いない。

 そこを狙って先回りしてこの服飾店の店主を買収し、姿鏡に細工を施して彼女をさらおうという輩がいても不思議ではない。

 狙いは身代金か、伯爵家や辺境伯家の弱みを握る気なのか、それとも個人的な恨みやストーカーの可能性も否定できない。


「トーニャ、店主を裏切ることになるかもしれんが、我々に協力してもらえないだろうか」

「もちろんです!」

 マリエル様の要請にトーニャは間髪を入れずに頷いた。

「あの馬鹿息子に代替わりしてからうちの店は評判ガタ落ちでひどいもんです。その上、従業員に黙って何ですか、この細工は! マリエル様、あの馬鹿息子をこらしめてやってくださいまし!」


 現在の若き店主はトーニャにとっては子供ほどの年齢だ。

 いろいろと鬱憤もたまっていたのだろう。


 ここで我々3人による打ち合わせが始まった。

 我が主の女装の相談だったはずがひょんなことから店主の思惑を探りこらしめる方向へと転換してしまったが、こちらのほうがよほどいい。


 しかしマリエル様は「この際だから俺が囮になろう」と言い出したのだ。

 いやいや、待て待て。

 こんなボス猿体型のご令嬢なんているはずがない。ライラ様が狙われているのだとして、見てくれがあまりにもご本人と離れすぎているではないか。


「トーニャ、先程のウィッグは金髪だったが、それを銀髪で用意して欲しい。あと、あの毛量では足りぬゆえもっと数を用意してもらいたい」

「承知しております。ウィッグも巻きスカートの布も、明日1日あればご用意できます!」


 彼女の口が堅いこともダイアナ様との取引を通してよく知っているから問題ない。

 明朝から店の裏通りに民間人に変装した警備隊の諜報員を交代で常駐させ、トーニャが裏口から顔を出したらそれとなく声をかけるから店主に何か動きがあれば伝えてもらうこととした。

 あの軽薄な店主のことだから、こんな形で企みがバレているとは思っていないだろう。


「このことは店の誰にも言ってはなりません。警戒されるといけないので今宵マリエル様がここにいらしたことを知っている者には、お忍びのため店主には内緒にするよう口止めされていると言ってください。あなたの演技力にかかっていますからね。重荷を背負わせてしまうようで心苦しいですが、どうかご協力お願いします」

 そう言うと、トーニャは目を光らせて拳を強く握った。

「お任せくださいっ!」

 やはりトーニャはこういう時に俄然張り切るタイプのようだ。


 試着室の姿鏡を元に戻し、裏側からフックを掛け直してパール服飾店を後にした。


 

 

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