お嬢様の来たる(4)

「コンヤクシヤ?」


「婚約者ってのは、つまりこれですよ。」

 冷静さを取り戻し、スイカはスマホの翻訳アプリを使おうとする。自分のスマホは電池切れたので、和祁のを使わなければならない。

 彼女は和祁の足の傍らにしゃがんで、彼の膝に置かれたカバンを開いて、スマホを探す。


(近い!)

 和祁は驚いて目を大きく見開いた。

 スイカはただものを探しているけど、この距離は流石にやばい。


 曖昧すぎる。


 和祁が見下ろすと、しゃがむ故に更に小さく見えたスイカの体が目に映る。小動物のように愛しい。その綺麗な水色の髪も揺れて、時々和祁の手に触れる。


 しばらく、スイカはユミリに近付いてスマホを見せる。スクリーンに映ったのはyahoo辞書の婚約者の英語訳。


 ユミリは呆然としたまま。一方和祁も驚いたーーーースイカの脛が彼に密着している。そしてその距離では、スイカの絶対領域の後ろの部分は触ろうと思えば触れる。


(そういえば……以前事故で、触ったことあるみたい……)

 和祁はついスイカのお尻の感触を想像し始めた。

 でも本当に触ったら、きっと天国から地獄に落ちてしまう。いや、天国に到れるかどうかはともかく、地獄に落ちるのは不可避である。



「婚約者という言葉は、知っていますけど。」

 しばらく、ユミリは呆然とつぶやくように言った。


「知ってるのかよ!」

「よく知りますね。日本語上手です。」

 和祁とスイカはすごく驚いた。


「そこではありません、婚約者なんて、聞いたこともありません!」

 ユミリは叫びだした。

 混乱になっているみたいだ。


「私達もそうですのよ!」

 怒鳴るようにスイカは言い返した。そして彼女はついスマホをテーブルに置き、退いて席に戻った。


(ちょっとそこは茶碗!!)

 和祁は慌てて茶碗に置かれてしまっまスマホを救う。幸い茶碗に水が少ない。




 一方スイカの叫びに目覚めさせられたユミリは悟った。


(なるほど!スイカちゃんがずっとわたしに冷たい態度を見せるのは、その婚約者のせいですか!!スイカちゃんは、好き……スイカちゃんはわたしのことが好きですから、わたしとこいつの婚約に不満があってすねてますね!きっとそうですね!そういえば、さっきスイカちゃんもそいつを蹴りましたね、やはり憎んでます。やはりそいつは敵です!スイカちゃん、わたしを信じてください!わたしはスイカちゃんを裏切りませんから!共にその男を倒しましょう!!!)

 ユミリの心が燃えていく。


「つまり、わたしはこい……東雲さんと結婚するのですか?ちょっと訳分からなくて……」


「じゃ、ゆっくりと理解してください。今日はそろそろ……おやすみですね。バスルーム二階。どれも使えますよ。ベットルームなら、三階のはみな空いてます。」


「わかりました!確かに……随分遅くなりましたね。眠気はまだありませんけど。」


(ずっと寝ていたからでしょうが!)

 スイカは心の中で突っ込んだ。そしてまた機械のように冷たい口調で言った。

「では、おやすみなさい。」


「おやすみ。」

 和祁は情熱に言ったが、逆にユミリに悪いイメージを与えてしまった。


(こいつなんですか!まさかわたしに手を出そうとしてますの!?)

 ユミリはまゆを顰める。それでも可愛い声でスイカに答えた。

「お、おやすみなさい。」


 これで相談が終わった。


 ユミリは部屋を見に行った。ちなみに彼女の荷物はまだ空港に置いてある。


 和祁とスイカはまだリビングルームに残っている。彼らもまだ眠くない。


「遅くなってるか……でも普段もまだ寝ないよね。」

 スイカは呟くように言った。


「いや、普段僕はもう寝たかも。な、スイカ、眠気を倒す方法教えてよ。」


「ふふ、カツケにはそんな才能がないからね。」

 スイカは優しい笑顔を見せながら、人差し指を振る。


「才能じゃなくて習慣だろ。スイカは授業中寝るだろ。」


「ふふ、カツケこそ居眠りしてみれば?」

「そんなの……」

「せめては聞きたくない授業で。どうせ聞き取れないでしょう。」

「そうだけど、でもできないのさ。先生が怖い……」

「弱いな、カツケ。」

「なぜそうなる。僕みたい無理やり聞いた方こそ強いじゃないか?」

 和祁はかっこつけるように手を額に当てそう言った。


「時間の無駄じゃん。だからってカツケは私のスケジュール真似出来ないのよ。」

 スイカは生意気そうに胸をはる。


「ところで、今夜、添い寝する?」


「!?」

 急にそう聞かれて、スイカは目眩を感じた。幸い彼女は無表情を保てた。

(なんでそんなことを!?そんなにうわつく!?し、叱らないと、ここは起こるべきだよね。)


「ユミリさんと。」

 和祁の言葉の最後の部分はスイカの妄想と計画をぶっ潰した。



「あっ、それは……」

 スイカは頬を赤くして見下ろす。

(ユミリさんのことかよ!紛らわしい!私のバカ何考えてる……心を浄化しないとね……)


 最近スイカはよく和祁に覗かれているような感じがする。

 和祁が彼女の美しい姿を覗くのはいつものことだが、最近はなんか違う。

 和祁が襲いかかってくるような感じがする。それはありえないだと、スイカも知っているけど、心配するに禁じ得ない。


 それは、まるで妄想みたい。


 まるで、自分がそう望んでいるみたい。


 スイカはそれ以上考える勇気がない。



「ユミリさんはスイカのこと気に入ったみたいから、もっと仲良くしない?」


「そうかな?でもやはり添い寝は無理。」

 他の女の子はどうなのかわからないけど、スイカは友達と一緒に寝たことがない。


「女の子同士だろ、別にいいじゃん。」


「カ、カツケこそ、変な百合妄想しないでよ。」


「でもまだ寝ないなら、今はユミリさんと遊ぼうか?」


「だれが?」

 主語がなかったので、スイカは聞いた。


「もちろんスイカだろ。女の子同士だし、昔の知り合いだし。もっと積極的にユミリさんと仲良くするべきだろ。」


「知り合いじゃない。覚えがない。それに……カツケの婚約者なんでしょう。ユミリさんと仲良くするべきなのはカツケでしょう……責任を私に押し付けて、ずるいわよ……」


「婚約者と言われても、物語だけに残ってるものだと思ってた。多分ラフェル家は婚約を破棄するつもりだろ。そもそも事件がなければ、婚約のことを教えてくれないんだろ。」


「婚約破棄か、流行ってる小説ジャンルだね。なら、破棄されないように、明日ユミリさんを連れて遠足する?」


「僕はゲームする予定。」


「せっかくのお嬢様婚約者なのに、本当に手放していい?」

 すこしためらってから、スイカにやりと笑って和祁を煽る。


「三次元に興味ない。」

 と、潔く断られた。


「さっき言ってたと違う!やはり男の子は嘘つき。」

 スイカは目を細めて和祁を見つめる。『さっき』というのは午後のこと。


「あれは冗談だよ。」


「冗談しすぎ。」

 スイカは文句を言った。どれが冗談どれが本音なのか、スイカは一応区別できる。それでも心が乱されてしまう。


「ははぁ。」

 和祁は笑い出す。


「カツケは、恋人など、面倒いって思ってる?」

「うん。よく分かるな。」


「私もそう思う。」

 スイカはそう言っているけど、心の蠢きは抑えきれない。

(いやいや、ユミリさんのせいで話題ご変になっちゃってる!!くそ!)

 彼女は責任をユミリに押し付ける。



 しばらくの沈黙の後、スイカは尋ねる。

「えっと、髪を洗ってくれる?」

 スイカの髪は太ももまで伸びていて、一人で洗うのは面倒い。普段はメイドを務める真弓が手伝いするのだが、今真弓は休暇で旅をしている。


「ええっ!?」

 和祁は慌てた。



「ギトギトしてちもち悪いの。みにくいし。」

 スイカもそのことの曖昧さを知っている。彼女はみずみずしい瞳瞬かせて真剣に和祁を見ている。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る